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Vol.197 「定額負担」制度の導入は性急すぎる

医療ガバナンス学会 (2011年6月22日 06:00)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2011年6月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


5月19日、厚生労働省は来年度の医療・介護保険制度改革において、外来患者の窓口負担に一定額を上乗せする「定額負担」制度を導入する方針を表明しました。
現在、外来患者が医療機関受診時に窓口で支払う3割の自己負担に加えて、初診時に200円、再診時に100円程度を支払う制度を導入する、とのことです。 これにより数千億円の財源が確保され、がん患者など長期重症患者や難病患者の負担軽減策に当てると説明しています。自己負担を少し増やすことにより、がん や難病になった時の負担が減るということであれば、反対する人は少ないのかもしれません。
しかし、この「定額負担」制度は、財源難に苦しんでいる医療制度の抜本的解決にはほど遠いものなのです。

●難病患者に伝えなければならない「ニュー・バッドニュース」とは
大腸がんについて考えてみましょう(大腸がんは、現在の女性の癌死亡原因のトップとなっています)。
癌の増殖や転移を生じさせる分子を特異的に抑える分子標的薬を使用した最新の抗がん剤治療を受けると、薬剤代金だけで1カ月に約60万円かかります。3割 負担だと、薬だけで毎月18万円にもなりますが、日本には高額療養費制度があります。ですから多くの場合、実際の負担金額は月4~8万円程度になります (所得金額により負担金額はさらに下がる場合もあります)。
それでも、医療費だけで毎月8万円の負担が続くとなると、それなりの所得があったとしても大変なことです。
これまでの癌治療における「バッドニュース(Bad News)」とは、進行がんの事実を患者にどのように正確に伝えるかという問題を意味していました。しかし、新たな高額な薬剤の登場により、「高額な医療 費」という悪い知らせを患者や家族にどのように伝え、どのように解決していくのかが問題に なってきました。これが医療界で「ニュー・バッドニュース(New Bad News)」と呼ばれる、今の癌治療に課せられた新たな課題になっているのです。

●最先端の高額医療費は1人当たり数百万円にも
すべての外来患者が受診時に1回当たり100円を負担し、それが200~400回積み重なると、2万~4万円になります。厚労省によれば、その金額で患者1人の1カ月分の自己負担をさらに半額にできるという計算です。
でも、これは患者自己負担分を患者同士でやり取りしているだけの話にすぎません。
新聞記事などで今回の制度改革案を知った人たちは、「100円だけ負担しておけば、将来自分たちが高額な治療が必要になった時に、少ない窓口負担で治療を受けられるのだ」と思うことでしょう。
しかし、難病治療時の高額な医療費というニュー・バッドニュースは、決してこれでは解決されないのです。今後も増え続け、1人当たり数百万円にもなるであ ろう最先端の高額医療費をカバーするには、全く足りない金額であるということは、皆さんにしっかり知っておいてほしいと思います。
また、一部のマスコミが指摘していましたように、制度自体が一旦決まってしまうと、定額負担金額が10倍の1000円程度にまで「なし崩し的」に引き上げられてしまう恐れがあります。私も現場に立つ者として、その危険を感じずにはいられないのです。

●受診を控えると結果的に総額の医療費が増えてしまう
医療費「3割負担」の人であれば、今回の制度改革(「定額負担制度」の導入)で1回の受診が1200円から1400円になる程度ですので、それほ どの負担には感じないかもしれません。しかし、月に何回も受診する「1割負担」の人の場合は、1回当たりの窓口負担金額が190円から290円へと、5割 近く跳ね上がる計算になります。
そこまで負担が増えると、受診を控えてしまうかもしれません。すると、病状がより悪化した状態で受診することになります。早期に治療を開始していれば必要のなかった検査や手術を行わざるを得なくなり、かえって総額の医療費が増えてしまう可能性は十分にあります。
また、定額負担制度は、国民皆保険制度の概念を根底から覆してしまう可能性もあります。
もしも医療負担金額が上昇して患者の自己負担がどんどん増えると、医療保険は普段の受診の際に使うものではなく「破産しかねないような高額の医療費が発生する万が一の時のため」だけのものとなってしまいます。
そうなると、保険料の徴収が困難になり、国民皆保険制度が成り立たなくなる事につながらざるを得ません。

●議論が不十分なまま導入するべきではない
いろいろな問題点はありますが、「毎月の健康保険料に加えて、窓口で追加の定額負担を課す」ことが、ニュー・バッドニュースを解決する1つの方策であることは否定しません。
しかし、どんなに優れた理念であっても、それが人々に伝わり、みんなの協力が得られなければ何の役にも立ちません。トップダウンで医療制度を導入しても、必ずしも効果があるとは限らないのです。
例えば、2008度の保険制度改革では、「75歳以上の後期高齢者は、慢性疾患を総合的、継続的に主治医が診察する」ことを目的として、「後期高齢者診療料」が設定されました。
加えて、「回復が見込めない終末期においての不必要な延命処置をなくし、尊厳のある死」の実現を目指して、「後期高齢者終末期相談支援料」も設定されました。
両者とも、目指したコンセプトは必ずしも間違ってはいませんでした。ところが、前者の実際の利用はほとんどなく、1年半ほどで廃止が決定しました。後者に至っては、全く利用されることなく、わずか3カ月で廃止が決定しています。
同じ轍を踏まないためにも、今回は現場の人たちを交えて現実的な話し合いをしっかり積み重ねてほしいと思います。細かな問題点を一つひとつ解決してゆく地道な作業を抜きにして、この制度を実施すべきではありません。
ニュー・バッドニュースをどう解決するのかについて、今、社会全体の価値観や成熟度が試されていると言ってもいいでしょう。政治が混乱しているうちにいつの間にか成立していた、では済まされない制度なのです。

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