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Vol.397 『あめいろぐピックアップ』(第二回)医師のセルフケア

医療ガバナンス学会 (2012年2月10日 06:00)


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メリーランド大学病院 小児精神科フェロー
奥沢 奈那(おくざわ なな)
2012年2月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:
「あめいろぐ http://ameilog.com/ 」は米国で働く日本人医療従事者による情報発信ブログポータルサイトです。米国で活躍する様々な専門科の医師やコメディカルが、現場から生き生きとした情 報を日々発信しています。このシリーズでは、その中から選りすぐりの記事を皆さまにお届けします。

「医師のセルフケア」
先日、小児ICUの当直明けだった主人がめずらしく職場のストレスについて話してくれました。相当忙しい夜で当然一睡もできず、乳児が2人亡くなったそう です。ICU中に響き渡るご家族の嗚咽を聞く瞬間はいつまでたっても慣れることのできない悲しみであり、シフトが終わって帰宅してもしばらく忘れられない と言っていました。しかしそんな気持ちはどこかに押しやって、M&M (Mortality and Morbidity Conference) の準備をしなくてはなりません。M&Mの目的は担当医を責める事では決してなく、症例から学ぶ事だということは誰もが承知していますが、「自分の 処置に至らないところがあったせいで患者さんを死なせてしまったのでは」と本人が一番自分を責めてしまうのですから、それを同僚や上級医の集まる前で発表 するのは相当辛いと思います。さらに、医師はどんなときにも患者さんやスタッフの前で冷静、かつ”ナイス”でいなくてはなりません。イラついたり取り乱し たりすることが許されないのです。

医師である以上「当然」のこと、とお思いになる方が沢山いらっしゃるかもしれませんが、医師は本当に皆常に”invincible-最強”でいられるので しょうか?3人の同僚とインターンの1人を自殺によって亡くした精神科医Dr. MillerらがThe Painful Truth: Physicians Are Not Invincible(参考文献1)という文献の中で医師のセルフケアの重要性を訴えています。

医師の自殺についての研究は限られていて矛盾した結果が多い様ですが、医師は一般の人口より自殺の比率が2倍高いという報告があり、またインターンの 27-30%がうつ病を抱えていて、そのうち25%が自殺願望を訴えたという報告もあります。特に女性医師が精神的ストレスを抱えるリスクが高いと言われ ています。また、薬物中毒や離婚が医師に多く見られることはよく知られています。

では、医師が精神的バランスを崩してしまうことが多いのは、なぜなのでしょうか?

多くの医師に共通してみられる性格の1つとして考えられているのが、「完璧主義」です。受験戦争、医学部、卒後研修、その後のキャリアの上昇等での激しい 競争を乗り越えるためにはある程度完璧主義者でないと生き残れないのかもしれません。人の命を預かる仕事をさせていただくのですから、完璧を目指すことが 当たり前ですね。しかし逆に、完璧であるはずの医師が過ちを犯した際、いかなる状況でも間違いを認めることが医師にとって大きな精神的苦痛となるようで す。アメリカでは特に医療訴訟などへの懸念もストレスを増大させているようです。

医師の世界に蔓延している”マッチョ メンタリティー”にも問題があるとDr. Millerは言っています。医学部から始まる長いトレーニングの間に、医師は睡眠時間を削って24時間体制で患者さんのために尽くすことが当然であると いう教育を受けます。また、患者さんとの間に精神的距離を置いて、医師は自分の感情を押し潰し常に冷静であるように教育されます。自己犠牲の上に成り立つ トレーニングの間に、医師は周りに助けを求めることができなくなるのではないか、とDr. Miller は懸念しています。同僚や上級医を心から信頼して自分の弱みをさらけ出せる環境にいる医師が少ないのが現実のようです。

そもそも、医者が患者になる、ということ自体矛盾している話のように聞こえますが、医師も病気になるし、心の病を抱えることがあります。そこで”VIP患 者”として扱われてしまうことが、医師にとって逆に治療の妨げになると考えられています。重度のうつ病で、一般の患者さんなら当然入院していただく状況で も、同僚や先輩医師が患者でそのご本人に、「自分は大丈夫だから」と言われたら、「では、ご自宅で投薬していただいて様子を見ましょう」ということになり かねません。Dr. Millerのご同僚の奥様も、医師である旦那様が自殺で亡くなる1週間前に入院治療をお願いしたそうですがかなわなかったそうです。

医師のセルフケアの向上のためには、学会、病院、臨床研修プログラムなどinstitutional levelでの意識改革への取り組みと、医師一人一人のpersonal levelの努力が必要だと考えられています。 皆さんはどのようなことを実践なさっていますか?

参考文献:
1) The Painful Truth: Physicians Are Not Invincible
Merry N. Miller, MD, K. Ramsey Mcgowen, PhD, Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, James H. Quillen College of Medicine, East Tennessee State University, Johnson City. Posted: 10/01/2000; South Med J. 2000;93(10) (c) 2000 Lippincott Williams & Wilkins

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