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Vol.502 『ボストン便り』(第38回)「復興の願いは海を越えて」

医療ガバナンス学会 (2012年5月29日 06:00)


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星槎大学共生科学部教授
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2012年5月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独 特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関 する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

*「ボストン便り」が本になりました。タイトルは『パブリックヘルス 市民が変える医療社会―アメリカ医療改革の現場から』(明石書店)。再構成し、大幅に加筆修正しましたので、ぜひお読み頂ければと思います。

●ボストンの春祭り
抜けるような青空の元、ボストン中心部のコプリー広場では春祭りが開催されました。今年は日本からアメリカに桜が贈られてから100年目の記念すべき年なので、アメリカ各地でそれにちなんだ行事が行われています。ボストン地域でも、日本人の団体や個人が参加して、4月29日に春祭りが行われたのでした。
例年だとちょうど4月末に桜が見ごろになるのですが、今年は暖冬だったので、すでに3月に桜が咲いてしまい、すっかり葉桜となってしまいましたが、手作り の子ども神輿が練り歩き、飴細工や日本食など80余りのブースが立ち並んで、ものすごい数の見物客が春祭りに訪れました。
そんなブースの一つに、南相馬市の「バアチャン」達の作った折り紙細工を販売するコーナーがありました。色とりどりのくす玉や小さな折り紙を組み合わせた鶴や亀の折り紙に、訪れた人たちは感心し、20あまりあった作品はほぼ完売でした。

●仮設住宅での笑顔
南相馬市塚本寄合の仮設住宅を訪れたのは、今年の4月1日の事でした。ボストンから被災地支援に来ている友人のアミア・ミラーさんも一緒でした。まだ雪の ちらつくことのある寒い時期でしたが、敷地内にある集会所では70代から90代の女性達、「バアチャン」が集い、楽しそうに折り紙細工を作っていらっしゃいました。
このバアチャンの集まりを紹介してくれたのは、南相馬市立総合病院の原澤慶太郎医師でした。原澤医師は亀田総合病院で研修を終えたばかりの若い医師で、震災を機に南相馬の病院で働くようになりました。冬の時期にはインフルエンザの蔓延が心配されるため、原澤医師は仮設住宅に住むお年寄りの家を一軒一軒周っ て、予防接種をしながら健康相談を行いました。女性たちからみれば、息子というより孫のような年回りの、優しく活気にあふれるこの医師は人気者で、その医 師の紹介という事で私たちも暖かく迎え入れて頂きました。
壁一面に飾られた精巧で美しい、くす玉やすだれ状の折り紙細工を見て、アミアさんは「これ、ボストンの春祭りで売ってもいいですか?」とバアチャン達に聞 きました。「こんなの売れるかね」と初めは半信半疑でしたが、アミアさんの「ガイジンはこういうの好きよ。私が一番最初の買い手になります」と熱心に説得 をすると、「はあ、折り紙が海の向こうに行くんかい」と乗り気になってくれました。
結局、所狭しと飾ってあった折り紙細工のほとんどをボストンに送る事になりました。お別れに記念撮影をするときには、みんなが笑顔になっていました。ボストンへの郵送は原澤医師が一手に引き受けてくださり、丁寧に梱包した小包は全部で7箱になりました。

●相馬へのエール『HIKOBAE』
南相馬市の仮設住宅を訪ねる前日3月31日は、演劇『ひこばえHIKOBAE』を鑑賞しました。この劇は、地震と津波と東京電力福島原発事故に襲われた相 馬市の病院を舞台に、自らが極限の状況にありながらも、患者や老人など弱い人たちを救い、支える医師や看護師や消防団員の姿を描いたものでした。
『ひこばえ』は、ニューヨークや東京でも上演され、絶賛されたということでした。相馬市では、昼と夜の2回上演され、被災者の方々など約600人が招待さ れていました。アミアさんと私は夜の部にいきましたが、満席でした。海辺の住民を避難させようとして犠牲となられた消防団員の実名が読み上げられるシーン もあって、客席からのあちこちですすり泣く声が聞かれました。
カーテンコールの時には、観客が皆立ち上がり、スタンディングオベーションを送っていました。また、プロデューサーの塩屋俊氏からは、東京公演のチケット 収益と各公演で観客から寄せられた浄財を、相馬市長を通して「相馬市震災孤児等支援金」へ寄付したというアナウンスもありました。
舞台と会場が一体となり、会場観客が登場する役の誰かに自分を投影しているような相馬の地での公演に、一緒に居合わせることができたことは、非常に貴重な 体験でした。まさに、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽という「ひこばえ」のように、相馬市は新しく、さらに逞しく進んでいくことを予感させました。

●グローバル・シチズンシップへ
コプリー広場の折り紙細工のブースには、仮設で撮った全員の記念写真や折り紙を作っている様子の写真が、大きく引き伸ばされて飾られていました。どんな人が作ったのかが分かった方が、買う人も嬉しいに違いないという配慮からでした。いわゆる「顔の見える援助」とはそういうことなのでしょう。
販売担当のボランティアをしてくれたボストンの友人たちも、このような機会を与えられて嬉しかったと言っていました。折り紙細工は、日本人の自分たちが見ても素晴らしく、自分たちで折ったことのないアメリカ人には一層感心してもらえ、写真を撮っていく人もかなりいたそうです。震災に遭い、不自由な暮らしを 余儀なくされながらも、豊かな気持ちを失わない人々が集い、美しいものを作り上げている営みに、強い共感を覚えたからなのではないかと思いました。
この光景は、昨年4月に、ハーバード大学の哲学教授であるマイケル・サンデル氏が、日本人有志で立ち上げたハーバード・フォー・ジャパンの主宰したシンポ ジウムで話された「グローバル・シチズンシップ」を思い起こさせてくれました。サンデル氏は、この震災は世界の人々が、民族や国籍を超えて、よりグローバルな倫理観、責任、共感をもつ始まりになるかもしれないと予言し、日本の人々の行動や美徳が、世界の人々にとって大きな意義を持つことを強調しました。そ して、人間の関心や共感の範囲が地球規模に広がり、コミュニティとしての意識を持てることを、「グローバル・アイデンティティ」といい、震災を機に我々の 社会は「グローバル・アイデンティティ」に開かれる可能性があると言いました。
南相馬のバアチャン達の折り紙細工が、ボストンの人々に感動を与えたことは、まさに「グローバル・シチズンシップ」の芽生えであったのではないかと思います。そして、『ひこばえ』の上演が、ニューヨークで多くの観客の涙を誘いメディアでも絶賛されたこともまた、そのような兆候の一つであったことでしょう。 海の向こうからの再生、復活、希望への願いが日本にちゃんと届くように、書き綴り、語り継いでゆきたいと思います。

[謝辞]
折り紙販売のためにブースを貸してくださったCircle of Boston Nursery School(ボストンにあるバイリンガル幼稚園)の皆様と、実際に販売してくださったボストン日本人女性の会の皆様に心から感謝いたします。

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
星槎大学教授。ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程の後、 02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。コロンビア大学公衆衛生校アソシエイトを経て、ハーバード公衆衛生大学院フェローとなり、2012年10 月より星槎大学客員研究員となり現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海 社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)。現在の関心は医療ガバナンス、日米の患者会のアドボカシー活動。

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