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Vol.291 原発作業員の安全管理を考える 後篇

医療ガバナンス学会 (2011年10月18日 06:00)


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都立墨東病院
濱木 珠恵
2011年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●急性放射線障害の対策としての自家移植は、今まで想定されたことがない
前述した治療経験を踏まえ、WHOの専門家会議や欧米のワーキンググループが急性放射線障害に対する治療指針を提唱している。過度の線量を浴びて熱傷や多 臓器障害がある場合には救命できないため同種移植も不適切とする一方、低線量の場合にはサイトカイン療法で自己造血の回復を促すことが推奨されている。し かし自家末梢血幹細胞移植についての示唆はあるものの明確に指定はしていない。

そもそも、これらの指針は通常運用における被曝事故を想定したものであり、あくまで「偶然(もしくは突発的な)事故で放射線被曝を受けた患者」を対象にし ている。事前の自家造血幹細胞採取など想定されないのだろう。今回のように被曝可能性のある場所へ敢えて作業員を送り込むさいの予防策、という考え方では 作られていないのだろう。

しかし、今回起きているような作業環境下で被曝事故がおきたときに、事前に自家造血幹細胞を採取しておくことが有用か無効かを判断するための医学的根拠な どない。経験がないからだ。作業員の自家末梢血幹細胞保存を呼び掛けている谷口医師らも、自家移植がオールマイティでないことなど、もとより承知のことだ ろう。

ごく弱い被曝量ならば、被曝部位にむらがあるならば、被曝していない残りの部分で造血できるから、サイトカイン療法で白血球は十分に増えてくるかもしれな い。しかしミニ移植という手法の開発段階において、2Gy程度の放射線照射を全身に均等にかけるだけでも同種移植を行えるほどの(外部からの異物を拒絶で きない程度の)免疫抑制がかかるということは、10年以上も前に報告されている。

一定以上の被曝をして長期に渡り造血障害が続いたら、白血球減少中の感染症に苦慮するかも知れない。そんな不安が頭をよぎる。ただの杞憂だろうか。血液内 科医は、抗がん剤治療を受けた白血病患者の、骨髄抑制中の感染症管理に日々頭を悩ませている。臨床医は、起こりうる事態を想定して対策を講じるようにと教 育を受ける。確実な造血回復を期待できる方策があるのなら、次善の策としてでも準備しておきたい。少なくともその意義について議論すべきだと考える。

●実際にどのような作業状況になるか、不明である
今後も原発での作業は長期化しそうである。すでに上限以上の被曝をした作業員が何人も出ている。この状況で重篤な被曝事故が起こらないと誰が言いきること ができるだろうか。あえてリスクに臨まなければならない作業員の健康管理対策として何ができるのか、考えられる限りの検討を尽くさなければならない。

また、直接的な被曝症状だけではなく、メンタルケアも考慮しなければならない。8月下請企業の40代の男性作業員が急性白血病で死亡した。詳細が語られて いないこと自体が憶測を招く。今回の作業との因果関係はないとされているが、過去の放射線被曝歴などの詳細が不明であり、長期的な被曝線量との因果関係を 完全には否定しきれない。この疑念は日本弁護士連合会の会長談話からも読み取れる ( http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/110902_2.html ) 。

苛酷な労働環境下にいる作業員に対しては、急性放射線障害だけではなく晩期障害のリスクも考慮しなければならない。従事している間もその後も、晩期障害発 症リスクは心理的負担となりえる。過去の放射線被曝歴や血液疾患の家族歴があるようなら、なおさらだ。個別化医療が叫ばれている現代において、従来型の画 一的な労務管理で十分といえるだろうか。まして今回の事例は、日本にとっても、世界にとっても、重要な課題を抱えた問題である。想定されるリスクを見ない ふりはできない。

医学の本質として、予測できる障害は予防しなければならない。すでに述べたように、造血幹細胞は血液以外の急性放射線障害には無効であるし、晩期障害につ いても同様である。晩期に発症した白血病や悪性リンパ腫の治療に活用できるかどうかも、個別案件によるため保証はできない。それでも自己造血幹細胞採取を 選択肢の一つとして検討することに意味はある。

今回の自己造血幹細胞保存は、作業員の健康被害予防のあり方の不備に一石を投じた。そこからまた、さらに作業員の健康安全のために議論を深めなければならないと感じる。

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