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Vol.515 数%しか有効性のない医療はもうやめます~アメリカの医療費削減キャンペーンの衝撃

医療ガバナンス学会 (2012年6月11日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2012年6月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


4月4日、米国の9つの医学会が「医師と患者が問い直すべき5つの項目  http://choosingwisely.org/wp-content/uploads/2012/04/Five-Things.pdf 」とい うリストを発表しました。これにより、基本的に不要な医療費の削減が可能になり、その削減額はなんと数兆ドル(!)に上るといいます。
米国家庭医学会(AAFP)が提示した例を見てみましょう。
「中等度の副鼻腔炎(いわゆる『蓄膿症』:鼻づまりや頭痛をおこす)に対して、1週間以上症状が続いている場合、または症状が軽快しかけたあとに悪化した場合を除いて、抗生物質を処方してはならない」
「進行性の神経学的な所見や骨髄炎を疑わせる所見がない場合、背部痛が起こってから6週間以内に写真を撮影してはならない」
これは、「中等度の蓄膿症は、1週間以上症状が続いているのでなければ、抗生物質は出しません」、そして「背中が痛くても、それが6週間以上続くのでなければレントゲン写真は取りません」ということと、ほぼ同義です。
米国内科専門医認定機構財団が行う、「Choosing Wisely」(賢く選ぼう)と題されたこのキャンペーンを、「日本には当てはまらない」と笑い飛ばすことは簡単です。
でも、本当に日本には当てはまらないのでしょうか。日本においても「何が無駄な医療なのか」を明らかにしないと、結局は問題を先送りするだけになってしまうと考えるのは私だけでしょうか。

●アメリカの医師たちは経済的に大打撃
「Choosing Wisely」キャンペーンの目的は、医療行為によって患者が危険にさらされたり、医療スタッフに不要な負担がかかったりするのを減らすことにあります。
「専門分野の医師たちと、消費者が互いに協力して作り上げた」という今回のリストには、上記の他に以下のようなものが含まれています。
・軽い頭痛や失神でCTまたはMRI撮影をしてはならない。
・65歳以下の女性、または70歳以下の男性に骨粗鬆症検査(骨塩量測定)を行ってはならない。
・透析患者に対して定期的ながん検診を行ってはならない。
・症状のない患者に負荷心臓超音波検査や心筋シンチグラムを行ってはならない。
・外来手術患者に対しては、手術前の胸部レントゲン検査を行ってはならない。
・大腸ポリープを切除したあとのフォローアップの大腸内視鏡検査は5年以内に行ってはならない。
これらの項目が実践されれば、アメリカの医師たちが計り知れないほどの経済的打撃を受けるのは間違いありません。それでも米国内科専門医認定機構 財団は、”無駄な医療費の削減”のためにこれらの提言をまとめました。アメリカ医学界の「英断」と呼ぶにふさわしい提言と言えるでしょう。
患者からは、「今まで受けていた検査や治療が無駄なことが分かったので、受けるのを辞めることができた」という声も多数寄せられているようです。

●数%の有効性を切り捨てれば「万全の医療」ではなくなる
一方で問題もあります。これらは医師が行う医療行為に制限を設ける「制限医療」に直結していきます。個々の患者に応じた柔軟な医療を行うことができなくなり、結果的に病気の発見が遅れて命を落とす人も出てくることでしょう。
私の専門である大腸内視鏡検査について言うと、今回のリストには「大腸ポリープ切除後5年以内に大腸内視鏡を行ってはならない」という項目があります。また、「大腸内視鏡検査は10年に1回だけしか行ってはならない」という項目もあります。
でも実際問題として、大腸ポリープ切除後1年程度で5個以上の大腸ポリープが発症した方がいらっしゃいますし、大腸内視鏡で「異常なし」だったのにもかかわらず、2年程度で進行がんを発症した方も存在します。
ただし、こうしたケースの頻度は全体の数%にしかなりません。ですから、キャンペーンの提言の本質的な考え方は、「その検査を行っても数%しか有効性が期待できないのであれば、無駄だから検査をするべきではない」ということだと思います。
「0.1%でも可能性があるのであればそれに備えるのが当然。人の命がかかっているのだから」というのが、多くの人の心情だと思います。
数%の可能性を切り捨てることによって医療費は大幅に削減されますが、同時に「万全の医療」ではなくなってしまうのも、また厳然たる事実なのです。

●基準作りがタブー視されているのが全ての問題の本質
財務省はもちろん、日本のほぼ全てのメディアは「医療費削減のため無駄な医療を抑制せよ」という意見で一致しています。一方で、同時に医療現場には「万全の医療」も要求されています。
しかしこれまで見てきたように、「無駄な医療」を切り捨てると「万全の医療」からは遠ざかります。「無駄な医療」と「万全の医療」の基準がないため日本の医療現場は混乱し、進むことも戻ることもできない過酷な状況に陥っているのです。
ある芸能人の母親が生活保護を受給していたことが問題となっています。これも、本質的な問題は、「親族に課せられた扶養義務に明確な基準がないこと」であるのは間違いないでしょう。
ですから、問題を取り上げた国会議員は、生け贄のように個人を批判するよりも、同様の事態の再発を避けるために、例えば「年収1500万円を越える親族が いる場合には生活保護を申請してはならない」というような具体的な法整備を提示するのが本来の仕事ではないかと私は思います。
基準を設けると「個別の事情を個々に判断して決定する」という曖昧さは許されにくくなります。また、「本当にみんなが指示を守るのか」という問題 も発生します。しかし社会保障においては、明確な基準作りがタブー視されていることが全ての問題の本質なのではないでしょうか。
具体的基準を設ける議論を避けるのは、解決を先送りするだけにすぎません。そういう意味では、指針を設定して議論しているアメリカの方が、日本よりも医療問題に対する認識が1周先に進んでいると言えるのではないでしょうか。

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