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Vol.492 消費増税がデフレ克服につながる道がある(その2/2)

医療ガバナンス学会 (2012年5月18日 16:00)


~いま必要なのは「経済政策と税の一体改革」

大樹総研・特別研究員(元財務省官僚) 
松田 学
2012年5月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


(その1/2より)

●デフレ克服の道は政府投資の拡大にあり
しかし、おカネの価値が上がるデフレ経済のもとでは、おカネを出さないのが民間の合理的な行動なのですから、萎縮した民間部門に、こうした「組み立て」の
主役になることを期待することはなかなかできません。逆に、合理的な行動をしない(価値の上がっているおカネを使う)主体が必要です。それは政府しかありません。デフレのときに重要なのは、民間の市場原理ではなく、「政治」です。
ただ、日本を社会主義にして「大きな政府」にするわけにはいきません。政府にしかできない分野で、社会的に真に必要な実需を掘り起こすために巨額のおカネ
を支出し、それを、民間の資産ストックがマネーの循環へとつながる起爆剤にしていくという道を採るべきです。その最も現実的な手段を考えれば、それは後世
代に貴重な社会的資本(資産)を残すために行われる政府投資だということになります。その代表格が「公共投資」ですが、医療の世界でも、病院や設備などの資本的項目は政府投資の対象に入れて良いと思います。
実は、日本の国土の特質は、欧米とは比較にならない規模の公共投資を必要としており、日本には「土建国家」である必然性があると言われます。公共投資は利
権構造への批判と結びついて、小泉政権時や「コンクリートから人へ」を唱える民主党政権のもとで大幅に削減されてきましたが、近年、主要国の中で公共投資
を縮減したのは日本だけです。これもデフレを加速させました。
特に現在では、震災復興に加え、太平洋プレートの変化で激甚災害の可能性が一層高まった日本で「列島強靭化」対策が不可欠になっています。それを通じた防
災安心国家の建設といったテーマが新たに浮上しました。それ以前からあった課題として、老朽化したインフラの更新もあります。いわゆる「インフラ高齢化」
問題です。
このままでは、ある日突然、橋が落ちたり道路が崩壊、水道が使えなくなる等の事態が多発すると言われますが、これは震災がゆっくりと起きているようなもの
です。「日本列島改造」の70年代以降に膨らんだ公共施設が老朽化しており、公共投資額が現在と同じなら、2040年には、それは全額インフラの更新に食われ、新しい投資はできなくなるとされます。
国民が安心して生活や活動が営めるインフラ整備の必要性だけでも、公共投資のテーマは百出している状況にあり、それは、かつて批判されたムダな公共投資とは本質的に異なる社会的に価値ある投資になります。デフレ克服のポイントは、経済にマネーを循環させることですが、日銀が金融政策でいくらマネーを増やそ
うとしても、中央銀行ができるのは民間金融部門へのマネーを増やすことにとどまります。問題は、おカネの価値が上がったデフレのもとでは、そこから先の実体経済でマネーへの需要が不足していることです。経済全体に十分なマネーが行き渡るためには、やはり実需を創らなければなりません。
これを積極財政で実現する上で問題となるのは財源ですが、将来に向けて本当に必要な資産であれば、それを後世代に残すための建設国債は正当化されますし、それを賄えるだけの莫大な金融資産ストックが日本には蓄積されています。
いま問われているのは、このことを財政規律と矛盾しない形へと組み立てる知恵です。

●消費増税への道筋は積極財政の前提条件
ここで重要な論点となるのが消費税増税です。「財政再建か景気か」…この不幸な二項対立論が、課題解決への日本の決断を鈍らせてきました。必要なのは、
「社会保障と税の一体改革」を超えて、「経済政策と税の一体改革」という、より大きな政策体系の中で消費税を考えることだと思います。それは、消費税増税
が景気にプラスになる「第三の道」です。
残念なことに、リーマンショックで膨らんだ過剰マネーのもとで起こった欧州債務危機は、一国の財政を投機の材料と化し、国際金融マーケットを財政に対する
リスク許容度の低いものにしました。日本を取り巻く客観情勢は、09年総選挙の頃とは明らかに変化しています。情勢の変化に応じて政策変更を決断するのも、政権としての責務だと思います。
もし日本がまたもや税率引上げを先延ばしすれば、国債の売りが誘発され、金利の上昇が消費増税よりも大きな打撃を景気に与える懸念があります。そもそも日本国債のほとんどが国内で保有されているという議論に、あまり意味はありません。債務者の破綻で苦しむのは債権者です。日本政府への債権者は日本国民で
す。ただ、外貨建ての借金ではない日本国債がデフォルト(元利払の停止)に追い込まれる懸念はないでしょう。むしろ、日本で言う財政破綻とは、国債を大量に保有する日本の金融部門が機能不全に陥ることです。
先物市場が発達し、国を超えてつながる金融市場にあって、日本の金融部門がその圧力と無関係でいることはできません。千兆円近い国の債務残高のもと、数%
の金利上昇でも年間利払い費を十兆円単位の規模で増加させ、国債は追加発行に追い込まれるでしょう。国債価格の下落(=金利上昇)による銀行資産の劣化
は、国民の預金まで危うくするかもしれません。少なくとも、銀行の貸し渋り・貸し剥しでデフレは深刻化するでしょう。すでに欧州の銀行は、ギリシャなど問
題国向け保有国債の価値が下落して、貸し剥しの行動に出ています。これによる信用の収縮が景気に与える影響は消費増税の比ではありません。
こうした金利上昇は日銀の金融緩和政策では抑えられない可能性があり、仮に抑えられたとしても、その結果として為替は円安に、それも急激な円安になる恐れがあります。そうした円安は景気にプラスとはいえません。資源高などで、すでに日本の所得の海外流出は、昨11年度で18~19兆円と、過去最大に達したとされます。日本の金融緩和で世界の過剰マネーが増大すれば、資源価格のさらなる上昇にもつながりかねません。しかも円安となれば、脱原発でエネルギーの海外依存を強める日本は、より大きな所得の海外流出に見舞われます。消費税の負担なら社会保障で国民に返ってきますが、海外への所得流出は純粋な国民負担です。それは超高齢化社会の運営や国債消化に必要な原資の喪失です。
政府投資による積極財政のために必要になるのが、将来世代に向けて資産を形成する建設国債と、ツケだけを残す赤字国債とを区別することです。そもそも、両者に区別なく同じ60年償還ルールを適用していること自体がおかしいのです。3世代にわたって負担を分かち合うべきは建設国債であって、赤字国債は短い年
限で現世代が償還すべきものです。
こうした区別が不明確なことが日本の政策対応力を弱めています。それを露呈したのが「復興増税」でした。将来に資産を残すわけでもない社会保障のために膨
大な赤字国債を60年償還で発行しておきながら、将来に新しい東北という貴重な資産を残す震災復興の方は将来にツケを回さないとして増税を行うのは、論理
が逆です。しかし、財政当局の立場に立てば、消費増税の担保がない状態で国債を増発すると、日本財政に対する市場の信認を失うというのが、当然の判断だっ
たということになってしまいます。
国債の信認に直結する財政規律の問題とは、社会保障負担を赤字国債で将来世代にツケ回してきた、だらしなき財政運営を指します。消費増税でこれに歯止めをかけ、規律の問題にケリをつけてこそ、建設国債増発を財源に政府投資による景気対策が可能になります。
かつて平成不況のときに、日本政府は「何でもあり」の公共投資拡大で景気浮揚を図りましたが、その効果が不十分なままデフレ経済に突入した原因は、民間の
不良債権の重石でした。その後、不良債権処理の道筋が見えてから、日本経済は「いざなぎ超え」の景気回復に至りました。デフレ克服のために政府投資が効果をあげる前提として、今度は、政府の不良債権処理の道筋を示すことが必要になっているともいえるでしょう。

●国民に本質が見える財政運営を
幸い、日本の莫大な金融資産は、国内でのより有為な運用先を必要としています。バランスシート上で資産と負債のつじつまが合う建設国債は、それに応えるものです。「第三の道」が示す答は、財政規律を旨とする赤字国債の世界と、積極財政を旨とする建設国債の世界とを峻別し、前者は減らし、後者は増やす逆方向
の政策割り当て(オペレーション・ツイスト)を組むことにあります。
この際、政府の一般会計を、建設国債を財源とする「政府投資勘定」と、その他の「経常勘定」(税収や赤字国債が財源)に分けてはどうでしょうか。さらに後者から、本質的には国民から国民へのおカネの移転に過ぎない「社会保障勘定」を切り出し、その財源として消費税を位置づければ、その不足分は将来世代の負
担(赤字国債)だということも明確になります。いまのどんぶり勘定の財政に、こうした「区別の論理」を持ち込むことで、コストと効果の関係が国民に「見える化」され、全体としてメリハリある透明な財政運営が実現すると思います。国民自らの判断と納得の下になされる消費税引上げであれば、それは「希望ある増税」になるのではないでしょうか。
国民の納得という点では、さらなる行革ということが言われていますが、機会を改めて、消費増税の残る問題である、行革との関係についても論じてみたいと思います。

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