臨時 vol 123 「第1回 臨床研修制度のあり方等に関する検討会傍聴記」
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~ これを解決するには政治の力が必要だ ~
ロハス・メディカル発行人 川口恭
今週の月曜日に、文部科学省と厚生労働省の合同で『臨床研修制度のあり方等に関する検討会』というものが開かれた。何かと物議をかもしている新臨床研修制度の見直しをしよう、とビジョン具体化検討会の席上で舛添大臣がブチ上げたものだ。
折角の二省合同検討会も、こんな政治状況になってしまったので、果たしてどこまで実効性があるのかは不透明だ。また、この後の議論もなかなか接点を探るのが難しいほどに意見が真っ二つに分かれていた。でも、これだけ意見が割れているからには裁断には政治の力つまり国民の選択が必要だと思う。ということで、来たるべき総選挙の際にちょこっとでも参考にしてもらえればと思い、議論の模様を報告する。コメントは差し控える。
なお、委員のメンツは、こちら( http://www.mext.go.jp/b_menu/gyouji/2008/08090509/001/001.htm )。基本的にビジョン検討会のメンバーと、臨床研修制度を立ち上げたメンバーとで構成されているようだ。攻める側と守る側といったところだろうか。会議の場所は文部科学省だったけれど、ほとんど中身は厚労省の検討会で見る方々だ。
最初に鈴木文部科学大臣が挨拶。
「昨今、産科や小児科などの診療科、あるいは地域における深刻な医師不足が発生している。医師の養成と確保は喫緊の課題。政府としては骨太の方針2008で、文部科学省としても医学部入学定員の増員などで対策に取り組んでいる。その中で臨床研修制度が幅広い見識を持った医師の養成をめざすものである一方で、結果的に大学医局の医師を減らし地域への医師派遣能力を失わせる契機となったとの指摘があるのもご存じのとおり。効果的に質の高い医師を育成するには学部教育と卒後臨床研修とを一体的に捉え、臨床研修制度を見直す必要があるということで、厚生労働省との合同でこの検討会を設置した。省の枠を超え忌憚のない意見をいただきたい。結論が出た暁には必要な対策を可能な限り速やかに行っていきたい」
続いて舛添厚生労働大臣挨拶。
「先般、医療崩壊に対応するために安心と希望の医療ビジョンを矢崎先生を中心にお出しいただき、その具体化をここにいる小川先生などにおやりいただいた。その中で臨床研修制度について文部科学省と共同で検討会を設置して見直してはいかがかという提言をいただいたので、この会議を設置した。2つの点を強調したい。ひとつは二つの省が合同で行うということで、それは大学医学部の教育プロセスが両方の省にまたがっているにも関わらず、二つの省が合同でやる会議がなかったというのがおかしい。今の医学教育のありかたは本当にこれでいいのか、大学6年間と卒後2年間でダブりがあるんでないかとか、臨床研修にしても興味がない科ではお客さんだという話も聞く。たとえば産科を3カ月回ったからといって分娩取扱いできるようにはならない。そういう問題を考えてほしい。それから、鈴木大臣からは臨床研修によって大学の医師派遣能力が落ちているという話があったけれど、元々研修制度は医師の水準を上げる、質の高い医師を育てるという目的があったわけで決して悪い点ばかりではない。良いところもきちんと評価したうえで検討しないといけない。
それからもう一つ、鈴木大臣がいる所で何だが、私もかつては大学で教える身だったわけで、魅力ある授業、魅力ある研修を提供しなければ、まともな学生が来るはずがない。プロフェッサーに魅力がなかったら来ないでしょと言いたい。そこで研究の能力と教える能力とは違うわけで、もし文部科学省が論文の数ばかり重視するような方針を取っているならそこは考えないといけない。論文の能力ばかりが能じゃない。その意味では、大学も同時に崩壊しつつあるという認識が必要だし、それに対して皆さんどう考えますかということも聞きたい。随分勝手なことを言うようだが、こんな状況であと何日大臣でいれるか分からないので言いたいことは言ってから辞めてやろうと思っているのでご勘弁いただきたい。大学も大学人も問われている、それが国民の目線で見た時に、どこに問題があるかということ。こういう時だからこそ、二つの省の枠にとらわれず自由にご議論いただきたい。大学の教育制度、医師の養成をどうするかにまでメスが入らない限り日本の医療崩壊は食い止められないと思う。みんなで、ぜひともいい制度を考えていきたい」
舛添大臣の言葉に会場から何回か笑いが起きた。鈴木大臣が退席し、事務局が、座長と座長代理を指名。ビジョン具体化検討会に引き続き高久座長と小川(秀)座長代理のコンビに。
高久座長の仕切りで議論スタート。
大熊
「(導入部よく聞き取れず)研修制度が地域の医師不足を招いているとの説に関しては信憑性があるか疑わしいと思っている。千葉県でも8つの県立病院の15人の枠に35人の応募がある。一生懸命きちんとやれば若い医者は集まるということだろう。もちろん、指導医がそれぞれに頑張って資格を取ったということ、それから研修指定医療機関になって県から3億円の分配があったこと、若い医師を対象に九十九里で合宿をして、そこに地域の人たちも加わってぜひ私たちの地域へと呼びかけたこと、いろいろいい動きがあったと見たり聞いたりしている。千葉県は東京に近いじゃないかというかもしれないが、亀田総合病院などはまさに辺鄙な所にあるけれど全国から押すな押すなになっている。すぐれた指導者とプログラムのある所に研修医は集まるのであって、そういう努力をきちんとやっているところは実績が上がっている。それから私は、『志のネットワーク』という志が高いなあと思う医療者30人くらいとネットワークを作っているのだけれど、その人たちに金曜日に呼びかけたら40通くらいメールが来た。大半が、現在の臨床研修制度を後退させるのは時代に逆行しているとの意見だった」
福井
「この委員会の議論がどのような方向性なのか知らないが、いくつか申し上げたい。医師不足への対応ということだが、まず医師がどのように不足しているのかの実態データをお示しいただきたい、診療科についても、どの専門家の医師が何人足りないのかデータを示したいただきたい。データを見れば単に開業医と勤務医とのバランスが悪いだけかもしれないし、やはり科による偏在なのかもしれない。データがなければエビデンスがなければ科学的な議論にならないので、皆で頑張ってデータを出して、それをたたき台に議論したい。臨床研修制度の目的というのは実は達成されつつあると思う。幅広い見識を持つことと経験症例数を増やすことが最大の眼目だったわけだから、それは達成しつつある。医師不足に一見見える、その最後の一撃には確かになったかもしれないけれど、最大の原因と捉えるのはデータ不足でないか。たしかに大学へ残る研修医は少なくなったが、そもそも大学は優れた臨床を行っている病院を見本にして追いつこうと努力したのか、そういう所があるなら知りたい。大学にはミッションが4つある。研究、臨床、学部教育、卒後教育で、卒後研修は大学にとって4分の1の重みしかない。私たちのいるような病院は臨床と卒後教育の2つがミッション。そこに最大のエネルギーを注いで闘えば、私たちの方がクオリティが高くなるのは構造的な必然。欧米のように大学に潤沢な教官を抱えて置けるような診療報酬体系にはなっていない。そこにメスを入れることも必要でないか。今のままでは教育も研究も中途半端な大学にしかならず、欧米の一流国と伍して戦うことはできない。表面的な医師不足の問題にとどまらず、根本的なところまで議論してほしい」
嘉山
「臨床研修が始まる時に当時は病院長だったが、副大臣に呼ばれて、導入したらどうなるか尋ねられた。日本の地域医療は崩壊して田舎から医者はいなくなるし、科の偏在も起きる、そういうパンドラの箱だと言ったけれど開けてしまった。医局制度というのは色々悪いところも言われているけれど、しかし新聞社のデスク制のようなもので、チーム医療をやる上では必要なものだった。新聞社だって、全員フリーで何を取材しても良いということにしたら成り立たないはず。そういう話はどこの世界にもある。一方で臨床研修制度に確かにいい面もあったとは思う。全体的に悪いとは言っていない。ただ、それを踏まえてもっと良い制度にしようというスタンスでこの委員会は集まっているんだろう。福井先生はエビデンスと仰ったけれど、対OECD比較で医師数が少ないのは明白なエビデンスだ」
能瀬
「大学の話が出てきたので一言。まず、この委員会は二つの省が合同ということで、そこはいいなと思った。文部科学省も巻き込んでもらえれば大学として話をしやすくなった。医学部定員の抑制が続いてきて、突然今日になって急に増やせということなんだが、この時期、大学は骨太2008で人件費を減らされている。医学部だけ定員を増やしているが、その教官をどうするのかが課せられた問題だ。ただまあ、この委員会でやるべきは質とか量とか個別論よりも枠組みの話だろう。医師の教育をするところと実践するところが分かれていたのがやりにくかったので、そこがうまく連携できたらいいなあと思う」
永井
「地域の病院代表として言いたい。この話には、国民の理解・共感がないといけない。国民の共感があってこそ医師も自信と誇りを持っていられるので、それが大前提。となると、まず考えなければならないのは、どのような医師を国民が望んでいるのか、そしてどのような医療体制を望んでいるのか。地域医療はひょっとすると崩壊しつつあるのかもしれない。総務省も公立病院の健全化を進めており、ある意味選択と集中が進んでいる。研修というのはon the jobがほとんどだから、地域を巻き込んだ形でプログラムを作れなければ、ますます都市へ集中するんでないか」
小川(彰)
「医療崩壊に対しては6月に医師養成数増員へ踏み切ったのは大転換だと思う。ただし、そうして増やした医師が現場に出てくるのは10年後、15年後であり、大熊委員や福井委員の発言を聞いていて不本意なのは、臨床研修制度が地域の医師不足に関係ないという、なぜそんな意見が出てくるのか。医師養成数が削減されたとは言っても、絶対人数では医師総数は少しずつ増えてきている。それなのに、ここ数年で急に医師不足になったのはなぜなのか。この間、制度で変更されたのは、臨床研修しかない。現在、年間7500~8千人の医師が毎年新しく誕生している。一方で三師調査によれば日本の医師数は約26万人だが65歳以下に限ると22万人しかいない。研修医は研修に専念することになっているから、マンパワーにならない。そうすると2年間で1万5千~6千人の医師が消えたのと同じことになる。これは22万人から見ると7%だ。10人に1人いなくなったのだから地域医療が崩壊するのは当然。そして、それがまた地域偏在を生んでいる現状もある。人口50万人以上の都市がある都府県とそれ以外の県で比較すると研修医の戻り方に大きな差があり、小さな方では30%しか戻ってない。臨床研修制度が地域医療の崩壊を招いたことをハッキリ認識すべきだ。地方では病院が潰れるかどうかの瀬戸際まで来ている。このままだと数か月から1年の間にバタバタ潰れる。そのことをご認識いただきたい」
西澤
「私のように北海道にいると、少し様相が違って見える。臨床研修は確かに関連があるだろうが大きな要因ではないと思う。というのも、臨床研修が始まる前から産科などでは集約化が始まっていて、既に地域からは医師がいなくなっていた。しかし、それは国民の医療に対する意識が少ない人数でやることを不安に思うようになったことに対応したのであって、臨床研修の前から始まっていた。むしろ大学で専門教育を受けても、地域の内科医として十分な幅を身に付けていないので、そうした医師が地方に行きたがらないことが地域の医師不足を招いていた。臨床研修制度では、そういう反省に立って幅広い見識を身につけようとしていたわけで、制度がなかったら今以上に大変な崩壊になっていたかもしれないと思っている」
齋藤
「この検討会は質のよい医師を育てるということが一番大事だろう。医師の偏在とは別個の問題。根っこでつながっているのかもしれないが、問題が二つあることは認識する必要がある。研修だけ見ると、そこに問題があるように思えてしまうけれど、医師教育の一環なのでボトムだけ直そうとしても直せない。ただし、医師教育全体をきちんと直すのは中長期的な話になって、すぐには是正できない。少なくとも当面の問題は、来年から始まるモデル事業でかなり解消されるはず。学生の数と研修定員とを近づけることで問題のかなりが解決する。そう言うと研修医の職業選択の自由はどうなんだという議論になるが、大学だって定員があり、一般の会社だって定員がある。全員が東京で働けるわけではない。それから研修医の処遇に上限を決めることも必要でないか。下限は決まっているけれど上も決める。全国平均の1,5倍を超えたら補助金を出さないとか。そうすれば本質的なプログラムの中身での競争になる。ただし各県の定数を決める際には相当の蛮勇を振るわねばならない」
吉村
「どういう医師を育てるのか、幅広い知識というのは正しいと思うのだが、ただプライマリーケアを2年でできるようにはならない。4、5年はかかる。あくまでも研修は医師教育のプロセスだから、全体で一貫性がないといけない。従来の大学が悪いという話だったが、大学は全科の医師を育てている。だから大学がコントロールしながら地域の基幹病院と連携してプログラムを作っていくという方向性が望ましいのでないか。従来からの機能を生かしつつできると思う」
能瀬(?)
「プライマリーや救急も診療科なら専門科も診療科。その養成の仕方には差がある。少なくとも専門科については大学で教育してから出していたのが、今はすぐに出しちゃうからややこしくなる。受診する方も、内科と小児科を標榜している医師に向かって『先生は小児科医ですか』と尋ねるようになっている。情報が行きわたって意識が変わっている。それが制度疲労と合わさっている。地域へ行く医師というのは、むしろレベルの高い医師でないといけない。ところが40代のそういう医師が自分たちの生活のことを考えると地域へ行けない、そこが問題だ。養成する側と厚労省とで一緒になって考えないといけない。そもそも地域医療の医師は大学では育てられない」
高久
「私は育ててきたつもりだが」
小川(秀)
「高久座長が発言しづらいことになってしまったので助力したい。先日までの検討会で既に論点はまとまっている。それを新しく加わった委員たちに提示したい。文部科学省と厚生労働省が一堂に会して会議を開く目的は、何より国民社会の理解を得るため。その方法としては、客観性のある国際比較のデータを示して、後は国民がいかに判断するかに任せるということになるだろう。で、そのデータとは(1)対人口あたり医師数はOECD30ヵ国中27位(2)医学部定員を増やすと医学部だけで予算取っちゃうんじゃないかという話になるのは、そもそも高等教育費の対GDP比が30ヵ国中29位だから。そして高等教育だけ増やしても全体の枠が変わらなければ、初等教育費を食ってしまう(3)医療費は22位でG8では最下位。こういう客観的データに基づいて医師不足であると言える。福井委員は専門科別のデータと言われたけれど、既に厚労省が集計しているので、それを事務局は出してほしい。地域的偏在に関して言うと、臨床研修制度が始まってから、主要都市の研修医はむしろ減っている。この国を世界に伍してやっていこうと思うなら、集中が必要なところもあるだろう。事務局はぜひデータを準備してほしい。それから高久先生の所は大変よい仕事をされていたことは私からも申し上げておきたい」
高久
「私も一言。福井委員の仰るとおり、臨床研修評価機構というのの理事長もしているが、アンケートしてみると、明らかに研修指定病院の方が大学病院より満足度が高い。大学では研修がone of themになっている。しかし病院では1対1でon the job。それから齋藤委員ご指摘の高い給与は北海道に有名なところがあるが、しかしあんなのは例外だろう。むしろ中小病院が外来も救急もやらなくなっているために、どんどん患者が大学に集中して、大学がますます忙しくなっているという現状がある。実はこの問題は、日本の医療全体に関わる問題なのだろう。では最後に大臣、一言」
舛添
「辻本さん、矢崎先生、武藤先生、今日は発言されなかったが、次回あらためて、あるいはメモを事務局にお出しいただいても結構なので何かあればお願いしたい。様々なご意見を伺った。医療体制を再構築するには、医師の養成のところから始めなければならないと思っているので、ぜひとも皆さんには腰を据えてご議論いただきたい。冒頭に申し上げたように、私自身はいつまで大臣でいるか分からないけれど、このように大事な国民的課題は誰が大臣であっても続けないといけない。一国会議員として次の人にきちんとバトンタッチするつもりだし、このような課題は政治が真っ正面から取り組まないといけないので、そのように取り組む人であれば国会議員として支援したい。あと3週間で終わるような会議ではないので、腰を落ち着けて議論いただきたい」
(この傍聴記はロハス・メディカルブログhttp://lohasmedical.jp にも掲載されています)