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Vol.26050 不正・不当請求に対する院長個人の管理・監督責任の強化

医療ガバナンス学会 (2026年3月24日 08:00)


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この原稿は月刊集中2026年3月末日発売号に掲載予定です。

井上法律事務所所長 弁護士
井上清成

2026年3月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 保険請求に関する院長個人の管理・監督の責任
(1)健康保険法の改正
2025年に第219回国会(臨時国会)において、健康保険法が改正され、2025年12月12日に公布され、2026年4月1日に施行されることとなった。
それは、「保険医療機関の管理者の責務」を新たに定めたものであり、条文として、健康保険法に、第70条の2、それも特に第2項を新設したのである。

「(保険医療機関の管理者の責務)
第70条の2 保険医療機関の管理者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する者でなければならない。
1 保険医であること。
2 医師法(昭和23年法律第201号)第16条の2第1項の規定による臨床研修の修了後に保険医療機関(病院に限る。)において保険医として3年以上診療に従事した経験又は歯科医師法(昭和23年法律第202号)第16の2第1項の規定による臨床研修の修了後に保険医療機関(病院に限る。)において保険医として3年以上診療に従事した経験その他の厚生労働省令で定める要件を備える者であること。

2 保険医療機関の管理者は、適正な医療の効率的な提供を図るため、厚生労働省令で定めるところにより、当該保険医療機関に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者を監督するとともに、当該保険医療機関の管理及び運営につき、必要な注意をしなければならない。」

(2)療養担当規則の改正
上記の健康保険法の改正に伴い、「保険医療機関の管理者の責務」をさらに具体化すべく、療養担当規則も改正され、第11条の5を新設した。

【保険医療機関及び保険医療養担当規則】
「(保険医療機関の管理者の責務)
第11条の5  保険医療機関の管理者は、法第70条の2第2項に規定する責務のほか、次に掲げる責務を果たさなければならない。
1  当該保険医療機関に勤務する保険医が第2章に定める保険医の診療方針等を遵守するよう監督すること。
2  当該保険医療機関における療養の給付に関する厚生労働大臣又は地方厚生局長若しくは地方厚生支局長に対する申請、届出等に係る手続及び療養の給付に関する費用の請求に係る手続が適正に行われるよう監督すること。
3  当該保険医療機関における診療録の記載及び整備並びに療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録の保存が適正に行われるよう監督すること。
4  当該保険医療機関に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者の連携を図るとともに、地域の病院若しくは診療所その他の保健医療サービス又は福祉サービスを提供する者との連携を図ること。」

実は、療養担当規則第11条の5の第1号から第4号は、場合により、健康保険法に定めた「管理者の責務」の領域を質量ともに超えたものとも評しえよう。現に、第11条の5の柱書自体で、「(健康保険)法第70条の2第2項に規定する責務『のほか』、次に掲げる(第1号から第4号の)責務を果たさなければならない。」と表現している。つまり、療養担当規則第11条の5第1号から第4号の責務は、健康保険法第70条の2第2項の責務「のほか」のものであると、療養担当規則自体が自認しているようにも見えよう。

2 保険医療機関指定取消事由・保険医登録取消事由の追加
(1)健康保険法の改正
健康保険法が改正されて、保険医療機関指定取消事由及び保険医登録取消事由として、下記の各条にそれぞれ、2号が追加された。
「(保険医療機関又は保険薬局の指定の取消)
第80条 厚生労働大臣は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該保険医療機関又は保険薬局に係る第63条第3項第1号の指定を取り消すことができる。
2 保険医療機関の管理者が、第70条の2第2項の規定に違反したとき(当該違反を防止するため、当該保険医療機関の管理者として、相当の注意及び監督を尽くしたときを除く。)」
「(保険医又は保険薬剤師の登録の取消し)
第81条 厚生労働大臣は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該保険医又は保険薬剤師に係る第64条の登録(第2号に掲げる場合にあっては、当該保険医療機関の管理者の保険医に係る同条の登録)を取り消すことができる。
2 保険医療機関の管理者が、第70条の2第2項の規定に違反したとき(当該違反を防止するため、当該保険医療機関の管理者として、相当の注意及び監督を尽くしたときを除く。)」

なお、このうち後者の健康保険法第81条第2号の取消事由の追加は、かなり質的増強がきつい。すなわち、管理者(院長)としての責務違反が、「管理者(院長)」としての職務上の地位を超えて、「医師(個人)」つまり「保険医(個人)」の登録取消にまで及んでしまっていると言えよう。質的増強がきついと評しうるゆえんである。

(2)監査要綱の改正
今回の一連の改正は、単に、保険医療機関の管理者(ほぼ「院長」と同義なので、本稿では以後は「院長」と通称する。)に管理・監督の「責務」を課したに留まらない。「責務違反」を現実的、具体的に「保険医療機関指定」の取消事由として新たに加え、また、院長個人の「保険医登録」の取消事由としても新たに加えたものなのである。
これらの点は具体的に、前述のとおり、健康保険法第80条第2号として、また、健康保険法第81条第2号として加わった。そして、さらに詳細に、次のとおり、監査要綱で質量ともに拡大されたとも評してよい。

「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」別添2「監査要綱」の
一部改正 について(概要)
厚生労働省保険局医療課

1.改正の趣旨
○ 厚生労働大臣若しくは地方厚生(支)局長又は都道府県知事が行う健康保険法(大正11年法律第70号)第78条等に基づく監査については、「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(平成7年12月22日厚生省保険局長通知)別添2「監査要綱」において規定している。
○ 医療法等の一部を改正する法律(令和7年法律第87号。以下「改正法」という。)により、健康保険法第70条の2に保険医療機関の管理者の責務に係る規定が新設されるとともに、改正法による改正後の健康保険法第80条第2号及び第81条第2号に、保険医療機関の管理者が、同法第70条の2第2項の規定に違反したとき(当該違反を防止するため、当該保険医療機関の管理者として、相当の注意及び管理を尽くしたときを除く。)、保険医療機関の指定又は保険医の登録を取り消すことができる旨の規定が新設されたことに伴 い、監査要綱を改正する。

2.改正の概要
○ 監査要綱の第6「監査後の措置」の1「行政上の措置」に規定する取消処分・戒告について、保険医療機関の管理者がその責務に違反した場合を次のとおり、追加する。
(1)取消処分
・故意に保険医療機関の管理者が当該保険医療機関に勤務する者の監督又は当該保険医療機関の管理及び運営の注意を怠り、不正又は不当な診療が行われた又は診療報酬の請求が行われたもの。
・健康保険法第78条第1項等の規定による報告や診療録等の書類の提出又は提示の求めに際し、保険医療機関の管理者が当該保険医療機関に勤務する者又は勤務していた者に対して、出頭の拒否、虚偽の説明、検査の拒否、妨害若しくは忌避又は診療録等の書類の改ざんを行うよう指示したもの。
・重大な過失により、保険医療機関の管理者が当該保険医療機関に勤務する者の監督又は当該保険医療機関の管理及び運営の注意を怠り、不正又は不当な診療がしばしば行われた又は診療報酬の請求がしばしば行われたもの。
(2)戒告
・重大な過失により、保険医療機関の管理者が当該保険医療機関に勤務する者の監督又は当該保険医療機関の管理及び運営の注意を怠り、不正又は不当な診療が行われた又は診療報酬の請求が行われたもの。

〇その他所要の改正を行う。」

以上の「監査要綱」の「取消処分」の規定は、特に次の2点が質量ともに増強されたと言えよう。

1点目は、「故意に~注意を怠り、不正又は不当な診療が行われた~」とある点である。もし、ここで「故意に」の直後に読点「、」があったとしたならば、以前と本質的には異ならないとも言い得たであろう。つまり、以前の規定は「故意に不正又は不当な診療が行われた」と読めるので、理事長・理事又は管理者(院長)クラスに不正・不当診療の「故意」がなければ、取消処分はしにくかったのであった。 しかしながら、今度は、「故意に」は、「 不正又は不当な診療が行われた」点に掛かるのではなく、「保険医療機関の管理者が」「監督」又は「管理及び運営の注意を怠り」に掛かることになったのである。
極論すれば、「不正・不当診療」の「故意」はなくても、「監督・管理・運営の注意の怠り」に「故意」(ここで言う「故意」は「意図」と言うよりも、むしろ「認識」という意味に近い。)がありさえすれば、「取消事由」となってしまう。この点の違いは、「取消事由」の質量とも 非常に大きくなったと評されるべきものなのである。

2点目は、不正請求や不当請求そのものはなくても、「出頭の拒否」「虚偽の説明」「検査の拒否」「診療録等の書類の改ざん」などがあっただけで、「取消事由」そのものとなってしまうことだと評しえよう。 不正・不当請求との関係を断ち切ってしまったことは、真に大きな改正であったと評することができ、場合によれば、取消権行使の逸脱濫用も生じやすくなり、この改正条項自体の妥当性にも疑義 が生じるかも知れない。

3 結論
以上の通り、今回の健康保険法(法律)・療養担当規則(省令)・監査要綱(通達)の一連の改正は、まさに、診療報酬の不正請求・不当請求に対する院長(管理者)個人の管理責任・監督責任を大幅に強化するためのものだったと評することができるであろう。

 

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