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Vol.336 医療倫理から見た、日本医師会とTPP問題

医療ガバナンス学会 (2011年12月9日 06:00)


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健保連 大阪中央病院
顧問 平岡 諦
2011年12月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「国民のため」と言って行動しても、「既得権益を守るため」だと思われる、なぜだろうか。
日本医師会は、日本歯科医師会、日本薬剤師会と一緒になって「国民皆保険が維持されないならば参加は認められない」という、公的医療保険にTPP(環太平 洋パートナーシップ協定)のルールを適用しないよう政府に求める共同声明を発表した(「TPP交渉参加にむけての見解」2011.11.2.)。国民皆保 険を維持すること、これは「患者のため」である。日本医師会が「患者のため」に立ち上がることは正しい。しかし、社会(特にマスコミ)は、JAといっしょ くたにして、この行動を「既得権益を守るため」と見ている。なぜだろうか。その理由は、日本医師会が「To put the patient first;患者第一」を宣言(profess)していないからである。以下にその理由を説明する。

「To put the patient first;患者第一」とは「患者の人権を最優先する」ことである。「患者第一」とは「患者の利益を第一に考える、最優先して考える」というだ。「患者の 利益」がもっとも判るのは、当然、患者自身である。「患者の利益を最優先する」とは「患者の意向(すなわち自己決定)を最優先する」ということだ。自己決 定権は人権である。だから「患者第一」とは「患者の人権を最優先する」と同じことになるのだ。
「ヒポクラテス以降、医療は専門職(profession)であり、医師は自分の利益よりも患者の利益を優先することを公に約束するものだという概念が生 まれた」。「社会との関係でいうと、社会はある専門職に対して、職業上の特権、つまり特定のサービスを提供する排他的あるいは第一次的な責任および高度の 自主規制などを含む特権を与え、代わりにその専門職は、これらの特権をまず他者の利益のために行使し、自らの利益は二次的にしか追求しないことに同意する というものである。この社会との関係は、『社会契約』とみなすことができる」(WMA Medical Ethics Manual 2005より)。その「同意文書」が倫理綱領であり、綱領を具体化したものが倫理規定である。

日本医師会は、社会とどのような「同意文書」を交わしているのだろうか。日本医師会の倫理綱領、倫理規定の内容を見てみよう。「患者の人権」に関する主な部分を挙げると次のようになる。

『医の倫理綱領』
序文;医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
3項.医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容について良く説明し、信頼を得るように努める。

『医師の職業倫理指針』
序文より 前回の倫理指針を含め、その倫理は、1.患者の自立性(autonomy)の尊重、2.善行(beneficence)、3.公正(fairness)の3原則を基本にしている(後略)。
第1章、1.(3)医師は世界医師会リスボン宣言の精神に基づいて、現行法規遵守のもと、患者の権利を尊重し、人類愛をもった行動と言動に留意する必要がある。

「人類愛を基に」、「人格を尊重し」、「患者の自立性の尊重」、そして「患者の権利を尊重し」はいずれも同じことである。日本医師会は「患者の人権を尊重する」と宣言しているのだ。

なお、最後に示した文章は日本医師会の「意図的な過ち」(情報操作)である。その理由は、「世界医師会リスボン宣言の精神」と「現行法規遵守のもと、患者 の権利を尊重し」とは相いれない内容であるのに、あたかも相いれるように記載しているからある。リスボン宣言の序文を見れば明らかだ。つぎのように書かれ ている。「法律、政府の措置、あるいは他のいかなる行政や慣例であろうとも、患者の権利を否定する場合には、医師はこの権利を保障ないし回復させる適切な 手段を講じるべきである」。リスボン宣言は、法より何より患者の人権を最優先するべきと述べているのだ。「現行法規遵守のもと、患者の権利を尊重する」と は相いれないのだ。

「患者の人権を尊重する」と「患者の人権を最優先する」との違いをつぎに述べる。この違いは、日本医師会の情報操作に誤魔化されて、日本の医師が最も気づ いていない違いである。「尊重する」ということばは「対等ないし目下の者」に対することばである。「人権尊重」という時の尊重は「対等」のことばである。 人権とはすべての人間が有するもの、それを「互いに尊重しあう」と言うことである。一方、医師が「患者の人権を尊重する」と言う時、尊重は「上から目線」 のことばとなる。「尊重するが、時には他の意向を優先させる」ことも含まれてくる。(患者の)人権よりも「時の権力の意向(すなわち法)」を優先させたた めにナチス・ドイツにおいてホロコースト(大量虐殺)が起こったのだ。そして、それに多くの医師が関与していた。その反省から生まれたのが「患者の人権を 最優先する」という世界医師会の医療倫理である。法(国内法)よりも医療倫理を上位に据えたのだ。その精神が、上に示したリスボン宣言の序文にも述べられ ているのである。

「患者の人権を尊重する」と宣言し、「患者の人権を最優先する」とは宣言していない日本医師会、このような日本医師会が「患者のために」といって行動を起 こしたのである。社会(マスコミ)が日本医師会の行動を「患者のため」の行動と”素直に”受け取るはずがない。なぜなら、TPP交渉参加には、「国民皆保 険制度崩壊への懸念」があるだけでなく、「医療法人や医療周辺産業への外国資本参入についての懸念」、すなわち「既得権益を守る」ことに関する懸念もある からだ。「患者の人権を最優先する」ことを宣言していない日本医師会が、「患者の人権を尊重するとしても、自らの意向を優先させる」ことが考えられるから である。

先に示したように、「専門職とは、与えられた特権をまず他者の利益のために行使し、自らの利益は二次的にしか追求しないこと」を社会に宣言する必要がある。それを行っていない日本医師会が、「既得権益を守るための圧力団体」と見られるのは至極当たり前のことだ。

日本医師会が「してはいけないこと」は、情報操作により世界医師会の医療倫理を隠すことである。そして、「なすべきこと」は「患者の人権を最優先する」こ とを社会と契約することである。すなわち世界医師会の医療倫理を受け入れて、倫理綱領の一番に「患者の人権を最優先する」ことを謳うことである。そのうえ で「患者のために」行動を起こせば、社会から信用されるのであり、医療不信が払拭されるのである。

二国間協定、地域協定、国際協定、いずれにしても国内法の改定が必要になる。TPPでは国民健康保険法や医療法などの改定が必要になるだろう。その時に第 一次的には「患者のため」になる改定(改定阻止、すなわち協定を批准しないことを含めて)がどの程度できるかどうか、そして二次的に「既得権益を守る」こ とがどの程度できるかどうかである。そして、どの程度できるかどうかは、社会からどの程度に信用されているかどうかにかかっているのだ。プロフェッショナ ル集団(the medical profession)の役目とは、いかに社会からの信用を得るかということである。

TPP問題は、日本医師会のあり方そのものを問う問題でもあるのだ。

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