医療ガバナンス学会 (2011年10月18日 16:00)
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第六回シンポジウム
林 良造(東京大学公共政策大学院特任教授)
この1年間にさまざまな出来事があったが、その最大のものはなんといっても東日本大震災であろう。思い返してみると、大震災は、発生当初の3月11日には 思いもしなかったような、大きく、長期にわたる傷跡を残すこととなってしまった。医療関係者でも、あるいは犠牲になりあるいはその後の人生を変えるような 経験をされた方も多い。あらためて、犠牲者の方に心からお悔やみを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を心から祈念したい。
この震災は、我々に対し改めて多くのリスクマネージメントの課題を認識させることとなった。国家の機能の基本は、自然的、人為的、経済的なさまざまな危険 から、国民の生命・財産を守ることにある。このため、国家は、さまざまなリスクを認識し、可能性・被害の大きさを含めて評価し、ある部分は国家が直接に、 ある部分は各主体の選択を通じて対応していく方針・枠組みを決定する。そして、リスクが現実化した時にはその被害を最小限にし、その復興を行う。今回の大 震災の経験から改めて日本の現場の強さと基本的設計力の弱さを痛感させられた方も多いのではと思う。
さて、あらためて、過去の6回を振り返ってみると、この協議会が医療の改革に果たしてきた役割に気づかされる。
最初は各現場の専門家の間で、ばらばらに認識されていた危機が、実は、大きな変化に対して、従来のしくみが、その成功体験のゆえに全体的な最適解を見つけ出せなくなった現象のあらわれであることが明らかにされてきた。
振り返ってみると、戦後の縦割り型の医療供給システムは、長期間にわたって、低いコストで大変効率的に医療サービスを提供し、長い平均寿命を実現してき た。しかしながら、90年代以降、医療技術は急速に発展し、製品・技術・医師・患者などさまざまな医療資源が国境を越えて自己実現の最適地を選択するよう になるとともに、少子高齢化も相まった医療費の増大と経済成長の急速な低下による財源の枯渇は従来のやり方の延長を許さない状況を作り出した。そのなか で、基本の縦割り型管理制度に手を付けず政府のマイクロマネージメントでの処理を続けたことによる、硬直性や法的責任と社会的経済的インセンティブのアン バランスが、医師不足・緊急医療危機・ドラッグラグ・デバイスギャップなど医療崩壊の共通の原因であることが認識されるようになった。
また、この基本問題は、日本に限られた現象ではなく、多くの先進国が、抱える共通の悩みでもあって、さまざまな工夫が試みられていることも明らかになって きた。その結果が、さまざまな規制や報酬制度について、科学的な根拠に基づいて制度的工夫を行うことや諸外国での工夫を取り入れることなどの改革の兆しに つながってきている。
今後とも、本協議会の議論が、より合理的なリスクマネージメントに基づいた医療制度の基本設計へとつながっていくことを期待している。
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医薬品規制に大穴が開いている状況は今年も変わらない
小野 俊介(東京大学大学院薬学系研究科准教授)
医薬品の規制にはぽっかりと大穴(ブラックホール)が開いている。相当に大きい穴だが、ほとんどの医学・薬学専門家は見て見ぬふりをする。見ないふりをす る方が自分たちにとって都合がよいし、大穴の暗闇が深すぎて、うかつに立ち入ると小ぎれいに自己完結した専門家の箱庭世界が台無しになることを知っている から。
薬をめぐる最近のドタバタでそうした構造がわかりやすく露呈している。例えば抗がん剤イレッサの訴訟とそれを念頭においた厚労省の法改正等に向けた対応。 どういうわけか「添付文書の法的な位置付けが問題だ」「副作用情報提供システムを改善すべきだ」「リスクについて国民の理解が足りない」「抗がん剤副作用 の補償制度が必要」などと「正解」を押しつける人々がいる。自分にできること、手柄になること、メシのタネになることの範囲内で、たまたま巷で流行の論点 を挙げただけの「正解」は、たぶん正解ではない。そのような姑息な取りつくろいを何十年も続けてきた結果が現在の姿、すなわち薬害やイレッサの訴訟が起き る今の我々の世界だ。歴史が証明しているではないか。
医薬品規制の大穴を簡単に言うと「何を、どのように決めようとしているのかが誰にもわからないこと」である。新薬の承認とは何なのかが誰にもわからない。 良い薬とは何かがわからない。安全ではない薬とは何かがわからない。誰も何もわからないのに、薬は日々承認され(拒絶され)、期待され、薬害だと騒がれ、 承認すべきではなかったと批判される。世の理を多少なりとも知るはずの裁判官までもが「この薬は有用性を肯定することができる」と個人的な嗜好を判決で公 言する始末である。「あんたがそう思っているだけだろうが!」と正しく突っ込みを入れないといけない。
大穴を無視して、日本の規制ごっこは続く。おそらく10年後も、20年後も。私はそれでメシが食えるから、ありがたいことである。・・あれ、皆さんもそうなんですか?
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ベイラーの医療改革戦略
リーンプロジェクト-必要なことは医療費削減ではなく効率化-
松本慎一(ベイラー膵島移植研究所ディレクター)
ベイラーヘルスケアシステムは、100年以上の歴史を持ち、テキサス州にある15のメディカルセンターとおよそ2万名の従業員からなる私立の巨大医療シス テムです。キリスト教の精神に則り、全ての人々に模範的なヘルスケア、教育、研究と地域へのサービスを提供することをミッションとしています。
米国でも、医療費の高騰は最重要課題であり、医療改革は不可欠となっています。
ベイラーでは、医療改革としてリーンプロジェクトを開始しました。リーンプロジェクトとは、医療の効率化を目指すプロジェクトですが、その手法に特徴があ ります。全ての、従業員が行っている作業を、患者にとって直接の利益があるか、直接の利益が無いかの2つに分けます。直接の利益が無いものを極力削減し、 利益があることを増やしていくことで、無駄を省くと同時に、患者の満足度を向上させるというものです。全ての従業員の、全ての作業をこのように振り分ける ために、このプロジェクトの主役はフロントラインつまり現場の職員です。
現在、米国でも、医療のシステムはトップがルールを決めて、リーダーが現場の職員を指導していくスタンスを取っています。ところが、このリーンシステムは、現場の職員が問題や改善点を提言し、リーダーを通じてトップにルールを作らせるのです。
実際にベイラーの2つの病院で、リーンプロジェクトがはじまりました。リーンプロジェクトを開始すると患者の満足度のみならず、職員のやりがいや、職員同 士のコミュニケーションが改善し、医療にかかる出費もみるみる減少していました。ただし、リーンプロジェクトを開始当初は、現場のスタッフに余分な仕事が 増えたり、不慣れなルールの提言の作業などが必要であったり、現場の混乱が生じていました。この混乱を乗り越えるために、リーダーは、陰になって現場の職 員を支えることで、あくまで主役は現場の職員であるというスタンスを維持しながら育てていました。
リーンプロジェクトの中で、最重要項目はコミュニケーションの向上でした。医療者と患者、医療者と患者の家族、医療者同士の良好なコミュニケーションは信頼をよび、信頼関係が成立すると満足が得られるのです。
アメリカでは、病院は患者の満足度による評価やランキングがあり、患者の満足度により病院の実際の収入が変わります。つまり、患者の満足度は病院の存続に直結しているため病院も真剣です。
アメリカの最先端の医療改革戦略が、現場からの医療改革であるということはとても興味深いと思いました。
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地域医療を守れるか?
金澤 幸夫(南相馬市立総合病院 院長)
平成13年9月、22年お世話になった福島県立医科大学(福医大)を離れ、現在の南相馬市立総合病院に赴任した。地元で小児外科、一般外科をしながらのん びり暮らしたいと思っていた。福島県浜通りの医療圏は南のいわき市、北の相双地域(原発のある双葉郡と相馬郡)に分かれる。相双地域は人口18.5万の医 療圏で、10万人当たり医師数は110人(福島市は231人、福島県176人、全国206人)と医師不足であった。
赴任後、平成13年から平成16年まで医師数は16から18名に増加した。医師は全員、福医大卒で、内科4、小児科2、外科、整形外科、脳外、泌尿器科、 産婦人科はいずれも2、麻酔科1、リハビリ1の人員であったが、この年より医師臨床研修制度が開始された。平成17年、院長になるが、ここから医師不足が 始まり、内科3、小児科1、脳外1に減少、平成18年、内科1、平成19年、泌尿器1、平成21年、産婦人科1に減少した。平成23年3月震災発生、4月 末には医師は4名となり、現在8名(嘱託1名)である。震災前の医師不足の原因は臨床研修制度と考えられ、福医大に地方に医師を派遣する力がなくなったこ とが大きいが、交通の便の悪さ、医師の子弟の教育問題、臨床研修施設ではなく研修医をとれないことなどが上げられる。震災後はこれに原発事故、放射能の問 題が加わった。市内の民間病院も人口の減少、スタッフの減少で厳しい状態にある。
現在、公的病院として最低限救急医療を守りつつ、手術が行える体制を目指しているが、医師確保は上記の理由で困難を極めている。医師確保先を根本的に見直す必要性があり、あらゆることを試みるべき時期であり、何か魅力のある、特徴のある病院を目指したいと考えている。
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桜井 勝延・福島県南相馬市長
このセッションでご発表いただきます。