医療ガバナンス学会 (2011年12月22日 06:00)
谷口プロジェクト事務局
谷本哲也
http://www.savefukushima50.org
http://twitter.com/savefukushima50
2011年12月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●ヴァニティ・フェア誌(Vanity Fair)
米国の総合雑誌ヴァニティ・フェアの2012年1月号の表紙は挑戦的な微笑みを投げかけるレディー・ガガ氏だ。ひときわ目を引くアトリエ・ヴェルサーチの 赤いドレスと巨大な赤い帽子が大きく渦を巻きながら彼女の身を包んでいる(http://www.vanityfair.com/magazine /toc/contents-201201)。ガガ氏は東日本大震災の復興支援にも熱心に取り組んでいることで知られ、この12月末には5度目の来日をする。ヴァニティ・フェアはハリウッドスターのゴシップネタから政治、芸術まで幅広いテーマを扱っている。125万部の発行部数を誇り、米国はもちろん世界 各地の富裕層を中心に多くの読者を持つ(http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20100622 /215091/?P=1)。同号の特集として、福島第一原発の作業員たちが大きく取り上げられた(http://www.vanityfair.com /culture/2012/01/japan-201201)。チェルノブイリなどの放射線事故での診療経験を持つロバート・ゲイル氏の福島県いわき市訪問の様子を軸に、原発作業員のインタビューや街の様子が詳細に紹介されている。ゲイル氏は血液学の重鎮で御年66歳になる。メディア向けパフォーマンス の側面があるとしても、医師として現場に必ず足を運ぶ姿勢は賞賛に値するだろう。この記事に関連して、原発作業員の生活場面などを切り取った写真がウェブ上でも無料公開されている(http://www.vanityfair.com/culture/2012/01/james-nachtwey- japan-slideshow#slide=1)。下手な言葉で描写するよりも多くを物語る写真だ。
●ネイチャー誌(Nature)
英国の科学週刊誌ネイチャー12月15日号の表紙は、日の丸の下地に東京電力が発表した黒塗りの手順書、という華々しいイラストで飾られた (http://www.nature.com/nature/journal/v480/n7377/index)。国内マスメディアでも多数報じられ たので既にご覧になった方も多いだろう。同号には鳩山由紀夫元首相らによる、福島第一原発の国有化を提案するコメントも掲載されている (http://www.nature.com/nature/journal/v480/n7377//full/480313a.html)。 1869年に創刊されたネイチャーの発行部数は約5万3千部、うち国内約6千部(2009年)だが、大学などでの回覧や電子版での閲覧まで含めると読者の 実数ははるかに多い。この商業誌は完全な独立採算制をとっており、第二次世界大戦中はドイツ軍による爆撃下のロンドン、という状況の中でさえ一度も休刊することなく毎週の発行を続け、その揺るぎない権威と伝統から、世界中の科学者に大きな影響力を持つ(http://www.natureasia.com /japan/nature/about_journal/nature_vs_science.php)。旺盛な批判精神を持つこの雑誌の背景が、谷口プロジェクトを掲載した英国の臨床医学系週刊誌ランセットと非常に類似していることは、同国の伝統と無縁ではないだろう。
●災害医療と公衆衛生対策誌(Disaster Medicine and Public Health Preparedness)
災害関連の医療問題を専門に扱う米国の医学誌「災害医療と公衆衛生対策誌」10月号では、高線量被ばく発生時の医学的対応について特集が組まれている (http://www.dmphp.org/content/vol5/issue3/)。2009年に開かれた世界保健機構(World Health Organization)での会議に基づいており、日本からは緊急被ばく医療ネットワーク会議委員長の前川和彦氏が参加している。高線量被ばくした患者 の治療経験は世界的にも限られており、その治療方法は未だ発展途上の段階にある。同特集でも根拠(エビデンス)に基づく医療(EBM)信者が喜びそうなエ ビデンスは何もない、ということが再確認されたに過ぎないが、これまでの知見が初めてのグローバル・コンセンサスとして取りまとめられた。当然ながら、救命が必要な高線量被ばく患者の治療方針についてエビデンスがないことが、患者を救うための新たな努力が不要ということを意味する訳ではない。現状のエビデンスの限界を乗り越えるための研究が今後もかなり必要とされるとする論説が、「緩慢な進歩:放射線と核による救急疾患への対策(Slow progress in preparing for radiological and nuclear emergencies)」と題し掲載されている(http://www.dmphp.org/cgi/content/full/5/3/180)。
●舛添要一氏の「日本政府のメルトダウン 2013年に国民を襲う悲劇」
元厚生労働省大臣の舛添氏の最新刊が、11月30日に講談社から発売された(http://www.bookclub.kodansha.co.jp /bc2_bc/search_view.jsp?b=2174375)。日本の現状に対する多大な危機感が伺える一冊だ。舛添氏は谷口プロジェクトに関 して、菅直人前首相、野田佳彦首相に国会質問を行っており、同書中でも触れられている。舛添氏は政府の原発事故対応を戦時内閣になぞらえている。筆者の祖父は陸軍兵として第二次世界大戦中ビルマ遠征に参加し、最前線の戦地へと送られた。なんとか生還はしたものの、当時の体験を繰り返し聞かされ育てられた身にとっては、「二度と繰り返してはならない、日本史の過ちである。」という舛添氏の言葉に深い共感を覚える。
●鈴木智彦氏の「ヤクザと原発」
また、事故後の福島第一原発の作業員として働いた鈴木氏の最新刊も、12月16日に文藝春秋より発売された (http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db /book_detail.cgi?isbn=9784163747705)。フリーライターの鈴木氏は、自己造血幹細胞採取後に事故後の原発での作業を 行った世界で初めての人物でもある。谷口プロジェクトに参加した際の経緯は「ヤクザと原発」の中でも詳しく述べられているので、是非ご一読頂ければと思 う。鈴木氏のコメントについては、日本外国人特派員協会での会見(シアターネットTV:http://ameblo.jp/theatertv/day- 20111216.html、http://ch.nicovideo.jp/channel/ch2620>)やニコ生トークセッション(http: //live.nicovideo.jp/gate/lv74042117)などでも視聴可能となっている。なお、谷口プロジェクトの代表、虎の門病院の谷口修一氏については、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」10月17日放送分でその仕事ぶりが取り上げられている (http://www.nhk.or.jp/professional/2011/1017/index.html)。
●日本血液学会
10月に名古屋市で開催された第73回日本血液学会において、日本赤十字原爆病院の朝長万佐男氏が「放射線の人体影響~原爆、チェルノブイリ、福島」と題し教育講演を行った(http://www.jstage.jst.go.jp/article/rinketsu/52/10/52_1740 /_article)。以下、谷口プロジェクトに言及されている箇所を原文のまま引用する(臨床血液 2011;52:1740-1747)。
「現在進行中の福島第1原発事故の復旧作業従事者の一部が600 mSVを超える被ばく線量をしつつある現状を見るとき、今後、致死的骨髄被ばく線量を浴びる可能性を考え、前もって自己末梢血造血幹細胞を採取して冷凍保 存しておくことが提言されている。(以下は著者(注:朝長氏)の個人的な見解である。)骨髄以外の臓器がある程度健全性を保つような致死的骨髄障害のレベ ルを明らかにできる検査法がないこと、また作業中に致死的被ばくを容認するような作業状況(労務管理)は人道上許されないことなどを考えると、この方法の 採用には躊躇せざるを得ない。突発的な再爆発で不可避的に高線量を被爆(注:原文ママ)した場合も、骨髄障害の程度(致死的かどうか)と他臓器の被爆の程 度の判定は直ちには困難であり、その後の被ばく従業員の経過をみながら判断せざるを得ないため、保存しておいた自己幹細胞を注入する時期が遅れる。した がって救命を目指す場合、移植対象例を選択しない盲目的全例注入にならざるを得ない。またこのような点と、これまでの同種移植が不成功であったことを合わ せて説明した上で、自己の生命を救う唯一の方法としての自己幹細胞採取に関するインフォームドコンセントがはたして得られるのか、疑問もある。残念ながら自己幹細胞移植を準備することは、医学的にはいまだ未熟な治療法として断念せざるを得ないと考える。(引用終わり)」
日本学術会議からは、「高度に専門的な知見を含む課題であるので、日本血液学会内で、倫理的な側面を含めて十分議論され、できれば統一的見解を示されるこ とを期待」されている(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/shinsai/pdf/housya- k0425.pdf)。朝長氏の個人的見解に留まることなく、日本血液学会や日本造血細胞移植学会、さらには海外の専門家や東電、原子力政策の関係者など も交え、今後さらに議論が深まることを期待したい。
●米国の放射線傷害治療ネットワーク(RITN, Radiation Injury Treatment Network)
日本学術会議は「(250mSVの)防護の計画管理がなされている状況では、造血障害の発症する2000mSV、造血幹細胞移植が必要な7000mSV以 上の全身被ばくを受ける可能性はない」という見解を12月現在でも提示したままとなっている(http://www.scj.go.jp/ja /member/iinkai/shinsai/pdf/housya-k0425.pdf)。しかし、万が一急性被ばく事故が起こったときにどうするか という前提で準備を進めておくことは重要だ。日本では、放射線総合医学研究所の緊急被ばく医療ネットワーク会議 (http://www.nirs.go.jp/hibaku/system/system01.htm)、文部科学省委託事業の公益財団法人原子力安全 研究協会による緊急被ばく医療研修(http://www.remnet.jp/index.html)、広島大学の緊急被ばく医療推進センター (http://wjrempan.rerf.jp/)などの取り組みがある。米国では放射線傷害治療ネットワーク(RITN)が事故時の対応に備え組織 されている(http://www.ritn.net/)。RITNは2001年に設立され、国立骨髄ドナープログラム(NMDP, National Marrow Donor Program)、米国血液骨髄移植学会(ASBMT, American Society for Blood and Marrow Transplantation)が中心となり構築された全米の関連施設を結ぶネットワークだ (http://bloodjournal.hematologylibrary.org/cgi/pmidlookup?view=long& pmid=18287516)。高線量被ばくによって発症する急性放射線症候群では造血組織が特に傷害されやすいことから、血液内科、特に骨髄移植などを 専門とする医師の関わりが重要と考えられていることが背景にある。戦術核兵器の使用やテロリズムも想定されているため、海軍研究局(Office of Naval Research)もスポンサーに入っており、潤沢な予算を持っているようだ。このRITNの会合が、10月に米国シカゴ市で開催された。その発表内容は ウェブ上でも無料公開されている(http://www.ritn.net/uploadedFiles/Meetings /RITN_2011Workshop_Presentations.pdf )。マウスなどを用いた基礎研究から臨床の実際まで多岐に渡るテーマが討議されたが、その中の特別演題として谷口プロジェクトについても取り上げられ、 ハーバード大学ダナ・ファーバーがんセンターのデヴィッド・ウェインストック氏によるプレゼンテーションが行われた。
●欧州血液骨髄移植グループ(EBMT, European Group for Blood and Marrow Transplantation)
ヨーロッパでも同様に、骨髄移植などを専門とする医療専門職の集まりである欧州血液骨髄移植グループ(EBMT)が中心となり、高線量被ばく事故の発生時に備えたネットワークが構築されている。EBMTは3月の福島原発事故発生直後には早々に支援の申し出を行っており、日本国民として感謝の意を述べたい。 EBMTのメンバーを中心とする「幹細胞移植と細胞療法の論争に関する国際会議(COSTEM、The International Congress on Controversies in Stem Cell Transplantation and Cellular Therapies)」が9月にドイツのベルリン市で開催され、その中のテーマの一つとして谷口プロジェクトに関して特別討論が行われた (http://www.comtecmed.com/costem/2011/cp.aspx)。「重大な放射線事故において、自己幹細胞の予防的な採 取に位置付けはあるか?(Special Debate: is there any place for the prophylactic collection of autologous stem cells for major radiation incidents?)」と題し、論者として賛成側2名(日本から東京大学医科学研究所の下坂皓洋氏、イギリスからEBMT核事故委員会チェアマンのレイ・パウルズ氏)、反対側1名(アメリカからデヴィッド・ウェインストック氏)が登壇し活発な議論が行われた。
●終わりに
谷口プロジェクトについて、真剣な討議の対象として欧米ではさかんに取り上げられているが、国内ではいまだに公の場で反対者側と推進者側とでまともな議論 が行われていない。欧米では今後のテロリズム発生などに備え、あくまで一般論としてこの医療技術がありうるのか、という傍観者的立場での議論が行われているに過ぎない。しかし、当事者の日本人にとっては、福島第一原発の作業者で実際にどうすべきか、という非常に現実的に向き合わなければならない課題だ。封建的ムラ社会の伝統に伴うコミュニケーション不全は医療界に留まったことではない。「ヤクザと原発」著者の鈴木氏によれば、福島第一原発内でも東芝と日立 との間で情報交換がスムーズに行われず、事故処理を日本全体で取り組む環境にはないという。日本社会に深く根を張っているムラ社会の掟、封建的規範の伝統を一概に否定する必要はないが、福島第一原発事故の行方は世界中から注目を浴びていることを、今一度認識する必要があるだろう。谷口プロジェクト実施者は 鈴木氏の他1名(国内未承認薬プレリキサフォルを使用し採取)というのが現在の状況だ。12月15日に報道された最新の工程表最終案によれば、廃炉完了は 最長で40年後とされており、筆者でも最後まで見届けられる可能性は少ないだろう。致死的な放射線量が放出される現場近くでの作業はいまだ本格化していな い。今後の世代のためにも、現代の日本国民が何を考え、何を行ったのか(あるいは行わなかったのか)、記録の蓄積と議論、そして実際の行動が重要になると考える。