医療ガバナンス学会 (2012年5月25日 06:00)
震災後の相馬地域は、南の陸路は福島第一原発の事故のために遮断され、北の鉄道も津波により遮断された。相馬地域に残っている生徒らは孤立していた。相馬 高校は、原発事故による警戒区域や緊急時避難準備区域の設定により、これらの区域にある2つの高校の受け入れ校となった。教育環境が整っているとは言えな い状態だった。
未曾有の大惨事だからこそ、このピンチをチャンスに換え、何とか生徒にさまざまな教育環境の場を提供できないかと考えていた。そんななか、東京大学医科学 研究所の上昌広教授から、この陸上部支援の話をくださったとき、これは「やっかい」で「すごい話」だなと思ったので、陸上部の顧問に素早くつないで早期に 実現したかった。それは、この陸上教室には、「継続性」と「専門性」が明確になっていたからである。勿論、長塚選手自身の修士論文作成のためもあるだろう が、論文提出後も相馬高校を支援し、これまでに6回ほど陸上教室を開催している。「専門性」という面では、非常に有名なアスリートによるスポーツ教室が被 災地のあらゆるところで行われているが、「継続性」については、なかなか聞かない。最低でも1年間、最高で3~5年間の長期的な支援を有名な実績のある陸 上選手から指導を受ければ、確実に相馬高校陸上部は有名になるだろう。相馬高校は、男子バレーボール部が全国的に有名であるが、これに続く運動部になるかもしれない。このような理由から、陸上教室を開催するのにあたり各方面から協力していただいた。
2011年6月に第1回目が開催されたときは、なんだか雰囲気は、講師(アスリート)と生徒の間に大きな隔たりがあったような気がしたが、第2回目では、 陸上教室終了後に講師と生徒の相談会を設けたことで、この隔たりが一気に無くなったように感じた。こうなれば、3回目以降の陸上教室は、ほとんど部活動の延長上の指導者と生徒の関係のようなものである。講師陣も慣れたもので、徐々に高度な練習内容を取り入れていく。このような状況で生徒の成績が上がらない はずがない。講師陣も指導に熱が入る、そうなると話はとんとんと進むもので、オリンピックに出場するような全日本レベルの選手をなんとか呼んで指導することはできないかなどと話が盛り上がる。超一流の講師陣のネットワークは非の打ち所がない。4回目には、男子800m競走日本記録保持者の横田真人選手に来 てくださった。5回目には、横田真人選手の他、北京オリンピック男子400m日本代表の金丸祐三選手や地元大熊町出身の男子400mハードル選手の秋本真吾選手にも来てくださり、非常に充実した指導内容だった。このような状況であるから、練習環境は日本一になりつつある。2012年4月の第6回目の陸上教室では、長塚選手がG1レース優勝でいただいた選手会イベント予算の50万円を辞退し、相馬高校陸上部にミズノ製品50万円分のカタログ贈呈をしてくださった。年間部活動予算の何倍もの金額である。練習内容、施設・環境ともに最高の部活になりつつある。
さて、これまでの陸上教室に、陸上を専門としない理科と情報科を担当する普通の教員である私が関与してきたが、それは、地域の復興にはやはり「人材育成」 が重要視されるべきだと考えているからだ。311の津波の被災地であり、また、原発事故の影響を受けている相馬地域を盛り上げるためには、将来、相馬地域 で活躍するような人材を学習面だけではなく運動面や芸術面でも教育していかなければならないと考える。いくつか、この陸上教室に関しての人材育成の機会に ついて具体的に述べる。
まず一人目に、2011年度に相馬市内の中学3年生のH君である。H君は、中長距離で福島県のトップ走者であり福島県選抜選手に選ばれていた。ちょっとしたつてがあり、第2回目からH君をこの陸上教室に呼んだ。H君はそれまで、相馬市内の高校に進学する予定であったが、この陸上教室に参加するようになり、 もう少しレベルの高い陸上部のある学校へ進学したいと希望する。しかし、なかなか進路相談する先生もいないなかで、細野史晃選手(3段跳び)とH君とその 母親と三者面談をする機会を設けた。そして、H君は2012年4月に埼玉栄高校に入学した。勿論、陸上をするためである。将来、福島県出身の今井正人選手 や柏原竜二選手のように活躍して欲しいと期待している。この件で、細野選手は指導者冥利に尽きたであろう。
二人目に、2011年度には早稲田大学の4年生であり、現在は、東京学芸大学大学院1年生の中島好美である。彼女は相馬高校のOGであり、現在、小学校教員か特別支援学級の教員を目指して日々学業に励んでいる。彼女の妹が相馬高校陸上部に所属しており、この陸上教室に参加していた妹からこの陸上教室の話は 聞いていた。2011年度は早稲田大学に在籍していたので、長塚選手の修士論文発表会に参加している。長塚選手の指導教官でもある平田竹男教授とも面会 し、相馬高校への支援の会話をしたことで、地元への愛着が一層沸いて、今後、有意義な教育支援をしたいと考えている。
三人目に、千葉大学大学院2年生の相良好美である。彼女も相馬高校のOGであり、国語の教員免許を取得している。彼女の両親は、震災当時浜通りで、中学 校・高校の教員をしていたので、この震災の対応時の教員の仕事量は尋常ではなかったことをよく理解している。そのため、現在の福島県の教育の現状について 特別の感情を抱いており、学校教育に対して非常に奉仕精神が旺盛で、ほぼ毎月に2回程度福島県に戻り、学校教育のボランティア活動を行っている。その内容 は多岐にわたっている。教員家庭に育った彼女であるからこそできるのではないかと考えている。アスリートソサエティやチームジャパンの活動についても積極的に活動し、貢献している。時には、個人的に私の活動を手伝ってもらったりもしている。
後者2名の学生が、近い将来、福島県の浜通り地区の教員となり、「人材育成」の教育の現場で活躍して欲しいと期待している。
最後に、相馬高校でこのような陸上教室が開催できたのは、人的ネットワークの賜だと感じている。組織は「システム」で機能するのではなく、「人」で機能しているということを実感させられた。このような活動を通じて、地域の復興の基礎ができていくのだと感じた。