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Vol.180 『低線量被曝とどう向き合うか ~相馬市玉野地区健康相談会レポート~』

医療ガバナンス学会 (2011年6月1日 15:00)


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都立駒込病院 森 甚一
2011年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は都立病院で内科の専門研修を行っている5年目の医師である。3月11日の震災の日以後、被災地の役に立ちたいと考えて機会を探っていたところ、5月 28、29日相馬市玉野地区の健康相談会の話を聞き、医師として参加することができた。ここで集められた客観的なデータは後に公式に明らかにされるはずで あるから、一医師としての私個人の体験を報告したい。

玉野地区は相馬市の北西部の山間部に位置する。相馬市街から車で向かうと、5kmほどで国道は両側を新緑の木々に覆われる山道となり、これをさらに 15kmほど走ると目の前に田畑の広がった盆地が開ける。相談会の会場はこの国道から山を登るように細い道を入っていった先にある玉野小・中学校だ。2日 とも生憎の雨天で、雲と同じくらいの高さにある会場は、霧がかり半袖では少し肌寒い。

この地区は福島第一原発から北西50kmの距離にあり、いわゆる自主避難地域外であるが、玉野小学校校庭では5月25日に毎時放射線レベル3.0マイクロ シーベルトを記録した。これは原発から同心円上南西にある、湯本高校(0.4マイクロシーベルト)などに比べ相対的に高値である。この原因としては、原発 からの距離が北西に40 km離れているにもかかわらず3.3 マイクロシーベルトを観測し、4月22日計画的退避区域に指定された飯館村と同様、地形や風向き、霧が関係していると考えられている。このような相対的に 高い放射線量を記録したことで、この地域に住む住民の方々は放射線被爆に対する漠然とした不安に駆られながら日々の生活を送っている。今回の健康相談会の 目的は、このような住民の方々の現在の健康状態を採血、採尿を含めた客観的なデータを確認し、健康上の疑問に対して医師が直接答えることで、放射線に対す る不安を和らげようとすることであった。

相談の対象になったのは、玉野地区の住民140世帯470人。玉野小・中学校の体育館を会場にして、28、29日の午前・午後の4つの時間帯に分かれて行 われた。健康相談会を運営したスタッフは、市職員、バックアップをしてくださる星槎グループの方々、東京大学や防衛医大の学生、県内外からの集まった医師 達であった。まずは学生・市職員が事前に作成された問診票を元に大まかなアンケートをとる。その後身長・体重測定、採血・採尿が行われ、最後にアンケート を元にして医師が問診・診察を行い、後日コメントをそえて結果を郵送する方式がとられた。
結果、2日間で全対象者の65%に相当する307人が受診した。このことからも住民の関心の高さがうかがえる。参加した医師数が11名と多かったために、 いわゆる検診のように短時間で人数をさばいていくのではなく、一人一人のお話を10-15分程度じっくり聞くことができた。私が2日間で問診・診察を行っ た方は約30人で、年齢別の内訳は大まかに10代1割、20代1割、30-50代が2割、60歳以上が6割だった。

問診を初めてすぐに、私は至極当然のことに気付かされた。私の現在の症状に関する問いかけに対する住民の方々、特にお年寄りの答えは、「腰が痛い」、「膝 が痛い」、「耳なりがする」など様々であるが、これらは震災の後に出現した症状ではない。健康相談会に集まった方々は、震災以前から糖尿病・高血圧・変形 性関節症といった慢性疾患を抱えているが、基本的には健康な方々なのだ。そしてこの短期間の低線量の被爆によって身体的な影響が現れるはずもない。(現れ ていたら大問題である。)

私は参加できなかったのであるが、この前の週に飯館村で同様の会が開かれている。玉野地区と飯館村の両方に参加した医師によれば、飯館村は屋内退避指示が 出ていたため、お年寄りの活動性が落ち、屋外にでられないストレスから血圧が上がってしまったケースがあったという。そのことと比較すると玉野地区のお年 寄りは、震災前後で活動量が変わっていないため、心身とも見るからに壮健である。私が問診した約20人のお年寄りのうち、放射線に気をつかって外出を控え ていると答えた方は1人しかおらず、それ以外のみなさんは震災前と変わらずに農業など屋外作業を継続されている方がほとんどだった。この方々の心配事は、 自身の健康ではなく、「せっかく作った農作物が売れるかどうか」「牧草から高濃度の放射線が出たため、畜産業を続けられるかどうか」などであった。私は生 活習慣病を持った高齢者の方々には、「放射線の心配よりもタバコをやめなさい」「このまま普段通りの運動を続けることがあなたの寿命にとってはずっと大 事」というような指導をした。生活習慣病の管理を強調すると、住人の方々の放射線への不安は和らいだ印象がある。

一方で、若い方に問診をする際には非常に神経を使った。若年者に長期低線量被ばくがいかに影響するかに関しては現在のところわかっていないからだ。ある高 校生の女の子は、原発20km圏内の浪江町に住んでいたが、避難指示後、祖父のいる玉野地区に移住した。安全だと思って避難してきた先でも低線量被曝が 待っていたわけだが、この子に対して何を言ってあげられるのか、正直私の中にも答えはなかった。問診票の「叔父 胃癌」の文字が目についた。「放射線については、あなたがここに書いてくれているような、『外出するときにマスクをする』、『(検査のされていない)自分 の家で作った野菜はなるべく食べない』を続けていく程度でそれほど心配はいらないよ。あと、井戸水は検査がキチンとされて安全であることが確かめられるま で避けたほうがいいかな。」私は話しながら、彼女が聞きたいことはそんなことではない「ここに住んでいていいのかいけないのか」だろうと、わかっていたが それに答えられないことを歯がゆく思った。

この健康相談会の趣旨は住民の方々の不安を解消することである。しかし、我々は高齢者を除いてその不安を払拭するに足る十分な科学的根拠を持っていない。 長期の低線量放射線被曝に人体がさらされた場合、全員の癌の発症が上がるかというとおそらくそうではない、しかし中には放射線に対する遺伝学的な脆弱性を 親から受け継いだ人がいるであろう。これを抽出する現実的な手がかりは家族歴しかない。後日郵送される受診者へのコメントには「心配ありません、普段通り の生活を続けることがよいでしょう。」に加え癌家族歴のある方については、「定期的な癌健診をおすすめします。」を書き加えなければいけないだろう。

充実感とともに無力感を味わった相談会参加であったが、今回具体的に行動してみて初めて分かったことは多い。今後とも被災地住民の方々と顔を突き合わせた支援に協力していきたいと思う。

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