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Vol.400 館山市長による安房地域医療センターへの固定資産税等減免措置停止問題について

医療ガバナンス学会 (2012年2月12日 06:00)


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安房地域医療センター事務部長補佐
亀田総合病院経営企画室 小松俊平
2012年2月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1) はじめに
これからわが国では高齢化により、首都圏を中心とする都市部で、医療・介護需要が爆発的に増加する(文献1)。他方で自治体は財政難にあえぐなか、地域医 療、救急医療に対する責任を放棄しはじめている。このような状況のなかで、各地域において、どのように地域医療、救急医療を安定して提供し続けるかが、大 きな課題となっている。今回私は、館山市長による安房地域医療センターへの固定資産税等減免措置停止問題の主担当となる経験をした。この課題に取り組むう えで参考になると思われるので報告する。

2) 事例
安房地域医療センターの前身である安房医師会病院は、24時間の救急医療をはじめたため、労働条件が悪化し、医師、看護師を確保できず経営難に陥った。 2007年11月30日、館山市、鴨川市、南房総市、鋸南町で構成する安房郡市広域市町村圏事務組合(安房広域)は、社団法人安房医師会に対して、地域医 療、救急医療の確保、経営の安定化等を要請した。2008年4月1日、この要請に応える形で、安房医師会から社会福祉法人太陽会へ経営委譲が行われ、安房 医師会病院は安房地域医療センターとなった。太陽会は経営委譲により、病院建物等の資産とともに、953,784,000円の負債を承継した。太陽会は経 営委譲の際、安房広域、構成市町、安房医師会と協定を締結し、地域医療、救急医療の確保を約束した。太陽会は経営委譲以降、館山市長から、病院建物等につ いて固定資産税等の減免措置を受けてきた。減免措置は、安房地域医療センターが担う地域医療、救急医療の中核としての機能の公益性を理由に行われてきたも のだった。また、経営委譲前から安房医師会に対して継続して行われてきたものだった。

2011年10月6日、館山市職員から安房地域医療センター職員に対して文書1(文書1~5は下記URLよりご参照ください)が示された。文書1は、 2012年度からは減免措置を行わないとするものだった。文書1には記名がなかったが、後の文書3により館山市長の意向を示すものであることが確認され た。安房地域医療センターは、千葉県館山市にある許可病床数149床の病院である。2010年度の救急外来患者数は23,734人だった。2010年度の 安房地域における救急搬送人員6,540人のうち、32.8%にあたる2,147人を受け入れた。協力病院である亀田総合病院とあわせると74.3%にあ たる4,856人を受け入れた。
本業の収益を示す医業収益(税込み)は、2008年度3,162,546,208円、2009年度3,617,243,714円、2010年度 3,589,556,534円だった。本業の損益を示す医業損益(税込み)は、2008年度△130,301,447円、2009年度 △113,903,689円、2010年度△88,373,185円だった。補助金収入などを含めた経常損益(税込み)は、2008年度 △53,151,703円、2009年度△36,593,501円、2010年度31,977,582円だった。
これに対して減免額は、2008年度(納税義務者、減免申請者ともに安房医師会)31,000,200円、2009年度(以降納税義務者、減免申請者とも に太陽会)28,290,700円、2010年度27,401,200円だった。なお、2011年度の減免額は28,241,100円だった。減免措置の 有無が安房地域医療センターの収支に与える影響は甚大である。また現在、安房地域医療センターでは総事業費約14億円を投じて救急棟を建設中である。救急 棟完成後の影響はさらに大きくなると予想された。

2011年10月25日、太陽会から館山市長へ文書2を提出した。文書2は、経営委譲の経緯と減免措置の意味、減免措置の適法性、減免措置の正当性などについて太陽会の考えを説明し、館山市長の真意を確認するとともに、減免措置の継続を要請するものだった。

2011年11月25日、館山市長から太陽会に対して文書3が示された。文書3は、減免措置ないし根拠条例に租税公平主義の点から疑義があるとして、やは り2012年度からは減免措置を行わないとするものだった。また、太陽会の医療活動の公益性の問題については補助金で対応すべきとの記述がみられた。

2011年12月7日、安房医師会が減免措置の停止について声明を発表した。声明は、減免措置の停止が経営委譲の際の協定の前提を一方的に変更するもので あるとして、館山市長へ遺憾の意を表明するとともに、安房地域全体の地域医療、救急医療にする影響への懸念を表明するものだった。

2011年12月11日、館山市執行部が市議会へ減免措置の根拠となる条項を削除する条例改正案を提出していたことが判明した。2011年12月12日、 市議会総務委員会で審査されていた改正案が継続審査となった。2011年12月13日、これまでの経緯を太陽会から説明する記者会見を行った。2011年 12月14日、これまでの経緯を太陽会から総務委員会の議員へ説明した。2011年12月15日、総務委員会で改正案が再度の継続審査となった。

2012年1月5日、太陽会から館山市長へ文書4を提出した。文書4は、以下の点を指摘し、事実関係を問うとともに、議論の誠実さ担保するため、記録の残 る文書と公開の場での議論を申し入れるものだった。(1)館山市執行部は改正案と安房地域医療センターの関係を隠したまま改正案の可決を図った。(2)文 書1などで言及されている総務省の通知は減免措置停止の根拠になりえない。(3)文書3は恣意的な法令解釈に基づいている。(4)館山市長は必要な協議も 準備も経ずに給付金の形式に転換できる見通しのないまま補助金について言及した。

2012年1月7日、減免措置が継続されることになったとの報道があった。同日、館山市長から太陽会に対して文書5が示された。文書5は、太陽会に対する 説明不十分を理由に、改正案を取り下げるとするものだった。報道と異なり、文書1と文書3で示された減免措置を行わないとの意向を撤回するとの記述は認め られなかった。改正案が可決されれば減免措置は不可能になるが、改正案が取り下げられたとしても減免措置の停止は可能である。館山市長は、状況が許せばい つでも減免措置を停止する構えだと理解された。

2012年1月12日、太陽会から減免措置停止問題について説明するチラシを新聞折込みにより館山市民へ配布した。

2012年1月22日、安房地域医療センター主催、安房医師会後援の講演会「どうなるどうする安房(このまち)のこと」が南総文化ホールにおいて開催され た。堤晴彦教授(埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター長)が講演「日本の救急医療の現状」を行った。亀田信介太陽会理事長が新救急棟につい て説明した。小松秀樹亀田総合病院副院長が減免措置停止問題の経緯を説明した。

3) 考察
医療保障などの社会保障を、公費負担方式ではなく、社会保険方式で行うことのメリットとして、保険者自治の側面が指摘される(文献2)。社会保険には、負 担と受益が保険集団に限定された政治システムとしての側面があるとされる。政策目的を特定し、一般の政治的意思決定システムと切り離して自治を行いうると される。しかし、わが国の保険診療体制は保険者自治から程遠く、国、都道府県、市区町村の財政状況、政権や首長の意向に翻弄され続けている。問題は、現在 診療報酬の外において、他会計負担金、補助金、税制上の優遇といった様々な形で、合理性なく公費が配分されている点にある。とりわけ、機能の公益性が高い か低いかではなく、官立・官製病院であるか民間病院であるかによって、公費の投入量がまったく異なる点が問題である。
今回の事例では、館山市長の合理性ある判断を獲得し、地域医療、救急医療を安定して提供し続けるため、問題を言語化したうえ、地域住民の目を意識した形で、文書などによる議論を行った。

国、都道府県、市区町村は公権力の主体として一方的に行動する。公権力の主体との共同は、対等な市民間の共同と比較して予測可能性が極端に低い。このこと が地域医療、救急医療の安定を阻害している。公権力は、最終的には言論による政治過程によって統制するほかない。病院が危機的状況になる前に、地域住民を 巻き込んで議論を行うことは、地域医療、救急医療を破綻から守るために有効な手段であると考える。これからも公開の誠実な議論を積み重ね続けることによっ て、地域医療、救急医療を安定して提供し続ける基盤を作りたいと考えている。

4) おわりに
本稿は、脱稿時点である2012年1月23日までの状況に基づいている。館山市長による減免の判断は4月に行われる。事態は流動的であり予断を許さない。必要に応じて追加の報告を行う予定である。

【文書1~5】
下記よりダウンロードしてご覧ください。
↓↓

http://expres.umin.jp//mric/MRIC_Vol.400_tempubunsho.pdf

<文献>
1) 小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介. 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標 2012 ; 59(1) (掲載予定).
2) 加藤智章, 菊池馨実, 倉田聡, 前田雅子. 社会保障法, 第4版. 東京 : 有斐閣, 2009 ; 23-5.

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