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Vol.236 飯舘村健康相談会に参加して

医療ガバナンス学会 (2011年8月13日 06:00)


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亀田総合病院 内科小児科複合プログラム後期研修医
木村武司
2011年8月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


8/6に飯舘村事業所に勤務している方々約150人を対象とした健康相談会に参加させていただく機会を得た。ご承知の通り、飯舘村は福島県相馬郡に所在す る村で、4/11以降は計画避難区域に指定されている。村民の一部は「見守り隊」という村のパトロール作業に参加しており、今回の健康相談会には彼らも対 象となっていた。見守り隊は計画避難区域に指定されている村の中、もっと言えば自分達の家に一時的に戻れる唯一の手段でもあり、また農業・酪農・林業を営 めなくなった村民の経済活動も兼ねている。(見守り隊には日当が支払われている)

今回の健康相談会には10名の医師の他に看護師・検査技師、そして学生も多数参加していた。こういった企画が7回目と言う事もあってか、それぞれが自分達 の役割を理解しており、自律的かつ統制のとれた仕事ぶりで効率的であった。私達が到着した時には既に整然と椅子やブースが並べられており、学生達がてきぱ きと問診を取り始めた。150人も一気に集まり、冷房もない体育館での健診はやはりお待たせしてしまう方々が多くなってしまったが、そこでもただ案内する に留まらず待っている方に飲み物を勧めるなど細やかな気遣いがあり、有志での運営とは思えない程とても洗練されていた。午前・午後と通じて大きな問題も生 じずにスムーズに終了した。

私達医師に与えられた役割は問診票と身長・体重・血圧・採尿と判明した結果を基にブースで問診と診察を行う、という極々一般的な健診内容と同様であった。 しかし、それでも今回の健診は通常とは大きく違っていた。それは、やはり今回対象となった方々と社会背景の為であろう。普段の健診は健康に対する意識もそ の生活背景も比較的ばらつきのある人々を診察するのが通常である。今回は原子力発電所の一件だけでも既に健康への意識が高まる一方、生活は避難区域で避難 中であるという背景が普段よりも健診を複雑化していた。放射線被爆の心配もさることながら、自分の家ではない場所で過ごす、仕事がなくなる等の生活習慣の 大きな変化は個々人の健康状態に影響し始めている印象であった。

例えば、
・農家で仕事が無くなったから、全然身体を動かさなくなったし体重も増えた。
・手持ちぶさたなので昼間から飲酒をしてしまう。
・見守り隊は3交代制なので昼夜が逆転してしまっている。夜が眠れないので睡眠薬の服用が増えた。
といった方がいた。

目を落とすと、尿糖4+の結果。これまでの健診では糖尿病の指摘もなかったそうだが、この数ヶ月の生活変化で境界型から顕在化したとは想像に難くない。眠 れない時に飲酒をし、不規則な見守り隊への参加も相まって生活リズムが乱れている様からは更にアルコールの精神的・身体的影響を高め、睡眠の質を低下させ る悪循環が懸念された。こういった傾向はどの方でも程度の差こそあれ聴かれる内容であった。幸い、内服薬の途切れは少なく、既往のある方は避難先でそれぞ れ通院している様子であったのが救いだった。

当初、もっと放射線・放射能の影響を質問されると警戒していた私は健診と言うより普段の外来診療に近いなと、やや拍子抜けだった。前回も参加された医師達 の話を聴いてみたところ、放射線への不安を口にする人々は減っているとの事であった。しかし代わりに、「もう今更放射線については仕方がない」といった達 観もしくは諦めとも取れる発言がどのブースでも共通していた。彼らはこの数ヶ月各種の報道に翻弄され続けた結果、最終的にそういった結論に至ったのかもし れない。また、若い人達にとっては心配だけど自分達はもういい、といった発言さえも聞かれた。私はこの現状を察知した段階で、自分の健康に対して投げやり にはならないで欲しい、というメッセージを込める事にした。確かに放射線の影響については取り返しがつくものではないが、投げやりになったところに忍び寄 る慢性疾患の増悪は避けられる・避けなければならないと思ったからである。どれだけの方々に伝わったのかは解らないが、出ている薬はもらいに行く事・欠か さず内服する事、この健診で異常が見つかれば受診する事、今はなくてもいつかやりたい事がまた可能になった時のために健康を維持して欲しい、の3点を繰り 返して話した。

私以外のブースでは涙を流した方もいたそうである。私の力不足でそこまでの想いを引き出す事は出来なかったが、彼らが抱える葛藤を垣間見る事で私自身が傍観者から一歩抜け出せた事が何よりも大きな収穫だったと思う。
「浜側の津波で家も家族も仕事も無くした人達が辛いのも解る。でも家も家族もそこにあるのに一緒に住めないで、仕事も出来なくて。こんな悔しい・もどかしい気持ちだってある事を解って欲しい」

今回最もインパクトのある言葉だった。私はなんとなく地震も津波も原発の被害も一色端に考えていたのだと気づかされた。みんな一様な被災者なのだと漠然と 思っていた。けれども、実際は違った。彼らが受けた「被災」は感じ方も問題点も被災によって、もっと言えば個人個人のレベルで異なる。つまり、彼らの本当 に困っている事、ニーズはそれだけ多様化しているのだと思う。その中から共通したニーズを見つけ出して供給する、気の遠くなるような道のりだ。しかし、一 つずつでも抽出して具現化していかなければ彼らが笑える日は来ない。今回の健康相談がニーズと想定された根本的な健診の目的、住民の健康不安の解消や、健 康維持・促進の一助となっていればと願ってやまない。いつか「今日自分が健康でいられてよかった」と思える日があの方々に訪れますように。

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