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Vol.362 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群

医療ガバナンス学会 (2012年1月12日 06:00)


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「慢性疲労症候群をともに考える会」
代表 篠原 三恵子
2012年1月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


日本では慢性疲労症候群(CFS)と呼ばれている疾患が、イギリス・カナダ・オーストラリア・ノルウェーでは、筋痛性脳脊髄炎(ME)と呼ばれているのを ご存じでしょうか。この疾患は、日常生活における軽度の労作のあとに、重度の身体的・精神的疲労を引き起こすもので、1930年代に初めて新規の疾患群と して提唱する論文が医学雑誌に掲載されました。しかし、その症状などがポリオと類似していたことから、米国カルフォルニア州ロサンジェルス郡での集団発生 が、非定型ポリオとして記されました。その後、1956年5月の医学誌「ランセット」の匿名の論説欄では、この疾患を良性筋痛性脳脊髄炎と名付けることを 提案しています。1955年の夏にロンドンの様々な病院において、数百人の患者がMEを罹患した際の顧問医師であったRamsayは、疾患により重度の身 体障害を引き起こす患者が多いことから、「良性」を削除して、筋痛性脳脊髄炎(ME)という用語を用いて、後にこの疾患の定義を発表しました。ところが、 1988年にアメリカの疾病管理予防センター(CDC)は、この疾患を慢性疲労症候群(CFS)と名付けました。

2011年10月のジャーナル・オブ・インターナル・メディシンに、13カ国の臨床医、研究者、大学の教員、独立した患者の権利擁護団体から成る国際的合 意形成のための専門委員会による、「筋痛性脳脊髄炎のための国際的合意に基づく診断基準(ME-ICC)」が発表されました。そこには「筋痛性脳脊髄炎 は、複雑で広範な機能障害を伴う、後天性神経系疾患であり、その病態は、細胞のエネルギー代謝及びイオン輸送障害を伴う、神経、免疫、及び内分泌系の病的 調節障害であると考えられる。徴候や症状は動的に相互作用し、病因的にも関連しあっているが、診断基準は疾病に共通する手掛かりを提供するために各病態生 理の領域別に分類されている」と書かれています。

この疾患の中核症状である「労作後の神経免疫系の極度の消耗」は、主として神経免疫系領域において、要求に応じて十分なエネルギーを作り出す能力が病的に著しく低下していることにあるとされ、診断の根拠となるべき臨床症状は下記のように記されています。
1.(日常生活での活動や簡単な知的作業のような最小限の)労作によって起こる著しく急激な身体的及び/又は認知疲労が、身体を衰弱させ、症状の再発を引き起しうる。
2.労作後の症状の悪化:例えば、急性のインフルエンザ様症状、疼痛、及び他の症状の悪化。
3.労作後の極度の消耗は、活動直後にも起こりうるし、数時間から数日間遅延して起こることもありうる。
4.回復までの期間が長びき、通常24時間又はそれ以上要する。ぶり返しは何日も、何週間も、又はそれ以上持続しうる。
5.低閾値の身体的及び精神的疲労(スタミナの欠如)によって、病前活動レベルが相当に低下する。

神経系機能障害は、以下の四つの症状カテゴリー中の三つのカテゴリーで、少なくとも一つの症状があること。
1.神経認知機能障害:情報処理障害。短期記憶の喪失
2.疼痛:頭痛。筋肉、筋腱接合部、関節、腹部や胸部に感じうる激しい痛み
3.睡眠障害:.睡眠リズム障害。疲労回復のなされない睡眠。
4.神経感覚、知覚及び運動障害.

免疫系、胃腸器系、泌尿生殖器系の機能障害は、以下の五つの症状カテゴリーの中の三つのカテゴリーで、少なくとも一つの症状があること。
1.インフルエンザ様症状は繰り返され、又は慢性的でありえ、典型例では労作によって活性化され、又は悪化する。
2.ウィルスに罹患しやすく、回復期間が長びく
3.胃腸管:例えば、嘔気、腹痛、腹部膨満、過敏性腸症候群
4.泌尿生殖器:例えば、尿意切迫感又は頻尿、夜間頻尿
5.食物、薬物、臭気、又は化学物質に対する過敏性

エネルギー産生/輸送の機能障害は、以下の少なくとも一つの症状があること。
1.心血管系:起立不耐性、神経調節性低血圧、体位性頻脈症候群、動悸、頭のふらつき感/めまい
2.呼吸器系:例えば、空気飢餓感、努力呼吸、胸壁筋の疲労
3.恒温調節不全:例えば、低体温、著明な日内変動、発汗現象、熱感の反復、四肢冷感
4.極度の温度に対する不耐性

(詳しくは、当会のホームページに全文の翻訳を公開していますので、どうかご覧下さい。
https://docs.google.com/a/cfsnon.com/viewer?a=v&pid=explorer& chrome=true& srcid=0B5L5nrERbGIGMzNkMDAxNDMtMDY3MS00ODViLTllNmQtNzJhZWU0MDkyNWFk& hl=ja)

1956年5月の「新しいclinical entityか」と題されたランセットの論説には、「1917年にボン・エコノモによって報告された小さな集団発生の際に、13人の内2人の患者の剖検例 に、brain substanceから炎症所見が認められた」と書かれています。また、筋痛性脳脊髄炎のための国際的合意に基づく診断基準(ME-ICC)」の抄録に は、「本疾患の原因因子と病態の実態が未解明であったがゆえに、『慢性疲労症候群(CFS)』という疾患名が長年使用されてきた。広範囲の炎症と多系統に わたる神経病理を強く示す、つい最近の研究や臨床経験を考慮すると『筋痛性脳脊髄炎』(ME)という用語を使用する方がより適切で正確である。MEという 名称は、根本に潜んでいる病態生理を表すからである。世界保健機関の国際疾病分類(ICD G93.3)において、神経系疾患と分類されていることとも一致する」と書かれています。

2011年9月にカナダで行われた国際CFS/ME学会に、当会の会員も出席しましたが、おおむねMEとすることに賛成の声が多かったそうです。この病気 の国際的第一人者である、シカゴのレオナード・ジェイソン・デポール大学教授から、「将来、CFSやME/CFSという呼び方は、いずれMEに置き換えら れることになる」というメールを、昨年末にいただきました。疾患の原因は未解明の部分が多いのが現状ですが、今や、国際的にMEという名称が普及しつつあ ります。

初めて慢性疲労症候群という病名を耳にした時、「慢性的な疲労の病気か」と、思わない方はいらっしゃるでしょうか。ME-ICCにも、「疾患名に『疲労』 を用いたことが、極端に疲労を強調し、診断基準に混乱と誤用をもたらす最大原因となってきた。他のいかなる疲労を伴う疾患、例えばがん/慢性疲労や多発性 硬化性/慢性疲労などのように、ME/CFS以外に疾患名に『慢性疲労』が付いているものなどない」と書かれています。慢性疲労症候群という名称によっ て、この疾患の深刻さが矮小化され、「怠け病」や精神疾患のように誤解されることが多く、患者達は偏見と無理解に苦しんできました。実際、患者には寝たき りに近い方も多く、経管栄養に頼らざるをえない方もおり、病歴20年という方も珍しくありません。たとえストレッチャーを使用しても、外出することによる 体力の消耗に耐えられない患者もいるのです。慢性疲労症候群という病名から、誰がそんなに深刻な病状を想像するでしょうか。世界中の患者達は、誤解を受け やすい「慢性疲労」という言葉を病名に使って欲しくないと、強く望んでいます。

また、この疾患に対する認知度は低く、病気を理解し、診療を行ってくれるお医者さんも非常に少なく、地域的に偏っているために、多くの患者たちは診断も受 けられず、全く見放されているといっても過言ではありません。患者達は怠けていると解釈されることが多々あり、福祉サービスをほとんど受けられないのが現 状です。あまりの衰弱ゆえに入院し、24時間点滴を受けざるをえなくなっても、病院中の職員から白い目で見られたときの辛い体験を、ある患者さんから伺い ました。そこまで衰弱しても、まだ疑われる患者の辛さを、分かっていただけるでしょうか。

日本では、24~30万人の患者がこの病気に罹患していると推定されています。このような悲惨な状況が一刻も早く改善されるよう、一人でも多くの医師や研 究者の方々に、この疾患について目を向け、病因・病態の解明や治療法開発に力を注いで頂けるよう、切に願っています。患者達は、研究をして頂けることをす がるような気持ちで願っていることを、ご理解頂ければ幸いです。

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