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Vol.210 被災地の感染症対策

医療ガバナンス学会 (2011年7月8日 06:00)


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木村盛世
2011年7月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2011年3月11日に発生した、巨大大地震は、3カ月が経過した今でも、大きな後遺症を残している。仮設住宅2万8千戸が完成したものの、避難者数は、9万人、不明者約8千人、といった状況である。
このような状況が続く中で、感染症対策は大きく立ち遅れている分野の一つである。

何故、感染症対策が問題になるかと言えば、大きく分けて2つある。
一つには、衛生状態が決して良いとはいえない、避難所生活を続けることにより、肺炎や、下痢性疾患などが流行することである。
もう一つは、予防接種の不徹底により、ワクチン予防可能疾患(Vaccine Preventable Diseases)の蔓延が起こり、子供たちが、当該疾患で死亡したり、重篤な後遺症に、生涯苦しめられ、可能性が生じる。

まず、避難生活を営む人たちの中で、今後注意をすべきであろう感染症について、論じてみる。

まず、重要なのは、急性胃腸炎である。急性胃腸炎の原因としては、種種のウイルスや細菌がある。まず、流行が懸念されているのが、ウイルス性の腸炎であ り、代表的なものは、ノロウイルスやロタウイルスによるものだ。これらのウイルスは、感染力が強く、少量のウイルスで感染すると考えられている。感染経路 は、主に不適切なし尿による、糞口感染である。予防のためには、し尿や、吐物の適切な処理、手洗い、汚染された衣類を捨てる、などがある。

ノロウイルスやロタウイルス性腸炎は、震災初期の、衛生状態が悪い中で、もっとも流行が懸念されたものであるが、震災から3カ月が経過した現在でも、流行が報告されている。

http://www.kaiteki-kadenlife.com/virus/virus_002/205450.html

実際、被災地といっても、既に仮設住宅が整っている場所もあれば、未だに、上下水道の整備されていない、避難所が乱立する地域もあり、その差による、感染症発生率の違いが、今後、もっと顕著になってゆくであろう。

ウイルス性腸炎に加えて、梅雨を迎えたこれから、病原性大腸菌やサルモネラ菌による食中毒も多くなってくる。特に、衛生状態の悪い避難所生活を続けている人たちの間での流行は、もっとも懸念されるところである。
感染症の問題は、人間間だけにとどまらない。家畜や、ペットなどの死骸が放置されている地区では、ハエや蚊が多量発生している。本来動物に寄生する病原体が、ハエや蚊、場合によってはゴキブリ、ネズミ等を介して、人にうつることがある。
こうした病気を、「動物由来感染症」と呼ぶが、コレラ、チフスなど、かつて日本で流行を起こした感染症が、猛威を振るわないとは限らない。

また、昆虫を媒介とした、「ツツガムシ病」も流行のおそれがある。ツツガムシ病は、リケッチアであるツツガムシに刺されて感染する。熱が出て死亡する例もある。3月に、福島でツツガムシ病が報告されており、これから夏に向かう季節には、増えることが予想される。

今まで述べた感染症は、被災地のどこで、どの程度の規模で起こっているのか、正確に把握できていないのが、実情である。
その、大きな理由としては、被災地の他の問題が多すぎて、こうした、感染症にだけ、注意をむけられない、という被災地の現状があるからだ。

被災地の医療活動は、感染症も含めて、DMAT、FETPや医療ボランティアの活動に支えられてきた。災害が起こった1,2カ月は、ボランティアも多く入 り、物資も届く。メディアも関心を持って、取り上げ、被災者も、周りの助力に関して、感謝の念を抱く。所謂、「ハネムーン期」と呼ばれる時期である。
しかし、3カ月が過ぎた今、メディアの関心も薄くなり、ボランティアも自分たちの本来の仕事に帰ってゆくようになった。インフラが速やかに回復した地域と、そうでないところの格差感が広がっている。

整備が立ち遅れたところからは、以上述べたような感染症のリスクが高い。こうした地域への、専門家派遣などの重要性は、多くの人が指摘するところである。それはもちろん大切であるが、我が国に多くの人材がいるか、といわれれば、そうではない。

被災地の行政は、疲弊している。それは、彼らたち自身も、被災者であるからだ。震災後に、避難所のトイレが、し尿であふれ返っている状況を見かねた医療者 が、地方自治体に改善を求めたところ、「し尿の衛生管理は保健所(厚生労働省)だが、処理施設自体は、国土交通省の管轄であり、環境省にも連絡しなけれ ば、動けない」趣旨の事をいわれ、大変困ったという、話を聞いた。
縦割り行政の弊害、といってしまえばそれまでであるが、し尿であふれ返ったトイレを放置すれば、感染症が広がることは明らかである。そして、それを処理するための枠組みがややこしすぎるために、現場も、地方行政も、要らぬ労力を使うはめになる。

国が、平常時のような、法の枠組みを順守することに固執せず、地方行政と、被災地の現場が、動きやすくするための、「規制緩和」を速やかに、実行することが、最も求められることである。これは、震災に限らず、どんな危機においても、当てはまる。

次に、第二の問題である、「ワクチン」である。私は、この問題を、最も重要視し、かつ、国として早急にとりくまなければならない、と思っている。

ワクチンには、必ず副反応がともなう。稀ではあるが、重篤な副反応により、命を失うこともある。しかし、その危険性を差し引いても、国民あるいは世界全体というマスと、当該疾患から守るという、利益が上回るときに導入されるものである。
これは、正に、公衆衛生(Public Health)の概念そのものである。

日本は、諸外国に比べて、ワクチン対策に置いて大きく後れを取っている。このことは、我が国の公衆衛生行政が立ち遅れていることを、明確に示している。

WHOが勧告しているワクチンの中で、我が国が未だに導入していないものは多い。その中には、接種しないことによって、子供の命が失われる危険性があるも のが多い。例えば、細菌性髄膜炎(Hib)、B型肝炎、肺炎球菌、ロタウイルス性下痢症、である。また、接種によって、実際の病気が引き起こされることが 明らかになって、他国が取りやめている、ポリオ経口生ワクチン(OPV)を、未だに使い続けている、珍しい国でもある。

また、導入しているワクチンも、「任意接種」という、「打っても打たなくても良い」といった印象を与えかねない、名のもとに、接種率が上がっていない、重要なワクチンもある。Hibや、小児用肺炎球菌ワクチンが、この代表格であろう。

このように、平時においてもいい加減なワクチン政策が、震災によって、より、悲惨な状況になっている。それは、必要なワクチンスケジュールを管理する、行 政窓口が立ち行かなくなったり、被災により、ワクチンを打つ医師がいなくなったり、あるいは、ワクチンそのものが無くなってしまった、などの理由からであ る。

平時と違う状況としては、建物の倒壊や、瓦礫などによってけがをし、汚れた傷から、破傷風が生じる、という例があげられる。幼少時にワクチン(DPT)を 打っていれば、免疫が数年持続する、と言われているが、震災によってこれが接種できない場合、あるいは、決められた回数打てない、といった場合には、感染 する危険性が高まる可能性がある。また、けがによって感染する疾患として、B型肝炎があげられる。B型肝炎は血液を介してうつり、諸外国では、出生とほぼ 同時に打つことが、ルチンになっている。しかし、我が国では、公費化されておらず(ワクチン行政の一部に組み込まれていない)、今後、将来にわたって、ど の程度B型肝炎が発症するかは、未だ不明である。調査が行われる、という話もきかない。

このような、「けが」などの震災前期に多く起こる病態に加え、これから、長期的に考えてゆかなければならない疾患がある。それらは、麻疹(はしか)、細菌性髄膜炎、肺炎球菌と言った、重篤な疾患である。
いずれも、小児において、重要な病気である。それは、罹った場合、命をおとしたり、重篤な後遺症を残すことがあるからだ。被災により、体力が低下した子供たちに、今後広がる可能性が指摘されている病気である。

幸いにも、効果的なワクチンがあり、VPD(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防可能な疾患)の代表であるが、「幸い」という文言が、日本にはあてはまらない、のは、前述したとおりである。

また、もうひとつの懸念は、「日本脳炎」の流行である。日本脳炎は、豚から、コガタアカイエカという蚊を媒介して、人間に感染する。日本脳炎ウイルスは、 ほとんどの場合、人間に感染しても、無症状ですむが、約1/100 から1/1000の確率で、脳炎を発症する。その場合の致死率は20から40%と高率である。

これまでは、コガタアカイエカが生息する、南や西日本地帯が危険だとされてきたが、病気を媒介する、コガタアカイエカの分布が、北上している傾向があり、今後被災地でも、起こる可能性はある。

http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig02.gif

日本脳炎は、ワクチン接種で予防できる感染症の一つである。しかし、2005年5月30日の、厚生労働省による、日本脳炎ワクチン積極的勧奨の差し控え以 降、3~6歳での日本脳炎ワクチンの接種率が減っている。現在では、徐々に回復していると推測されるが、未だ100%接種をのぞむのは無理だろう。

http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig04.gif

繰り返すが、我が国の公衆衛生のインフラ整備は立ち遅れている。それが、ワクチン政策に如実に表れている。

現在、被災地には、UNICEFが入って、活動をしている。半世紀ぶりの日本への支援である。その活動は、以下のサイトに紹介されている。

http://www.unicef.or.jp/osirase/back2011/1103_09.htm

「被災地の復興は、ボランティアの活動なしにはあり得ない」というのは、誰もが実感するところであろうが、日本は、GO(ボランティアとはよばないかもしれないが)、NGO問わず、外部からの支援を効率的に活用することが、あまり上手くないのではなかろうか。
特に、海外のNPO受け入れについては、もう少し、効率的に行ってもよいのではないか、というのが個人的な感想である。言葉の障壁は、我が国にとって大き な問題であるが、それ以前の問題として、政府や地方自治体が、こうした「助けの手」を、なかなか受け入れられない、「文化」のようなもの、が存在している のではないか、と感じている。

繰り返すが、被災地における「感染症対策」は、十分ではない。しかし、それが表立ってこないのは、被災地の状況があまりに酷過ぎて、隠れてしまっているからである。
感染症対策の中で、最も重要なのは、衛生状態悪化による感染症の流行と、ワクチン政策不備による、子供たちの重篤な感染症罹患である。特に後者は、「次世 代を担う世代を守る」、という国の根本的責任そのものだ。被災地の感染症対策を、みて見ぬふりをせず、国の最重要課題として取り組むよう、希望する。

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