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Vol.337 無用な医師法21条警察届出は回避すべき

医療ガバナンス学会 (2011年12月12日 06:00)


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この原稿は月刊『集中』2011年12月号所載「経営に活かす法律の知恵袋」第28回を転載しています。

井上弁護士事務所
弁護士 井上 清成
2011年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●異状死届出の議論の動向
11月17日、全国医学部長病院長会議は「医療事故調」に関する見解を公表した。11月18日付「m3.com」によると、「”異状死”の届け出、診療関 連死を除外すべき」「全国医学部長病院長会議が提言、『医療界案』まとめる意向も」とのことである。「医療事故調査のあり方や医師法第21条の異状死の届 け出について、日本救急医学会が2009年11月に公表した案を基本骨格にすべきとする内容だ」という。
すでに6月、日本医師会が医療事故調に関する基本的提言を発表しているが、医師法第21条に関しては診療関連死を除外すべきとする点で同じくする。あとは、ほかの病院諸団体にも同様な提言を打ち出すことが期待されよう。

●無用な警察届出回避のための提言
同日の「m3.com」には、佐藤一樹医師(いつき会ハートクリニック院長)の「『異状死』の定義は要らない」「無用な警察届出回避のための提言」も同時 に掲載されていた。医師法第21条に関する東京都立広尾病院事件を精査した論説であり、特に東京高等裁判所の控訴審判決を詳細に検討し、いわゆる「外表検 査異状届出説」を提唱している。従来の見解は、「診療経過(過程)異状届出説」とでもネーミングし得るものであった。それを転換して「外表検査異状届出 説」に沿った実務運用をし、無用な警察届出を回避すべきだとする提言である。
従来の見解の誤りを的確に指摘する説であり、積極的に採り入れて無用な警察届出を回避する契機とすべきであろう。現に、全国各地の医療機関で無用な警察相 談や警察届出をしてしまったがために、それに引き続く警察捜査や司法解剖によって無用な医療紛争が惹起されている例が引きも切らない。佐藤一樹氏の提言を 考慮に入れつつ、冷静に警察届出の必要・不要を見直すべき時期であろう。

●東京高裁控訴審判決の注目点
佐藤一樹氏の提言のポイントは、都立広尾病院事件の最高裁判所判決のみでなく、東京高等裁判所判決を精査している点である。東京高裁は、東京地裁の事実認 定を覆し、警察届出のための24時間制限の起算時点を「平成11年2月11日午前10時44分頃」から「平成11年2月12日午後1時頃」にずらした。こ の法的意義は、単に時点を少し後ろに遅らせたというにとどまらない。従来の見解である「診療経過異状届出説」に見直しを迫るものである。

事実認定が覆ったポイントは、大要、次のとおりと言えよう。
主治医が2月11日午前10時20分ないし25分ごろに患者に対し心臓マッサージを行った際、ほかの医師から容態が急変した前後の状況および看護師が薬剤 (ヘパ生とヒビグル)を間違えて注入したかもしれないと言っていることを聞かされていたところ、午前10時44分に死亡確認をしたものの、心筋梗塞の所見 もあるが看護師の薬剤の取り違えの可能性もあり、死亡原因が不明として病理解剖に至った。主治医は患者の右手静脈の色素沈着については、病理解剖の外表検 査時である2月12日午後1時頃に初めて気付いたのであり、死亡確認時である2月11日午前10時44分には右腕の異状に明確に気付いていなかったという ことである。

東京高裁は、見直された認定事実に基づき、次のように判示した(下線部は筆者による表現部分)。「死体の検案とは、既に述べたとおり、死因を判定するため に死体の外表検査をすることであるところ、上記の事実関係によれば、平成11年2月11日午前10時44分頃、主治医が行った死体の検案すなわち外表検査 は、患者の死亡を確認すると同時に、患者の死体の着衣に覆われていない外表を見たことにとどまる。異状性の認識については、誤薬の可能性につき他の医師か ら説明を受けたことは上記事実関係のとおりであるが、心臓マッサージ中に患者の右腕の色素沈着に主治医が気付いていたとの点については、以下のとおり証明 が十分であるとはいえない──。以上によれば、同日午前10時44分ころの時点のみで、主治医が患者の死体を検案して異状を認めたものと認定することはで きず、この点において東京地裁判決には事実誤認がある。

●診療経過異状届出説から外表検査異状届出説へ
医師法第21条は、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と明文で定めた(下線は筆者)。
従来の診療経過異状届出説は、条文を精査せずに漫然と、医療機関で異状死が疑われれば警察に届け出るべきだという運用をしていたことに誤りがある。「医師 は」「検案して」とある部分を読み飛ばしているに等しい。あくまでも、検案した医師自身が、検案(外表検査)した行為に基づかねばならない点に対する注意 が薄かった。他の実際に検案をしていない医師や看護師や病院長がどのように認識していたかは、医師法第21条においては関係ない。外表検査異状届出説を参 考にして、このように詰めた運用をすれば、現に行われている無用な警察届出のかなりのものは省けることであろう。

●さらに検案時異状認識届出説へ
ただし、検査した外表に現われた異状のみに着目して外表上の異状がなければ、警察届出はすべて不要であると即断してはならない。検案した医師自身が検案 (外表検査)行為時に、自己または他者(医師もしくは看護師など)の診療上における過失が存在していたことを明らかに認識し、かつ、その過失に起因して死 亡に至ったことを積極的に認識していたならば、それが外表自体に現われてはいなくても警察への届出はやはり必要であろう。

整理すると、次の2点に注意しなければならない。
1点目は、異状性の認識の程度である。特に診療関連死では異状性が不明瞭なことが多いので、過失の明白もしくは積極的な認識がなければ、異状性の認識が あったとは言えない。医学的に合理的な説明ができないわけでなく、予期しないわけでない死亡であれば、合併症となるので、届出は不要であろう。
2点目は、その異状性の認識が検案行為時にその医師自身になければ、やはり届出は不要であると思われる。検案行為がなされた後になって、その後の情報収集や検討の結果として異状性が認識されるに至ったとしても、その後の時点で初めて届出の必要が生じるとは思えない。
このように考え合わせて運用するならば、それは検案(行為)時(点)異状(積極的)認識届出説とも表しえようし、さらなる現行実務の改善につながることであろう。

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