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Vol.383 論説「よい発表、良い議論を行うために」―健全な発表と議論のためのルールと心得―(その1/2)

医療ガバナンス学会 (2012年1月27日 06:00)


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仙台赤十字病院医学雑誌20巻1号 p7-15、2012年7月発行、2011年1月より転載です。

仙台赤十字病院呼吸器内科
東北大学臨床教授
岡山 博
2012年1月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「よい発表、良い議論を行うために」転載にあたって

「よい発表、良い議論を行うために」は、10年以上前から発表したかった内容ですが、日本的な社会的事情もあってできず、2011年、東日本大震災直前 に、ようやく文章化したものです。本論は、医学研究発表や症例発表を行う若い医師と、医学関係学会や研究会を主催する、指導的医師・研究者を対象に、日本 の諸学会や、研究会を、より有効に健全な議論ができる場にしたいと考えて書きました。特に、学会や研究会を主催、あるいは座長をする指導的医師や研究者に 読まれることを期待しています。
しかし、本論で述べた内容は、研究発表に限らず、日本社会における、様々な会議や会合、個人的な日常会話に共通し、日本社会と日本文化、そこに生き活動し ている個人と集団の発言・判断・行動様式の傾向として普遍性を持っています。中国や欧米を始め多くの社会の人が本論を読むと、小学生でさえ自覚してあるい は無意識にやっていることでもあり、あまりにも当たり前の内容が多いために、なぜ文章化し主張するのか分からない部分が多いと思います。
「発表」という言葉を「自分が言葉を言う」と置き換えて、現在の日本社会の文化論として、お読みください。「言葉と日本社会・歴史・文化」等、削除した未 完成文章があります。いつか、文化論としてまとめたいと考えていますが、何時になるか未定です。ご関心ある方はご連絡下さい。

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●要旨
健全で有効な発表や議論をするためには、優れた言葉、論理、議論についての基本的知識と自覚、能力が必要である。発表、議論するとは何か、良い発表、議論とは何か、発表活動に役立つことを企図して、発表と議論の仕方について筆者の考えをまとめ、考察した。
1.発表、議論とは、自らの判断と、その判断が合理的であり価値があることを主張し、相手と結論を共有しようとする言葉の往復である。
2.発表、発言、議論に際しては、相手に敬意を持ち、まっすぐ、真剣、ていねい、誠実な言葉で発言する。
3.意見や質問には、的をはずさない的確な回答をし、それが質問者に了解されること。ごまかしや打算などのルール違反は健全な議論を妨げる。
4.座長、司会者は、良い議論をすることを役割と考え、運営すべきである。

●はじめに
発表(Presentation)とは、新たな知見や判断と、それが発表する価値があることを主張することであり、そこでの発言、議論 (Discussion)とは参加者と演者が結論を共有しようとする言葉の往復である。自分の考えや研究結果を口頭あるいは文書発表する際、良い発表と は、1.発表するにふさわしい結論、主張、価値があること、2.事実提示、論理・構成が適切であること、3.質問や意見に対して適切な回答、議論をし、参 加者の合意・承認を得ることである。
そのためには、発表の基本姿勢、適切な言葉の選択、適切な言葉の応答が重要である。良い発表、発言、議論に役立つために、発表と議論の基本的あり方考え方 と、方法・仕方について、筆者の考えを述べる。発表には、口頭発表、教育的講演、シンポジウムなど聴衆に対して直接話すものと、論文発表があるが、本稿で はこれら全てを含めて、「発表」という言葉でまとめて論じる。良い発表と議論を行うためには演者だけでなく、発表の会を運営する座長・主催者と質問、反 論、発言など会場参加者の適切な関与・参加が必要であり、これについても述べる。

●発表の仕方
1)発表内容
研究とは誰もまだ知らないことを明らかにすることである。「論文・学術発表」とは、それまで誰も知らない新たな事実あるいは判断を提示し、その判断が正当 であることと価値があることを論証して主張することである。研究発表、論文で述べるべきことは、事実と、それが何を明らかにしたかという結論、その論理 (根拠)、明らかにしたことの意義である。述べるべきことはほとんどこれに尽きる。それ以外の言葉はこれを述べるための条件作りに過ぎない。
単なる経験発表や、文献紹介は、新たな見解を主張する研究発表ではなく、交流や勉強のための話題・資料提供である。解説や総論も、新たなオリジナルな主張 を提示した場合のみ発表といえるが、それがない場合は、資料提供である。資料提供はそれとして価値があるが、オリジナルな主張を結論とする研究発表とは異 なる。

2)発表を行う基本姿勢
発表、講演、講義、発言を行う時の基本は、相手や聴衆に「敬意」を持ち、「まっすぐに」、「真剣に」、「ていねいに」、「誠実に」、発表することである。
敬意とは、相手をみくびり、軽んじないこと。まっすぐにとは、自分の都合、ごまかしなど打算をいれないこと。真剣にとは、相手に熱意を持って伝えること と、思考停止をせず全力をかけて、自分としての判断結論を出すこと。ていねいにとは、自分の言ったことにごまかしがなくそれでよかったかを吟味すること。 誠実にとは、自分を偽らず、相手を偽らず、相手の不利益になることを仕掛けない、相手を陥れないことであるであるが、前四者と重なる内容を含んでいる。

3)言葉の選択
述べるべきことは結論である。個々のパラグラフ(ひとつのまとまりを持った文の小集合。段落に近い)においても発表全体においても、結論・判断を明確に述べる。
留意点を以下に列挙する。

・ 事実と認識、評価を明確に区別して表現する。客観的に存在している事実は、力強い言葉で明確に表現する。「である」「であった」と表現すべきことを「となった」「と認められた」と表現するのは良くない。
・ 不要な受動文を使わない。
・ 論理的であること。個々のパラグラフや、全体の記述中に、相容れないものがあってはいけない。論理が適切で一貫していることが必要である。論理的で簡潔、明確な言葉を使う。一貫しない、論理に矛盾のある言葉を使わない。
・ 全体の論旨とデータについて責任を持つだけではなく、単語のひとつひとつに責任をもつ。「言葉が正確ではありませんでしたが言いたかったことは・・・です」ということがあってはいけない。健全な議論を阻害する。
・ 言葉は明確に断言し、断言した言葉に責任を持つ。あいまいな言葉を使わない。「思う」「思われる」「可能性がある」「かもしれない」「示唆された」 「考えられた」などはあいまい表現である。「とされている」「と考えられている」の引用もあいまいでまずい。「感じた」はさらに不適切である。「可能性が ある」「かもしれない」などの言葉は、発表者がいくつかの可能性を吟味し、他の可能性を排除した結果残っている可能性について述べる場合と、それまで誰も 可能性に気づいていない時に、新たな可能性として「可能性がある」と結論する場合だけ正当である。「・・・と考えた」もあいまいにする言葉なので避ける。 必要な吟味検討をせずに「考えた」と述べるのは適切でない。誰も考えていなかったことを初めて「考えた」場合にのみ「考えた」という結論を述べるべきであ る。「私の考え、結論は・・・である」と断定した言葉を結論にすることがよい。この表現であれば、「・・・である」と提示された判断に対し、議論参加者は 異議、反論ができる。一方、「・・・と考えた(という行為)」が結論になると、厳密に正当な議論として「考えた」か、それとも「考えていないのではない か」あるいは、「認識した」「確信した」「可能性の存在に気づいた」「期待した」「思った」などではないかという発表者の行為に対しての質問・議論にな る。発表テーマの結論・判断という議論できる言葉を結論として述べるべきである。「考える」という言葉があいまい表現でなく、断定として使うことはありう る。「あなたは考えないが、私は考える」という意味の場合である。言葉としては正しいが、「なぜならば・・・」と穏やかな言葉で、相手と共有する結論を得 ようとする場合以外は、相手を切り捨て議論を拒否するという意思表示であるので、言葉としては正しいが議論の姿勢としては、注意すべき言葉である。「思わ れる」「考えられた」「可能性が示唆された」などあいまい語を重ねることはさらにまずい。「考えられる」は、自分の責任で考えたのではなく、自分の責任を 離れた自然現象であるかのように二重にあいまいにするので使うべきではない。
・ 単なる感想や吟味のない、場当たり的な予想や憶測、結論は述べない。だれも気づかなかったことを深く責任もって吟味したうえで予測し、予測したこと自体が発表の重要な結論・主張であることとして書く場合は述べる。
・ 暗黙の期待、当然のことだろうとして、必要な説明をせず、聴衆や読者に同調を求めることは良くない。含みのある単語や表現、言葉の裏を推測することを期待する言葉は使わない。論旨に必要なことは、責任ある簡潔・明確な言葉で全て表現する。
・ 接続詞を正確に使うこと。発表・議論は論理的であることが基本である。発表に当たって最も重要な接続詞は「したがって」「なぜならば」である。「しか し」など、それまでの論理を翻す接続詞を、不適切に使っていることがしばしばある。「しかし」という接続詞はそれまでの文から予測されることに反する結論 を述べる時に使う。「しかし・・・・である」と述べたら、必ず理由を述べ、読者や聴衆の同意を得るための議論展開をする。それまで述べてきたことを、論理 も同意も無く、思考回路から切り捨てて押し切る言葉ではない。
・ 読者・聴衆に対して「期待する」等は相当の内容と決意なしに述べるのは価値がなく、無責任で無礼であり使用すべきではない。
全ての言葉に責任を持って初めて良い発表になり、良い議論が可能になる。

4)引用
他人の論文や言葉の引用に当たっては、自分の論旨に関係する論文を断言して引用、紹介する。自分で責任を持たない伝聞、状況紹介や他人の意見の紹介、発表 者の評価をあいまいにしたままの自分の都合を優先した無責任な紹介はしない。引用文献を明らかにしない引用・伝聞は避ける。誤った論文もあるので、引用に は責任を持つ。不同意を表明しない引用は全て正当であると判断したものとして、引用者に責任がある。引用文献内容に対する疑問や反論に答える義務がある。 応えられない引用はすべきではない。

5)口演発表で留意すべきこと
発表、講演、講義を行う姿勢の基本は口頭発表も文章発表も共通だが、口頭発表で追加留意すべきいくつかのことを述べる。
論文、文書発表では、研究の背景説明など、しっかりした論理と引用が不可欠だが、口演では、全てを精密に述べるよりも、聴衆がその場で「なるほど、なるほ ど」と納得しながら結論まで無理なく進めることが良い。精緻さよりも、明快でわかりやすい、納得しやすい口演をおこなう。すべてを言わなくても構わない が、嘘を言ってはいけない。
言葉は一音節一音節、一語一語はっきり丁寧に発音する。特に、結論・判断である文末と語尾ははっきりしっかり発音する。
声が小さい、もそもそ言う、語尾がはっきりしないなどの発声をすることは、聴衆に伝えようとする熱意不足があることが多い。「・・・なので~・・」 「・・・けれど~・・」と文の途中を無意味に延ばしたり、強く発音すべきではない。結論の先延ばし、責任回避、ごまかしの準備であることが多く、判断、結 論を明確に述べることに反する。強く発音すべきは文末の判断、結論である。熱意や誠実がない発表や発言はすべきでない。

6)経験交流、調査報告としての発表
症例や調査、統計的な発表は目的によっていくつかのものに分かれる。他人とは異なるあるいはオリジナルな自分の判断を論理的に主張し、承認、合意を得ようとする発表であるかどうかが分岐点である。
第1は、研究・学術発表としての症例報告や調査報告である。その症例や調査結果を提示することによって、新たな知見、価値ある判断・結論を証明主張するものが学術的な発表である。
第2は、単なる調査結果の提示で、それなりのまとめ、コメントがあっても、独自の強い主張が無ければ基本的には事務報告である。
第3は、経験交流や懇親、勉強会のための、話題提供である。医学会地方会などの多くの症例発表がこれに属する。発表の場は勉強会・経験交流会と称するのが 適切だが、学会、研究会と称することもあり、またこのような単なる経験症例を医学雑誌が掲載することもある。これは学術発表ではなく勉強・交流のための経 験の提示である。新たな発見、新たなあるいは発表者独自の知見や主張がなくても、論理的に考えたことを提示するだけでも了解される。しかしこの場合でも、 報告・提示する事実とともに発表の目的、価値を述べることが望ましい。

経験交流の症例提示は懇談の話題として話すだけでもよいので、その場合は会の目的によって自由に変えてよい。しかし、単なる懇談ではなく、座長・司会がい る公的な会合であれば、上述したことは留意すべきである。内容のない、形だけの、何時でも使える言葉を「結論」として述べることや、結論と意義付けがあい まいな発表は避ける。
勉強会、交流会、懇親会で経験例を提示、論議することは有意義なことではあるが、このような症例発表と、新たな知見を発表、主張する症例発表を同列の価値 があると考えるべきではない。発表といえるのは、新たな独自の主張を結論とする第1のものだけである。第2、第3はねぎらいの対象ではあるが、新たな結論 と価値を主張するものではないので、研究発表や論文という言葉は不適切である。第2、第3を研究と称することや、その提示が主である集会を学会、研究会と 称することに筆者は不同意である。

(その2/2に続く)

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