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Vol.178 行政が大震災に対応できないわけ

医療ガバナンス学会 (2011年5月31日 06:00)


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今回の内容は『月刊保険診療』の5月号に掲載された文章です。

医療法人鉄蕉会亀田総合病院 副院長 小松秀樹
2011年5月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●お役所仕事
被災地で、避難所からの域外搬送に関する活動をしている友人から届いたメールが、役所の窓口業務の実状をよく示している。
「リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。あるメーリングリストで、沖縄が県を挙げて受入れをしていると知り、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』『沖縄は県の予算で受け入れるので、飛行機に乗るのは5人まと まってからです。飛行場までは自分で来ていただき、そこでチケットをお渡しします』『インターネット上の申込書を印刷して書きこんでください』と、担当官に告げられました。非常に困難な条件で、少なくともパソコンとプリンタをもった援助者と、飛行場までの足、罹災証明書の申請を行うために市役所に行くとい う手順をその女性が手配しなければ不可能なのです。責任者の方とお話ししましたが、らちがあきませんでした」

●大震災への対応は科学に似ている
大震災は行政の都合に合わせて発生するわけではない。想定していないことでも対応しないといけない。しかも、迅速性が決定的な意味をもつ。入手可能な情報 で状況を判断し、被害を小さくし、多くの被災者を救援するための最適な行動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観察、あるいは想像する。不十分な 検証に基づいて、次の対応を考えていく。
意外に思われるかもしれないが、この過程は科学に似ている。科学は未来に向かっての営為である。「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性に よって安んじて研究に携われるまで、学問研究の真理性は宗教的に規範化されていた」〔ニコラス・ルーマン(ドイツの社会学者)〕。このため、ガリレオは宗 教裁判で裁かれた。
医学論文における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、とりあえずの真理である。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医療では今日正しいことが、明日正しいとは限らない。過去の規範で正しさが決められると、進歩はない。

●想定外の事態に対処できない理由
行政が大震災に迅速に対応できない理由は、行政が法律に基づく統治システムだからである。行政は、法、すなわち過去に作成された規範と前例に縛られてい る。しかも、法は、科学的に正しいかどうかにかかわらず、国家の権威と暴力を背景にした強制力を有する。したがって、行政は原理的に未来に向かって、臨機 応変に最適な行動をとることができない。
これに対し、科学は未来に向かって常に変化する。学問の暫定的非誤謬性を支えるのは、批判精神と多様性の許容である。
一昨年の新型インフルエンザ騒動で、厚労省はひどい失態を繰り返した。医系技官は医師免許をもっているが、行政官であり、医学より法を優先しなければならない。科学的見地から実状を観察して現実的な対策を考えるのではなく、過去の法令に縛られる。ハンセン病患者の生涯隔離政策が、科学的正当性を失ったあと も長年継続された事実が示すように、行政官は、過去の法令に科学的合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。

●過去の規範ではなく、実情認識を優先すべし
日本の学者は、伝統的に政治に距離を置いてきた。一方で、行政の支配を安易に受け入れてきた。研究費、研究班の班長職、審議会委員などが行政による科学支配の手法として使われてきた。
東京大学のロバート・ゲラー教授は、東日本大震災後の4月13日、英科学誌『ネイチャー』の電子版に、地震予知が不可能であるとする論文を発表した。日本の文部科学省、気象庁、地震学者は「東海地震」が近い将来発生すると国民に思わせることで、予算と研究費を得てきた。原子力発電の周囲にも「原子力ムラ」 と称される御用学者の一群がいる。批判精神の欠如、ムラからの論敵の排除が社会全体のリスクを大きくした。
大震災への対応を行政に委ねるのは無理である。過去の規範ではなく、実状認識に基づく柔軟な意思決定システムをもった組織が必要である。

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