医療ガバナンス学会 (2009年5月19日 08:42)
「オンコール」待機は正規勤務かボランティアか
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されてものを転載したものです。
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Summary: 大阪市内で唯一の総合周産期母子医療センターである愛染橋病院に、
様々なメディアの記者が集まりました。愛染橋病院の60歳代の副院長が過去に、
飲酒後にお産に立ち会ったということが判明して、院長が謝罪会見を開いたので
す。
4月20日、大阪市内で唯一の総合周産期母子医療センターである愛染橋病院
(大阪市浪速区)に、様々なメディアの記者が集まりました。
愛染橋病院の60歳代の副院長が過去に、飲酒後にお産に立ち会ったということ
が判明して、院長が謝罪会見を開いたのです。
「飲酒した状態で診察した」という部分だけを見ると「不届きな医師がいてけ
しからん」と思われるかもしれません。しかし謝罪会見の質疑応答から、副院長
は正規の当直の際に飲酒していた訳ではないことが分かりました。
出産や緊急手術など人手が必要な事態はいつ発生するか分かりません。もちろ
ん、当直医師が若手であったり非常勤医師であった場合にも発生します。 そう
した時に、非番で少しお酒を飲んでいた副院長が善意のボランティアとして病院
に来て、お産を手伝ったりしていたということなのでしょう。医療現場では よ
くある話です。
もちろん「病院に来て仕事をする以上はお酒が入った状態ではまずい」という
意見もあるでしょう。しかし、そう言い出すと、かなりの確率で発生する 救急
事態に対応にしなければならない産婦人科や外科などの医師は、365日24時間お
酒を飲んではいけないということにもなりかねません。
では、いったいどうすればよいのでしょうか?
実はこの騒動の裏には、前回のコラムで取り上げた「宿直」とはまた別の、
「オンコール」と称される医師のグレーゾーン時間外労働問題が存在するのです。
自主的なボランティア「オンコール」
多くの病院では、正規の当直医師は1人しかいません。そのため、人手を要す
る緊急処置が必要な患者が来た場合には、応援医師が必要になります。
また、周産期医療センターのように医師が2人で当直していたとしても、2人の
医師で緊急手術に入ると、手術時間の間、病棟や救急外来を見る医師が不在になっ
てしまいます。そのため、誰か別の医師を病院へ呼び寄せる必要が出てきます。
当直していない医師がそれに備えて、病院にすぐに駆けつけられるような範囲
内にいることが「オンコール」です。
救急ではどんなことが起こるか分かりません。最善の医療を提供するには、サ
ポートスタッフをすぐに呼び寄せられる体制が必要です。そのことに異論を唱え
る人はいないでしょう。
ところが、この「オンコール」は、ほとんどの病院で正規の勤務として扱われ
ていません。「病院の預かり知らぬ所での医師同士の自主的な取り決め」という
扱いとなっているのです。
○宿直問題解決の道筋を示した画期的な判決
医師の「宿直問題」は、徐々に解決の道筋が見えてきつつあります。
宿直勤務とは、本来は基本的に万一の緊急時に備えて夜回診を行なった後、寝
るだけという状態を想定しています。しかし実際は、救急対応などの診療行為を
行っているケースが多いのです。
この宿直勤務について、4月22日、奈良県立地方裁判所で画期的な判決が下さ
れました。奈良県立奈良病院の医師2人が時間外手当の支払いを巡って奈良県を
訴えたという裁判です。
判決では、宿直勤務は、本来は「常態としてほとんど労働する必要がない勤務」
なので、救急対応が多いのであれば宿直扱いにするのは認められない、としたの
です。
また、「救急患者や分娩への対応など、実際に診療に従事した以外の待機時間
も、病院の指揮命令系統下にあることから、時間外手当の支払い対象になる」と
結論づけました。
つまり、宿直勤務中に救急対応をする場合、宿直勤務が夜7時から翌朝8時まで
の13時間だったとすると、救急対応した正味の時間3時間だけではなく「13時間
分全部を時間外労働とカウントしなさい」という判決なのです。
被告の奈良県は控訴しましたので、高裁の結果待ちになりますが、順当に進め
ば判決が覆ることはまずないでしょう。救急対応した時間のみを時間外労働時間
とする従来の処理は、判決で否定された訳です。
オンコール待機時間は勤務ではない!?
しかし、この判決の中でオンコール勤務については正規の勤務として認められ
ませんでした。判決によれば、「宿日直医師が宅直医師に連絡を取り、応援要請
をしており、奈良病院が命令した根拠はない」とのことです。
オンコールは当直医師が応援要請をした際に、たまたま手の空いている医師が
応じただけ。だからオンコールの待機時間は正規勤務としては認められない──、
という理屈なのでしょう。
とはいえ、厚生労働省は冒頭の飲酒後診察事件について、「あってはならない
ことで、 飲酒後に医療行為をしないのは当たり前」とコメントしているのです。
待機時間が正規勤務ではないならば、少しお酒が入った状態の医師に呼び出し
がかかることも十分にあり得ます。厚労省は、それが分かっていないはずはない
と思うのです。
「医師には応召義務(正当な理由なく診察を断らないこと)があるので、診察
に支障を来す程の泥酔状態でなければ緊急患者を断らないように、という指導も
あったじゃないですか。状況に応じて二枚舌を使い分けるのはやめてよ」と愚痴
りたくもなってしまいます。
しかし、そんなことよりも、私が大問題だと思うことがあります。
現状のままだと、救急病院で何か緊急事態が生じた際のバックアップ体制は、
善意のボランティアで運営されているだけなのです。
例えば、3人の常勤医師でオンコール体制を回すにしても、1人が当直、1人が
オンコールだと年間200日以上を拘束されることになります。実質2人で当直して
いる場合には、毎日当直、またはオンコールでの拘束になるのです。
パンドラの箱を開けるなら最後まで開けよ
患者に最善の医療を提供したいという現場の医師たちの気力により、今はなん
とか持ちこたえられているのかもしれません。しかし、これはとてもボランティ
アでやるレベルの仕事ではないと思います。
これまでは、お酒が入った状態で駆けつけて感謝されることはあっても、謝罪
することになる事態は想定されていませんでした。時代の流れが変わってきてい
る以上、いつまでも「ボランティア」のまま放置しておくのは、あまりにも現場
の医師に対して酷な話です。
また、いくら救急患者を救うという大義名分があったとしても、限度を超えた
ボランティアに頼るのは、システムとして問題があると思うのです。
宿直問題での判決を不服として、奈良県側は控訴しました。おかげで裁判はま
だ続くことになりました。高裁では、オンコール問題についても宿直問題と同様
の判定が下されることを期待しています。
宿直問題だけではなく、オンコール問題の決着を付けない限り、救急医療をに
なう現場医師の疲弊は解消されないと私は思うのでした。