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臨時 vol 124 「医師会、病院団体、各学会の役員は歴史を動かす覚悟を」

医療ガバナンス学会 (2008年9月12日 11:12)


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門病院 泌尿器科 小松秀樹



●日本医師会の危うさ

 産婦人科で開業している知人からメールをもらった。私の書いた論稿『公益法人制度改革がもたらす日本医師会の終焉』(中央公論平成20年9月号)についての感想である。  昨今の医療事故調をめぐる活動を見るにつけ、日医がその役割を終えたこと、あるいは終えなければならないこと、同感です。将来に向かって、新たな強力な団体を作ることが望まれることにも同じ思いをいだきます。ただ、日医の歴史的な評価の点におきましては、種々の側面があるように思います。端的に申しますと、数々の悪を含む諸団体の中にあって、自らの存立のために悪を内包する道を選んだ-という側面もあるように私は考えるのですが、ひいきめにすぎるかもしれません。別の言い方をしますと、権謀術数の中を生き抜くにはみずから権謀術数を行使すべきだとする時代は終わった、終わらせなければならないと思うものです。  日本医師会があえて選択した「悪」は、開業医の経済的利益擁護のための活動に絡んでいる。公益法人でありながら、日本医師連盟という抜け穴団体を使って、自民党への献金を継続してきた。これにより獲得した政治権力を使って、総額が決められた医療費の分捕り合戦の場である中央社会保険医療協議会で、開業医の利益が優先されるように、病院代表まで自分たちで推薦してきた。さらに、全医師の代表であることを示すために、勤務医を無理な方法で会員にしてきた。虎の門病院泌尿器科の私の部下は、前任地に三多摩地区の病院で、知らない間に医師会の会員にされていたという。しかし、勤務医は医師会会員になっても、日本医師会、都道府県医師会の二つの代議員制度に阻まれて、発言権のない状況に置かれてきた。  日本医師会の権謀術数は、社会に広く知られている。このため、日本医師会は日本有数の嫌われ者になっている。日本医師会にとって重要な交渉相手であるジャーナリスト、自民党からも批判的に見られている。下に示すジャーナリストからのメールは、ジャーナリストに日本医師会がどのように見えているかを如実に示す。  『公益法人制度改革がもたらす日本医師会の終焉』、大変興味深く読ませていただきました。私も、公益法人制度改革を機に日医が自己改革を成し遂げられるどうかに注目しています。下手な舵取りをすれば、先生のご指摘の通り、存亡の危機に立たされることになると思っています。  論稿にも書いたことだが、日本医師会は自民党を支持し、多額の政治献金を拠出し続けている。しかし、私には、日本医師会が期待しているほど、自民党が感謝しているとは思えない。医療事故調問題で多くの政治家と議論する中で、厚労族の大物議員が、日本医師会に対する強い反感、というより憎悪を持っているらしいことに気付いて驚いた。小泉時代以後、自民党は、日本医師会に対し冷たい態度をとってきた。自民党にとって日本医師会を擁護することにメリットがあると思えない。前回の参議院議員選挙での武見敬三候補の落選は、日本医師会の集票能力が高くないことを示した。次の総選挙は自民党にとっても、民主党にとっても、大きな意味を持っている。政権の組み換えが起きる可能性がこれまで以上に大きいからである。日本医師会のマイナスイメージを引き受ける余裕は自民党にはない。  少なくとも、日本医師会が敢えて選択した「悪」は、その権力の維持強化という本来の目的に威力を発揮しなくなっている。それどころか、今や、日本医師会の弱点として、かえって開業医の利益を損ねかねない状況にある。

 

●日本医師会は「厚労省の政策決定の道具」?

 日本の医療政策は、厚労省の提案を、日本医師会が賛同し、それを自民党が了承することで決定されてきた。日本医師会は厚労省の審議会の大半に、常任理事を委員として送り込んでいる。常任理事一人あたり、10近い審議会の委員を引き受けていると聞く。常任理事は適切な判断を下せる状況にあるかどうかが問題と なる。  かつて、武見太郎会長時代、日本医師会の影響力は強大で、当時の厚生省の政策を左右した。今や、時代は大きく様変わりした。医療が高度化、複雑化し、病院の医療は、個人ではなく組織で取り組むものになった。開業医の医療全体に占める役割が小さくなった。日本医師会や都道府県医師会の役員の多くは、病院でどのような医療が行われているのか知らない。数年前に当時の日本医師会副会長と議論したことがあるが、彼は、日本の多くの病院で、肺の手術を消化器外科の医師が実施していると信じていた。あまりに現状を知らないことにびっくりした。  日本医師会役員は、医療政策を議論するのにふさわしい医療現場の知識、特に病院医療についての知識を有していない。知識不足と哲学不足を補うために設立された日医総研は、植松会長時代に執行部の方針と合わなかったため、大幅縮小の憂き目にあい、多くの研究者が日医総研を去った。医師会長が替わって方針を変更したからといって、優秀な研究者、とくに気概のある研究者を集められるとは思えない。  各種審議会で日本医師会の常任理事は、十分なバックアップのないまま、個人的に無理をして、えいやと根拠の乏しい判断を下しているのが現状ではないか。厚みのある検討の裏づけがなければ、厚労省の官僚に簡単に誘導されてしまう。厚労省のチェックをなど望むべくもない。今や日本医師会は、厚労省の政策決定のための道具になり下がっているように見える。  中央社会保険医療協議会の前会長が、離任直後に医療制度研究会で行った講演で、「病院側の委員に比べると、日本医師会の委員は診療報酬制度についての理解度が低かった」という趣旨の発言をした。日本医師会が最重要課題としている診療報酬改定についてさえ、常任理事の活動を支える態勢がない可能性がある。  認識の基礎となる哲学の欠如、体系的な情報収集の欠如、広く意見を聞く柔軟性の欠如が現在の日本医師会を特徴付ける。時代に取り残されているため、周囲と合わず、閉鎖的にならざるをえない。傲慢とも思える態度も、弱さの表れだろう。日本医師会は自らの姿が見えなくなっている。  日本医師会にとって、医療事故調の厚労省案(第二次試案、第三次試案)に賛成したことは決定的な過ちだった。厚労省案は医療安全のための医療事故の報告制度を、個人の処分に連動させるものである。これは世界保健機構やアメリカ合衆国など世界の潮流に、逆行するものである。しかも、賛同の方法が、「だまし討ち」の印象を与えるものだった。07年11月1日、第二次試案発表のわずか15日後に、現場の医療従事者が誰も知らない中、自民党の委員会で厚労省案に賛同してしまった。この間、勤務医はおろか、郡市医師会の意見を聞くことすら一切なかった。従来なら、これで政策が決定されるはずだった。ところが、医療事故調は現場の医師(勤務医と産科などリスクの高い医療を担っている開業医)にとって、あまりに深刻な問題だった。  日本の刑事司法は医師に忌み嫌われているが、そもそも、近代刑法は、市民革命で勝ち取られたものである。近代刑法の罪刑法定主義は、それまでの権力者による恣意的処罰(罪刑専断主義)に対抗するものとして成立した。刑事訴訟法も司法当局の暴走を抑制する。厚労省案はこのような歯止めの規定なしに、行政機関が調査と処分を行おうとするものである。  厚労省案が実現すると、膨大な数の医療従事者が、処分を前提とした取調べをうけることになる。安全のための報告書が鑑定書として使われ、大量の訴訟を生む。疑心暗鬼と恐怖が医療界を覆う。医療安全のための有用な情報が集まりにくくなり、あらゆる局面で対立が高まる。厚労省案による医療事故調は、医療の安全と、医療サービスの継続的提供の脅威になる。国民に不利益をもたらす。  07年11月以後、現場の医師の巻き返しで議論が沸騰し、今日に至っている。この間、日本医師会の担当理事の説明は説得力を欠いていた。重要な説明に事実と異なる点があり、担当理事が釈明する場面もあった。合意形成を演出しようとする行動が無理なものになり、かえって卑劣なものと解されることになった。

●公益法人制度改革への日本医師会の対応

 08年12月1日、公益法人制度改革三法の施行が予定されている。今後、5年以内に日本医師会は、公益社団法人か一般社団法人に移行しなければならない。  新しい公益社団法人は、不特定多数の利益の増進(特定の個人や団体ではない)のために寄与し、会計を含めて活動が社会から監視でき、公平な参加の道が開かれ、社員は平等の権利を有し、特定の個人の恣意によって支配されないものとして設定されている。現在の日本医師会は、組織形態、活動内容を大変革させない限り、公益社団法人に移行することはできない。開業医の利益のための活動を残すのならば、一般社団法人を選択するしかない。  07年5月日本医師会は公益社団法人を目指す方針を決めた。しかし、公益法人制度改革担当の羽生田常任理事の08年5月29日のスライドや、08年7月5日の日本医事新報のニュースを読む限り、従来の組織形態と活動を可能な限り存続させるという方針を採っている。日本医師会の関係者は呪縛にあっているかのように状況が見えていない。時代の変化とは一義的に人間の認識の変化である。歴史を読めば、人間の認識がダイナミックに動くものであることが分かる。近い将来、21世紀初頭まで現状の日本医師会が存続できたことを、誰もが不思議に思うようになるに違いない。  公益法人制度改革は歴史の流れである。この流れの中で、あえて「悪」を継続することは、日本医師会にとって、極めて危険なことである。例えば、莫大な交際費を使っているという噂が真実であり、これを今後も継続するとすれば、公益法人への移行は危険を伴う。大スキャンダルになりかねない。

●日本医師会三分の計

 現在の日本医師会はその歴史的使命を終えた。これまでの活動を総括してけじめをつけなければならない。  私は、公益法人制度改革の理念を全面的に受け入れること、日本医師会を3つに分割することを提案する。開業医の利害を代弁する団体、勤務医の利害を代弁する団体、そして、最も重要なものが公益のための医師の団体である。  利害を代弁するための団体が、その団体の構成員のために活動するのは当然のことであり、誰もまやかしとして非難することはない。開業医と勤務医の利害は明らかに異なる。「厚労省の分割支配を受けるから、日本医師会として一つにまとまるべきだ」という日本医師会が使ってきた論理はまやかしである。まとまって内部で調整すると、一方が他方を抑圧することになる。活動が大きく異なるのだから、別々に主張するほうが明らかに健全である。現実に即した主張が出やすいし、説得力も強くなる。  最も重要なことは、公益のための医師の団体を作ることである。医師を束ねて、自らを律し、ひたすら医療を良くすることに徹する。「私」を主張しない、気位の高い団体である。この団体は、医療の質向上と医療サービスの公平で継続的な提供のために努力をする。ピアレビューを含む医師の適性審査で、医療の質を保証することも検討しなければならない。民であることは、活動が柔軟にできるなど大きなメリットがある。地方への医師の配置についても、厚労省にはできない大きな寄与ができると予想する。それによって、医療提供者と患者側との軋轢も 軽減する方向に進む。  新団体の創設は、日本の医療再生の鍵となる。今後、既存の医師会、病院団体、学会役員は、本人の意思に関わらず、重要なプレーヤーになる。日本の医療がどこから来てどこに向かおうとしているのか見極めなければならない。変革期にあっては、役員の日常的業務は、求められる役割の微小部分に過ぎない。公益のための新しい医師団体創設に動くのか、旧日本医師会の存続を支持するのか。歴史を動かすのか、歴史を停滞させるのか。近い将来、いやおうなしに態度選択を迫られる。歴史に参加できる数十年に一度の機会である。どちらを選択するにせよ、未来に対して大きな責任を負うことになる。

 

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