医療ガバナンス学会 (2011年8月29日 06:00)
三宿病院事件では、78才の大腸癌疑いの患者の内視鏡前処置のニフレック服用後に、激しい腹痛を訴えるでもなく、患者は「静かに」ショック状態となり、急 逝された。私は着任58日目の院長であったが、当時の学会申し合わせに従い、原因の不明な「診療関連死」として所轄署に「異状死届け出」を行った。その結 果司法解剖とされ、結果は遺族には開示されたが、医療側には開示されず、医療側に開示されないことを遺族側は知らず、その解剖所見に照らせば、死後32日 目に遺族からの要望で渡した医療事故調査委員会の報告書には虚偽があるとされて、調査委員会委員長と院長が「有印公文書偽造同行使」の容疑で書類送検さ れ、担当医・看護師は業務上過失致死容疑に問われた事件である。もちろん、我々は所轄署に対して「司法解剖の結果」を教えてくれるよう、再三文書でお願い をしたが、返事すらもらうことが出来ず、結局何回かの電話で得られた答えは「病院側は加害者になるので、加害者に司法解剖の結果を教えることはありませ ん」であった。当時の我々の司法リテラシーは低く、病理解剖であろうと、司法解剖であろうと、それを依頼した医療側に結果が開示されないなどということは 「想定外」であった。しかし、今、司法解剖の開示の問題がどうなっているかをwebで見ると、「捜査の都合上捜査の終了する迄(公判になるかならないかが 決まるまで)は開示しない」大原則があると同時に、被害者側の個人情報であるから被害者側には開示することがあり得る」という形になっている。この間の事 情はweb「司法解剖記録開示の現状と今回の開示措置の意義」は以下のように伝えられている(以下===で示す部分)。
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現在、司法解剖記録は、刑事訴訟法47条の「訴訟に関する書類」に該当し、公判開廷前には公にされないのが原則とされています。しかしながら、当然に捜圭上の理由を根拠として遺族に対しても開示されないことは、全く道理を欠くものです。
そこで、法務省刑事局による2000年2月4日付通知により、不起訴確定後には、被害者が被害回復のための損害賠償請求権行使等をするのに必要がある場合 等に、証拠として代替性のない司法解剖記録等に限り開示する運用となり、さらに2000年6月施行の犯罪被害者保護法により公判請求後以降は司法解剖記録 を含む刑事記録の開示が認められるようになりましたが、依然として、不起訴になるか公判請求されるかが不明な捜査段階では開示しない扱いが原則となってい ます。
ところで、行政機関が保有する情報に対する開示請求権を定めている2つの法律を見ると、情報公開法では個人に関する情報は非開示情報(5条1号)とされて おり、個人情報保護法では個人情報の定義自体を「生存する個人に関する情報」と規定しているために(2条2項)遺族が死者の情報の開示を請求できる場面が 厳格に限定されているほか、この2法でも犯罪捜査等に関する情報を原則として不開示情報としている(5条3号、14条5号)ため、これらの法律による開示 請求の途も閉ざされています。
したがって、現在の法制度の下では、長期間にわたることも稀ではない捜査期間中、 主に被害者の立場として、肉親の死因究明にもっとも関心を有する遺族 が、司法解剖記録を知ることができないのが原則となっており、例外的に捜査機関の恣意によって事実上開示されるのを待つしかないが現状であります。
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これは2007年の文章である。法務省は2000年以降公判開始後と不起訴決定後、つまり「捜査」が終了した後に限って開示を認めたのであるが、三宿病院 事件においては、捜査の途中で遺族側に開示され、この所見が民事の訴状に書き込まれている。とするとこの開示が「例外的に捜査機関の恣意によって事実上開 示された」ものであろうが、誰の、どのような種類の恣意によるものであったかは、分からない。また当時には、我々普通の医師が2000年の犯罪被害者保護 法がどのように影響するかを知る手だてはなかった。三宿病院事件の時間経過は以下の如く2001年5月18日司法解剖、目黒署による事情聴取=捜査開始、 2004年4月26日白鳥チーム捜査に加わる。2004年5月17日患者遺族より民事損害賠償請求提訴。訴状の中に、司法解剖所見が記載されており、医療 側は初めて司法解剖結果を部分的にせよ知ったのであった。それに先立つ3年前、2001年8月10日と9月8日、病院公印書状をもって目黒署あて解剖所見 を聞き合わせたが回答なく、10月電話での問い合わせによって、病院側には教えられないと告げられた。医師であれば誰でも、それも、死因の解明を求めて解 剖を申請したのであれば、結果を知る何らかの方法があると考えるのは当然であろう。では医療側への開示はどのような状況にあるのか? 2007年5月25日付け、Webには医療問題弁護団は次のように書いている。
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医療関連死に関する司法解剖結果について、遺族と当該医療機関双方に「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、司法解剖 結果の関係者への開示等公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」との文言に改正することにより、司法解剖結果が公判 開廷前に開示できることを明文化すべきです。
もし、上記改正が直ちに困難な場合は、起訴不起訴の処分確定にかかわらず、捜査段階における司法解剖結果の開示が、刑事訴訟法47条但書の「公益上の必要 その他の事由があって、相当と認められる場合」に該当することを、行政通知によって、指導すべきです。また、司法解剖結果が早期に作成されるよう、司法解 剖制度を整備すべきです。
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結局の所、医療側への司法解剖結果の開示は行われておらず、法改正また行政通知によってそれをするべきである、との提言が行われている段階に過ぎない。こ の提言を受けて、医療側への解剖結果の開示が行われるようになったとは、まだ聞いていない。私は一貫して、捜査側には、「解剖による死因の解明が得られな かったことが、紛争状態を招いた原因になった」と主張したが、白鳥警部は「鑑定(司法解剖を捜査関係者は「鑑定」と呼ぶ)なんか入らなくても絞殺された か、刺し殺されたかは分かるもんだ。司法解剖の結果が分からないから死因が特定出来ないなんていうのは苦し紛れのこじつけだ」といってはばからなかった し、検察庁のK検事は「自分のミスを制度に転嫁する気か。おまえは汚い奴だな」であった。私が上部機関による懲戒を不当として提訴した際、第1審を担当し た裁判官は「解剖により死因を確定した上で、その後の交渉にのぞみたいというのは、病院を預かる院長としてもっともな態度であると考えられる」とし初めて 司法解剖による死因の解明が重要であるとの主張に理解を示した。今回、白鳥警部の容疑の具体的内容は、冒頭に述べたように司法解剖の結果を医療側に漏洩し た事であるとされる。しかし、上述の「肉親の死因究明にもっとも関心を有する遺族が、司法解剖記録を知ることができないのが原則となっており、例外的に捜 査機関の恣意によって事実上開示されるのを待つしかないが現状であります」からは、過去に実際に捜査機関の恣意によって開示された例があるということを物 語る。
私が関係した三宿病院事件でもそうである。この「恣意」が政治家からの要請であったりすることは十分あり得たろう。「捜査機関」が「白鳥チーム」であった 可能性も否定は出来ない。この度の白鳥警部によるとされる司法解剖結果の医療側への漏洩=開示が、どのような「恣意」によるものかは分からないが、もし7 年前、医療側にもこのような漏洩なり開示なりがなされていたら、三宿病院事件は全く異なる解決を見たかも知れないのである。私は開示が「恣意」によって決 められるのは不透明であると思う。医療にかかわる司法解剖の開示については、双方からの要請を受けて、第三者機関がこれを決定するような機構が将来の医事 紛争の防止のために必要だと思う。このような方向に前進することだけが、今回の事件が将来に向かって残すことの出来るpositiveな面であると思うか らである。