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Vol.172 ベイラーヘルスケアシステムからの物資受け入れの裏側

医療ガバナンス学会 (2011年5月24日 06:00)


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東京大学医科学研究所
特任研究員 看護師 児玉有子
2011年5月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。私は後方支援しかできない状況ですが、私に可能な被災地支援をこれからも続けたいと思います。今回は、私が関わったベイラーヘルスケアシステムからの物資受け入れについて報告します。

【ベイラー大学と私の関わり】
4年前の夏、膵島移植に携わるリサーチナースの役割に関する調査のために米国テキサス州にあるベイラー大学を訪ねたことがあります。ベイラー大学フォート ワース病院は15人の女性によりその歴史が始まります。そして、寄付を集め開始から10年後に24床の病院と看護師育成のための学校を設立しました。 1920年代隆盛期の最高管理者はAlice Taylorという看護師でした。このような歴史は看護職の私にとってとても印象に残っています。

【ベイラー大学からの物資受け入れ】
地震後、当研究室のメンバーであり、米国テキサス州にあるベイラー大学へ留学中の滝田盛人君から「ベイラー大学上層部から救援物資を届けたいと話がきた が、どうしたらよいだろうか」と教室内のメーリングリストに投稿がありました。その後、実際に物資の移送が始まるころ、教室の主宰である上昌広の一声によ り私は物資輸入についての日本国内での調整係をすることになりました。
しかしながら、看護師の私は薬の個人輸入の経験もありません。たくさんの方にお世話になりながら、手続きを進めることになりました。

物資が被災地に届くまでにはいくつかの手続きが必要でした。4月はじめに運送業者さんから「救援物資として輸入規制が緩和対象に食品がありますが、数日 前、成田に到着した医療機器は通常通り許可が必要ということで、仕分け後、滅却又は積み戻した。」と言う情報が届いた時には、今回ベイラーが送ってくだ さった物資もこれと同じ運命をたどるのだろうかととても不安になりました。(しかし後日、救援物資を積み戻しはなかったという情報も届き、このような非常 時、色々な情報が飛び交うことを再び経験することになりました。)

【日本国内での調整】
米国からの厚意を無にせず、物資が被災地に届くにはどうしたらよいのだろう。と悩んでいた時に手を差し伸べてくださったのは、早稲田大学の平田竹男先生でした。平田先生はすぐに、色々な方に連絡をとり、手配をしてくださいました。
ホームページ上で緊急物資輸入に関する情報を得ることはできますが、手続きのイロハを知らない私には、この書き方でよいのか、悪いのか、本当に大変な日々 でした。書類作成の過程では、それぞれの窓口の方にお世話になりました。スムーズに進むよう様々なアドバイスくださり、また「たらい回し」ではなく、つぎ つぎと窓口を紹介くださったり、私が次の窓口へ連絡する前に調整をくださっていたりと、本当に感謝の連続でした。 「私は業務ですから。私たちより、膨大 な書類を準備するあなたのほうがもっと大変よ。」と励まして下さりながら、本当に丁寧に対応くださいました。
このように多くの方の協力のもと、コンテナ船が東京大井埠頭に接岸の時には全ての輸入に関する書類がそろい、無事に輸入することができました。

【511 物資の仕分けと被災地の方のお話】
物資にはベッドやストレッチャーも含まれており、長さが12メートルもある大きなコンテナいっぱいに届きました。4トントラック約7台分位の量です。届い た物資の仕分けを5月11日に、教室のメンバーと鴨川青年の家に避難されている福島県福祉協議会の方と一緒に10人でしました。
仕分けに来られた方は、「F1 から6.7キロのところに施設がある」こと、「地震後の自宅の管理やペット管理」について、「報道されない立ち入り禁止区域内の街の様子」や「家が津波で 流された」という話まで、多くのことを話してくださいました。「鴨川も借り住まい、いつまでいるか、次どうなるかは分からないんだよね。」とおっしゃった 一言はとても重く心に残っています。

ベイラーからの物資輸入の目処がつき始めたころより、現地入りし様々な活動をしている教室メンバーの松村有子医師を中心に被災地の医療機関の先生と物資の 受け入れについての調整を始めました。忙しい中、膨大なリストから必要なものを選び、応えてくださった石巻赤十字病院 植田信策先生、南相馬市立病院 及 川 友好先生、鹿島総合病院 渡邉善二郎先生、大町病院 佐藤敏光先生、ベテランズサークル 反畑順子様ありがとうございました。被災地の先生方のご協力もあ り、前出の福島県福祉協議会の他、石巻市、相馬市、南相馬市の医療機関とバプテスト日本連盟(ベイラー財団はバプテストと非常に強いつながりがあるそうで す)の災害支援本部、キャンナスの被災地支援本部や栗原市のボランティアグループなど全9か所への配布となりました。
配布のエピソードは滝田君のレポートをご参照ください。

仕分けについてはもうひとつどうしてもお話したい裏話があります。
仕分け日前日「松村、滝田、坪倉は、11日は相馬。仕分けは残りのメンバーでするように。」と突然、上から言われました。すでに役割分担ができ上がってい たあとに。本当に信じられませんでした。外部の方がこんなにたくさん協力してくださり進んでいるのに、まさか内部からこんな指令が来るなんて、このプロ ジェクトを通して「一番嫌な出来事」でした。途中の書類作業においても多くの外部の方がたくさん支援してくださる中、上からは「どうなっているんだ、まだ 進まないのか。」「まだしているのか」としか言われず、そのことにはどうにか我慢してきましたが、仕分け日前日の出来事にはついに私もキレてしまいまし た。

【さいごに】
私は輸入に関して分からない言葉の中で不安でしたが、これはきっと患者さんが医療を受けられるときの不安と似ているのではないか。と感じています。そして また、患者さんと医師の間で通訳する看護師の役割に似ていますが、輸入に関す単語や行政ワードを分かりやすく説明してくださり、官庁の方とのやり取りのお 作法を教えてくださった平田竹男先生、そして平田ネットワークの多くの官僚の方の支えにより、災地の医療機関等を通じて被災者の方へお届けすることができ ました。
物資の到着前から現地への配達まで不慣れなうえに、我儘なお願いをする私たちをサポートしてくださった日本通運株式会社東京国際輸送支店 杉山 隆様、日通倉庫での仕分けでお世話になった藤原様。ありがとうございました。
書類作りのために何度もベイラー大学の本部ともやり取りしました。これまでのやり取りでは、「テキサスとのやり取りはとても時間かかる。」と思っていまし たが、今回の物資輸送に関するやり取りでは本当に迅速に対応くださいました。細かい質問にもかかわらず丁寧に対応くださったClark Maysさん、Donald Sewellさん、Sofia Alluriさん、物資調達に様々な協力をいただいたベイラー大学 松本慎一先生ありがとうございました。

大幅戦力ダウンで大変な力仕事を最後まで不満も言わず協力くださった細腕だけど強力な女子、教室の三浦訓子さん、朱 旭瑾さん、原田恭子さん。そして、相 馬に向かう長時間ドライブが控えているにも関わらず、出発ぎりぎりまで倉庫での重たい荷物を降ろす作業をしてくれ、さらには、夜中に「女子だけ残してすみ ませんでした。」とねぎらいのメールを送ってくれた院生の滝田盛人君、坪倉正治君、ありがとうございました。
今回の物資の輸入には受け入れ元となった当研究室以外の方に本当にたくさんご支援いただき、サポートしていただき、無事に完了しました。改めてお礼申し上げます。

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