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Vol.527 『ボストン便り』(第39回)「准看護師問題 再訪」

医療ガバナンス学会 (2012年6月22日 06:00)


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星槎大学共生科学部教授
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2012年6月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独 特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関 する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

*「ボストン便り」が本になりました。タイトルは『パブリックヘルス 市民が変える医療社会―アメリカ医療改革の現場から』(明石書店)。再構成し、大幅に加筆修正しましたので、ぜひお読み頂ければと思います。

●アメリカの看護職事情
アメリカにおいて看護職の資格はかなり複雑になっています。最も数の多い登録看護師(Registered Nurse)は、その教育年限や教育施設によって、ディプロマ、アソシエイト、学士に分かれています。その他に、専門性の高い診療看護師(Nurse Practitioner)、専門看護師(Clinical Nurse Specialist)、認定麻酔科看護師(Certified Registered Nurse Anesthetist)、認定助産師(Certified Nurse Midwife)がいます。また、医師や登録看護師の指示のもとで基本的な看護を行う実践看護師(Licensed Practical Nurse)という資格もあります。 これは日本の准看護師の資格とかなり近いものです。その他にも、修士号や博士号を持つ現場で働く看護師も少なくありません。これらの看護職の数を合わせる と、約270万人にも上ります。
それぞれ時代や必要性に応じて資格の成り立ちが異なるために、このような形になった訳ですが、あまりに複雑なので、せめて登録看護師教育は大学で行う学士に一本化しようということが看護界では長らく主張されてきました。しかし現状は変わっていません。

●イギリスの看護職事情
イギリスでも看護職の資格は複雑でしたが、1990年から看護教育改革「プロジェクト2000」が実施され、様々な改革が行われました。代表的なのは、准看護師(Enrolled Nurse)の養成停止と看護養成課程の大学化でした。
准看護師は、イギリスの戦争や都市化の歴史のなかで重要な存在として活躍した時代もありました。しかし、現代の高度化した医療や患者のニーズに合わなく なったので、イギリスでは養成を停止することにしました。その後、准看護師は徐々に減ってゆき、1999年は2万人近くいましたが、2009年には 6,000人程度になりました。ちなみに看護師自体の数はその間1.3倍に増えており、現在では33万人を超えるようになりました。よって、慢性的な看護 師不足ではありますが、准看養成廃止が原因で危機的になったという話はあまり聞こえてきませんでした。
看護教育も、ばらばらだったものが3年間の全日制の大学教育に統一されました。ただし3年間だけでは、看護師登録資格取得はできても学士は取得できないので、学士を取るプログラムを同時に受けられるような制度もつくられました。

●日本における看護職に関わる問題
日本では約90万人の看護師がいますが、その教育や資格の状況はどうでしょう。看護教育の大学化や高度化、ナース・プラクティショナーや特定看護師(仮) の導入など、今日、さまざまな議論がされています。この姿は、アメリカやイギリスと同様、問題を抱えながらも、それぞれの立場にある人が、良い医療や、働 き甲斐のある働きやすい環境を求めて問題解決しようする努力の表れだと思います。
そうした看護職を巡る問題解決の中で、今回、准看護師についての重要な動きがあったので、思い出話を交えながらレポートしたいと思います。

●神奈川県の決断
2012年6月15日の夜、神奈川県知事の黒岩祐治氏は、県庁本庁舎の応接室に集まった記者団に向かって、神奈川県内での准看護師の養成停止、県内大学へ の医学部新設、カルテの電子化などの医療構想を語りました。週末のメディアでは、こうした知事の構想が紹介され、同時にこれらすべての構想に対して神奈川 県医師会は反対し、鋭い対立構造に陥ったと報じられていました。
これらの構想の中で、私が最も関心を持ったのは、准看護師の養成停止でした。准看護師というのは、2年の養成過程を終了後、試験に合格すると都道府県知事 から任命される看護資格の事です。看護師が3年あるいは4年の養成年限で、試験後に厚生労働大臣に任命されるのと比べると違いがあります。
この神奈川県知事の決断は、リスクを伴う生ポリオワクチンを推奨する国政を批判し、県独自で不活化ポリオワクチン導入に踏み切った昨年10月の発表を思い 起こさせました。ただし、私にとってそれよりも何より鮮やかに思い出されたのは、今から16年前の1996年に、フジテレビのニュース・キャスターだった 黒岩氏に初めてお会いした時のことでした。その当時、黒岩氏は、准看護師制度のはらむ様々な矛盾と問題を世に問い、廃止すべきと社会に訴えていました。そ の姿勢に感銘を受け、ご意見をうかがうために16年前に黒岩氏を訪ねたのでした。

●准看護師問題調査検討会
今から17年前、博士課程に進学したばかりの私は、近代における「芸術」の社会的意味を解き明かそうとする研究に取り組み、似田貝香門教授(当時)を指導 教官として芸術社会学で博士論文を書こうとしていました。このような時期に、どういう訳か、厚生労働省看護課から似田貝氏に、准看護婦(当時は「師」では なくて「婦」と言っていた。以下同様)問題調査検討会のメンバーになるよう依頼がありました。准看護婦問題について全国調査をするので、この研究室で全面 的に実施してほしいということでした。
私たちには青天の霹靂でした。というのも、この研究室は、都市化論や住民運動や社会問題を専門とする社会学の研究室で、社会調査なども手掛けていました が、医療とは全く関係がなかったからです。しかし、これも経験だということで引き受けました。そして、引き受けてしまったからにはやるしかない、というこ とで、医療制度や公衆衛生について短期間に猛勉強しました。
後から聞いたところによると、この研究室が調査を依頼された理由というのは、医療とまったく関係のない研究室だから、というものでした。すなわち、准看護 婦問題というのは、様々な利権や思惑の渦巻くところなので、准看護婦どころか医療とは全く関係を持っていない、社会調査のできる研究者集団を選ばなくては ならなかったというのです。このことは、調査の実施主体が、医療や看護と少しでも利害関係があると、どんな結果が出るにせよ身びいきになったのではないか と思われ、調査の信頼性が失われるという緊迫した状況なのだということを思い知らされ、調査をするに当たって身が引き締まる思いがしたものでした。
調査プロジェクトが始まってからは、調査対象群の選定、質問票の作成、サンプリングから(調査票の配布と回収とデータ入力は外注しました)、調査票の集計、分析までを短期間にこなす必要があり、毎晩終電が続きました。

●「働きながら学ぶ」の陥弄
准看護婦問題調査では、調査対象群として、准看護婦、看護婦、准看護婦養成所学生、病院管理者など、11の職業カテゴリーを立てました。そして、11のカ テゴリーごとに質問票を作成し、層化抽出法により全国で約6,000のサンプルを抽出しました。郵送法によって調査は実施され、有効回答率は86%でし た。自由回答の欄も設けたのですが、3割を超える回答者が記入して下さいました。これらのことは関係者の調査に対する高い関心を示していました。
この調査の結果、分かったもの。それは事前の予想通り、あるいは予想を超えた、准看護婦養成所の学生の置かれた厳しい現実でした。

第1に、「お礼奉公」の実態が明らかになりました。これは、准看学生が勤務する医療機関から准看学校に行くために奨学金をもらい、それと引き換えに、卒業 後も数年、その医療機関に働く事を要求される事です。お金を借りたら返すのが当たり前かと思われるかもしれませんが、奨学金契約の内容は不透明で、学生の 86パーセントが週20時間その医療機関で働いていました。週40時間以上の学生も17パーセントいました。それでも31パーセントの学生の月給は8万円 未満なのです。学生が、奨学金をエサに安上がりの労働力として使われている。そう批判されても仕方のない実態でした。
第2に、「差別の構造」です。准看護婦として医療現場で働くようになると、彼女らは正看護婦と同じ業務をしているのに、待遇や給与で差別が生じるようにな るのです。当時の資料は見つからなかったので、現在の正看と准看の差がどれくらいかというと、介護保険施設の常勤の平均月額で、正看は283,000円、 准看は251,000円です。准看の年齢の平均が正看よりも10歳ほど高いという事を合わせて考えると、差はもっと大きいと見る事が出来ます。仕事の範囲 や量が同じなのに、資格が異なるというだけで昇進や給与や職場での地位が異なることは、差別といえるものでしょう。
第3に、准看学生が働いている病院や診療所での「違法行為」の実態も暴露されました。一定数の准看学生は、働いている医療機関で、注射、採血、点滴、導 尿、浣腸、血圧測定などを行っていました。看護職としての資格を持たない学生が、これらの行為を業務として行う事は、明らかに保助看法(保健師助産師看護 師法)に違反しています。
第4に、教育レベルと医療施設の需要という点で、将来的に准看の雇用は見込まれなくなるだろうという事が分かりました。准看学生は将来の勤務先として一般 病院や大学病院を希望していますが、病院長や看護管理者は、高度化する医療現場に対応できる看護婦・士を採用したいと考えていました。また、診療所長は准 看護婦・士の採用を中心に考えていますが、当面採用の予定がないところが多いという結果もありました。従って、准看学生の希望と雇用先の条件とのミスマッ チから、准看護婦資格を持っていたとしても将来的に希望する就職は難しい、という問題が見えてきました。

●検討会の提言「看護婦養成制度の統合」
以上、医療に関する素人が、にわか勉強で実施した調査でしたが、かなり深刻な事実が明らかになってしまい、寒気がする思いでした。それでも救いだったの は、この調査結果を踏まえて、准看護師問題調査検討会では、准看護婦養成を徐々に停止し、既に准看護婦である人たちには生看護婦になる教育コースを提供 し、「21世紀の早い段階を目途に、看護婦養成制度の統合に努めること」が提言されたことでした。
この問題は、数年後には解決される。当時はその事を素直に喜び、期待をしていました。
このような時に、准看護婦廃止を強く訴えていらっしゃる黒岩氏とお会いしたのでした。黒岩氏は、消防署職員が人工呼吸や救急医療を行える制度を促すキャン ペーンを行い、救急救命士の資格化に大いに貢献していらっしゃいました。社会的必要性に適合した専門職の在り方について、確かな目を持っている方が、今度 は准看護婦問題を取り上げていらっしゃるというので、是非お話を伺いたいと思い訪ねたのでした。
その時うかがったのは、准看護婦制度の矛盾と問題点、そして医師会が准看廃止に激しい反対をしているというお話でした。救急救命士の時も、医師会からの反 対があったそうですが、それでも黒岩氏は、准看の場合も正しいと信ずるところを貫くために、毅然とした態度で臨むという意気込みを語ってくださいました。

●准看護師問題の現在
1996年の調査の時から現在に至るまで、准看護婦を巡る状況はどのようになってきたのでしょうか。2002年3月の法改正で、准看護婦から准看護師に呼 称は変更されました。しかし、「21世紀の早い段階を目途に、看護婦養成制度の統合に努めること」という提言は実現される事なく、空手形になっています。
黒岩氏は、1996年の調査の頃はマスメディアの内部にいらして、准看護師制度の問題を訴えるという姿勢でしたが、今回は地方自治体の長としてこの問題に 取り組み、実際に准看護師養成を停止して、制度を廃止してゆこうとしておられます。16年という時を隔てた2度目の挑戦です。
准看護師廃止に医師会が反対するという対立の構造は、従来と全く同じです。どのような攻防になるのか目が離せません。ところで、横浜市医師会看護専門学校 のホームページを見ると、准看護学科は平成25年度に学生の募集停止をして、平成26年度に看護学科(3年課程)を開設すると書いてあります。これは、ど ういうことなのでしょうか。医師会も口では准看護師廃止に反対と言いながら、実際は徐々に廃止にしていこうとしているということなのでしょうか。
神奈川県がスタートを切る准看護師制度を巡る問題解決は、成功するでしょうか。また他の自治体にも広がってゆくのでしょうか。国はどのような対応をとるのでしょうか。日本看護協会はどう動くのでしょうか。
私も16年前からの宿題に再び取り組むつもりで、この動きを注視し、これからの医療を見据えた方向性を考えていきたいと思います。

<参考資料>
・96/12/20 准看護婦問題調査検討会報告の概要

http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s1220-1.html

・神奈川県における看護の在り方・第1次報告

http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/444280.pdf

・横浜市医師会看護専門学校

http://www.yokohama.kanagawa.med.or.jp/school/kikuna/top.html

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
星槎大学教授。ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程の後、 02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。コロンビア大学公衆衛生校アソシエイトを経て、ハーバード公衆衛生大学院フェローとなり、2012年10 月より星槎大学客員研究員となり現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海 社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)。現在の関心は医療ガバナンス、日米の患者会のアドボカシー活動。

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