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Vol.438 医療の法律処方箋―医療事故調、議論再開

医療ガバナンス学会 (2012年3月19日 06:00)


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~医療者が安心して医療ができる体制を

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年3月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. 医療事故調の議論再開
2月15日、厚生労働省で「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の第1回目の会議が開かれた。4年ぶりの医療事故調査委員会の議論の再開である。
しかし、医療を巡る状況は4年前とは様変わりといってよい。院内事故調査の自律的な体制整備は、各医療機関で着実に進んだ。何かに憑かれたような医療事故バッシング報道も、既に過去のものとなっている。当時は、患者の視点一辺倒といってもよいアンバランスな厚労省案(第三次試案や医療安全調査委員会設置法 案大綱案)が成立する寸前であったが、今はもう医療界でそのまま支持する医師はいないであろう。もしあの時、厚労省案がそのまま成立していたら、今ごろ、 医療は萎縮の余り荒廃してしまっていたかもしれない。
医療事故調の議論は、医療者が安心して医療ができる体制を整備する、という視点に重きを置くべきであろう。

2. 産科医療補償制度の教訓
今後の医療事故調の議論に際して、一つ教訓としなければならない実例があるが、それは日本医療機能評価機構が運営している重度脳性麻痺に関する「産科医療 補償制度」である。民間の損害保険とリンクさせた制度という特色はあるが、原因分析委員会・再発防止委員会・調整委員会というシステムは、かつての医療事 故調・厚労省案と何ら変わらない。
原因分析は、初の画期的な試みであり、結果回避可能性に言及はしないという長所もある。しかし、余りにも職権主義的な運営となっている点、原因分析報告の仕上がりが結局は「誤っている」「劣っている」「医学的妥当性がない」「基準から逸脱している」「一般的ではない」などの鑑定意見となってしまっている点など、見直すべき事柄が多い。何よりも自律的な院内事故調査でなく、他律的な外部委員の調査に終始してしまっている。まさに、かつての医療事故調・厚労省案そのままといってよい。
再発防止も、単に診療ガイドラインを遵守させる目的の下、再発防止報告書の公表によって、産科医療機関を威嚇するものといった感がする。調整委員会に至っては、「医療訴訟に精通した弁護士達を委員とする委員会」を作って弁護士を大量に入れ込んだ裁定委員会であり、裁判を受ける権利(憲法第32条)を侵害しかねない「私的な裁判」にほかならない。
4年前の悪夢のスキームが今、そのまま産科で現実化してしまっている。このままでは、産科医療機関、特に中小施設は荒廃し、助産所は壊滅するであろう。医 療事故調と全く同じ2月15日、日本医療機能評価機構では制度見直しのため、やはり第1回目の会議が開かれた。抜本的な見直しがなされなければならない。
産科以外の他の診療科では、医療事故調で産科と同じ事が起きぬよう、産科医療補償制度を他山の石として教訓としなければならないと思う。

3. 医療事故調の理念
話を医療事故調に戻す。
医療事故調の理念とすべきは、ひと言でいえば、「他律」ならぬ「自律」であろう。各々の医療機関自身、そして、各医療団体自体、広くは医療界全体のそれぞ れの自律である。行政、行政系独立行政法人、行政系公益財団法人、弁護士、患者代表など諸々の外部者によって他律されてはならない。
そもそも医療事故調査はそれ自体、一連の医療プロセスの「内」である。生じた事故の事実を調査し記録し分析し、それを患者や家族に説明して理解してもらう のは、日常的に行っている診察(問診・検査)・診断・インフォームドコンセント・治療・予後の説明・療養指導と何ら変わりがない。説明を例にとれば、事前 の説明でなくて「事後」の説明というだけの違いである。
通常の医療プロセスの内に、行政や弁護士や患者代表などの外部者が介入するのはおかしい。当然、医療事故調は「院内事故調」であるべきで、外部者の介入は 不要であろう。医療は医療者と患者・家族との間の信頼関係によって営まれるものである。医療者と患者・家族こそが医療の「当事者」であるので、この考え方 は「当事者主義」と呼んでよい。当事者主義型の医療事故調は、医療事故調・厚労省案や産科医療補償制度の如き職権主義型のものとは根本的に異なっているの である。

4. 医療事故調の目的
医療事故調の目的は、本来的に、限界も大きく不確実な医療の事実経過と結果を、きちんと事実調査して記録し、できれば分析を施すことであろう。厳密にいえば、第一次的な目的は事実調査・記録・分析に尽きる。医学的なものであるから、必ずしも事実や評価を確定しなければならないものではない。あくまでも「分 析」であって、確定の意味を伴う「究明」までは包含していないと言えよう。
なお、当然の流れとして、調査・記録・分析の結果を用いて、患者家族に説明し理解を求め、できれば納得してもらう。この意味で、事故調査は患者家族の説明・納得の支援(手助け)もその目的となる。
さらに、別方向にも展開するであろう。院内事故調査委員会は、患者家族へ向かう方向とは別に、院内の医療安全管理委員会にも直結する。再発防止その他の医 療安全にもリンクして行く。ただ、これは当該患者そのもののことではなく将来に向かってのことであるから、どの程度リンクさせるかは院内の実情に沿ってケースバイケースであろう。
以上が目的のすべてである。
念のために言及すると、「反省・謝罪」「損害賠償」もその目的に加えるべきという考え方もあるようだが、それらは目的そのものではない。院内で検討した結果、法的な過失があると自認すれば反省・謝罪も損害賠償も自ら積極的に行う。しかし、過失がなければ、反省・謝罪も損害賠償もなくて当然である。医療機関 と患者家族との見解が究極的に食い違う場合には、もはやその時は医療プロセスの「内」ではない。もう医療事故調査委員会の次元の問題ではなく、医療プロセスの「外」にある訴訟その他の法的手続に委ねるべきことであろう。

5. 院内事故調査を基本に
自律的な院内事故調査のシステムの確立こそが、医療事故調の基本である。この基本をきちんと押さえた上で、対象・範囲・組織・権限・実務などの諸問題を詰めて行くべきであろう。そして、医師法第21条の削除につなげて行かねばならない。

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