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Vol.302 現場からの医療改革推進協議会第六回シンポジウム 抄録から(6)

医療ガバナンス学会 (2011年10月26日 06:00)


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東日本大震災・福島原発事故II

*このシンポジウムへの参加は事前申込制で、すでに参加受付は終了しております。

2011年10月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


セッション6: 11月6日(日)12:30~15:00
場所:東京大学医科学研究所 大講堂
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地震、津波、放射能汚染によるトリプル災害のもと南相馬市に何が起こったか
及川 友好(南相馬市立総合病院副院長)

3月11日に起こった東日本大震災は、南相馬市に世界初のトリプル災害をもたらした。特にレベル7の放射能汚染をもたらした福島第一原子力発電所事故は 国、福島県、そして南相馬市に様々な混乱をもたらした。混乱の中で、国は福島第一原子力発電所周囲の同心円状の区域に対し、避難指示区域、屋内待避指示区 域、警戒区域、緊急時避難準備区域など規制を敷いた。これらの放射線規制区域の中は孤立無援となり、大きな混乱と不安が生じ、人の心に越えがたい垣根まで もが築かれていった。
地域住民ならびに地域は、現在も様々な不利益の中で塗炭の苦しみを受けている。特に屋内待避指示区域、後の緊急時避難準備区域では「こども、妊婦、要介護 者、入院患者等」は入らないように求められ、また保育所、幼稚園、小中学校、高等学校は休園または休校とされた。3月18日から20日にかけて、南相馬市 全域の入院患者を0にするミッションが福島県、ならびに国主導のもとで行われ、多くの入院患者が200Km以上離れた新潟県に搬送されている。
この20日を境に南相馬市の全ての医院が、南相馬市立総合病院を除く、残りの7病院が一時的休院状態となった。市内薬局、老健施設もことごとく閉院し、震 災前人口が7万人の地域に一時的とはいえ、医療がほぼ消失したのである。その後、この規制は9月30日まで続くのであるが、現在でも4病院が入院を置けな いでいる。
その一方では、仕事のためいったん避難した市民も3月末から徐々に戻り始め、5月8日の居住人口は2万5千人、緊急時避難準備区域が解除された10月6日現在では41,630人まで人口は回復した。
これは、国の規制が解除された現在も約3万人の住民、すなわち全市民の約3/7が避難生活を続けていることを示している。また、南相馬市にある8医療機関のうち入院業務を行えるまで回復した病院も4病院に過ぎない。教育に至っては10月6日現在も学校再開はされていない。
医療、福祉、教育の回復、復興というにはほど遠く、今後3万人の市民が戻るための除染、雇用の創出は緒に就いたばかりである。東日本大震災は南相馬市においては現在進行形である。

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浜通りでの医療支援を通して
坪倉正治(東京大学医科学研究所研究員)

筆者は震災後、浜通りでの放射線被ばくに関する医療支援として、1)相馬市、飯舘村、川内村での健康診断および放射線相談会、2)一般市民に対する放射線 に関する説明会、3)南相馬市立総合病院での内部被ばく検査、4)除染活動に従事してきた。これらで得られた知見および教訓を紹介する。
1)において特筆すべきは、高血圧や糖尿病などの慢性疾患、うつ病などが悪化していたことだ。放射線被ばくによる直接的な影響のフォローだけではなく、こ れらの疾患に対する継続的なアプローチが今後の課題である。2)の放射線説明会は5月中旬から8月中旬までで延べ2500人以上に行った。その教訓は「放 射線の問題に関して、不安なことや必要な情報は各個人で全く異なるため、個別具体的に一人一人じっくり相談に乗る必要がある」こと、および「現地で求めら れている情報は、具体的なノウハウである」ことに集約される。3)について、南相馬市立総合病院ではwhole body counterによる全身の評価と同時に、尿検査によるセシウムの定量を行っている。現在までに緊急の医療介入が必要なほどの内部被ばくは指摘されない。 しかしながら、その結果の説明やアドバイスにはまだまだ改善の余地があり、既に検出されないヨウ素の影響、甲状腺検査やフォローの問題も検討課題である。 4)では、基本動作である、土を剥ぐ、洗浄する、草を抜くという3つの動作のみで保育園や妊婦宅などの除染を行ってきた。どの場所の線量を下げるために除染を行っているのかを意識し、建物に近い場所を重点的に除染することで、約2割の線量低下を認めたが、放射線物質の保管や作業員の安全確保などまだまだ課 題も残っている。

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南相馬市における妊婦宅の除染作業報告
鈴木真(亀田総合病院 総合周産期母子医療センター長)

東日本大震災では地震、津波の広範囲な被害に加えて、原子力発電所事故が起こり、被災地住民生活に多大なる影響を与えた。福島原子力発電所20km圏内の 警戒区域および計画避難地域では居住が許可されていないが、避難生活の長期化する中、その周辺では自宅へ戻るようになった。その中には放射線被ばくから優 先的に守られるべき妊婦、小児が含まれている。今回南相馬市原町区の原町中央産婦人科医院、高橋亨平院長は5月初旬より通院中の15名の妊婦の個人線量を 測定し、年間推定被ばく量3.5mSv以上の方々へ状況を説明し被ばく線量低減のアドバイスを行った。その中で希望された方の自宅の除染を高橋亨平医師を 中心として、南相馬のNPO方針実践まちづくり、サードウェーブ、東京大学医科学研究所の上研究室とともに行った。
除染前の空間線量測定では、雨どいと浄化槽の排水口付近などに高い放射線量率が検出され、2m四方の詳細なサーベイでは、庭は地表で高く、空間で低く、屋 内では上方ほど高くなっており、地表と屋根に放射性物質が存在していることは明らかとなった。そこで高線量部分および屋根の高圧洗浄と庭の表土剥離を行っ た。終了後の空間線量結果は、庭で40%程度、室内1階部分で30%程度と低下したが、2階では低下しなかった。この結果より、高線量部分の洗浄と表土剥 離は極めてよい効果が認められたが、屋根の放射性物質除去は不十分であったことが明らかとなった。
除染作業では放射性物質の存在場所、除染効果を適切に評価するために作業前後で空間放射線量を測定することが極めて重要であり、測定方法の統一は必須と考 えられた。高圧洗浄での除染には限界があり、建築素材の違いにより効果的な洗浄方法を行うことが重要であると考えられ、建築資材メーカー、建設会社と協力 し除染方法を研究・開発することが望まれる。また、除染作業が復興事業として地元雇用の創出につながることを期待する。

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福島県の相双地域の医療や介護が復興しなければこの地域に未来はない
尾形眞一(福島県会津保健所医療薬事課 専門薬剤技師)

3月11日の地震や津波は災害であったが、その後の原発事故や政府や県の対応は人災であると思う。そして、その被害は収束するどころか拡大しているように 思えてならない。 双葉郡の広野町を除く7町村と南相馬市の小高区は、原発20km圏内で立入が禁止されている。そこにあった7つの病院、3つの介護老人 保健施設、6つの特別養護老人ホームは入院患者や入所者を全て他の地域に移動し閉鎖している。問題は、20~30kmの地域である広野町と南相馬市の原町 区、30kmより外の南相馬市の鹿島区のみなし30kmとされた病院と老健である。当初、この地域にあった7つの病院、3つの老健、4つの特老は、政府の 指示で入院患者や入所者を置いてはならぬとされた。広野町の高野病院だけが頑なにその指示に逆らい籠城した。その結果6つの病院は、一時は外来も中止し医 療活動が凍結された。5月に入りみなし30kmなどという何の根拠もないばかげた指導は無くなったが、医師不足、スタッフ不足に各医療施設は悩まされる事 になる。20~30kmの地域は緊急時避難準備区域と命名され、幼稚園から高等学校まで無くなった。多くの子供がこの地域から避難して行った。そのこと が、母親である看護師や介護職員まで奪って行った。
6月末になり、政府はこの地域の病院に200床程度認めるとした。これも何の根拠も無い措置である。放射線量は3月末からほとんど変化が無いのに緩和し た。しかし、大学に引き上げられた医師や避難し他の地域で勤め始めた医師は戻ってこない。子供と共に避難したスタッフも戻れない。病院は倒産の危機であ る。
そして、もうすぐまた何の根拠も無く政府は緊急時避難準備区域を解除し、5つだけ、小中学校を再開すると決めた。しかし、そこに避難している子供達が親と共に戻ってくるとは思えない。なぜなら、放射線量は変わらないのだから。
そして最も悲劇的なことは、県が8月に作成した復興ビジョンにそのことが全く入っていないことである。多額の資金を復興に関係ないところで使おうとしている犯罪者とも言うべき人たちがいるのである。
この地域を老人が在宅で我慢する姥捨て山のような地域にしてはならない。

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