医療ガバナンス学会 (2012年7月2日 06:00)
この記事は月刊『集中』2012年7月号より転載です。
井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年7月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2. 弁護士チームによる紛争増加の影響評価
前回講演会では、会場に参加していた岡井医師と演者であった池下医師との間で、産科医療補償制度で原因分析委員会によって作成される「原因分析報告書」が 果たして紛争を増加させるものかどうかにつき、真っ向から見解が対立した。しかしながら、考えてみれば、医師同士が果たして損害賠償請求が増えるかどうか を議論したところで、益はない。紛争を扱う専門家である弁護士が予測する方が適切であろう。
そこで、筆者は、7月22日の講演会発表用として、複数の弁護士達に、「産科医療補償制度『原因分析報告書』に対する意見書」の作成を依頼した。依頼事項 は、「原因分析報告書100件(平成22年15件、平成23年64件、平成24年21件)につき、産婦がそれらを持参して法律相談に来たと仮定した場合 に、『分娩機関に対して医療過誤に基づく損害賠償請求をやってみる価値はある
でしょう。』とアドバイスするであろうと想像する案件は何件ありますか?」というものである。依頼した弁護士達は5名。石川善一弁護士(甲府。みぞべ訴訟 代理人)、田辺幸雄弁護士(東京。レセプトオンライン義務化撤回訴訟代理人)、大磯義一郎弁護士(浜松医大教授、医師兼弁護士)、そして、さらに2名の医 師兼弁護士(山崎祥光、神田知江美)である。これらの弁護士による紛争増加の影響評価の意見は、今後の議論において有益な資料となろう。もちろん、「原因 分析報告書」に対する弁護士の手による影響評価は、今までにない。
7月22日の講演会において、その結果が公表される。
3. 産科医2名に対する公開質問状
7月22日の講演会においては、産科医2名には「原因分析・再発防止」に的を絞って議論してもらいたい。その議論の一助として、演者の一人である筆者としては、岡井医師と池下医師に対して、本稿をもって公開の質問をあらかじめしておきたいと思う。
[質問1]6月9日付けエムスリーの記事によれば、6月8日に日本医療機能評価機構の運営委員会において、平岩敬一弁護士(福島県立大野病院事件主任弁護 人。日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会顧問弁護士)が、概略、「当初、年間約800件とされていた補償件数が、現時点では200件未満となっている点 について、『産科医療補償制度ができたことにより、予防的、抑止的効果が働いたのではないか』との見方を示した。『脳性麻痺の子供が生まれれば、カルテな どを提出し、原因分析という形で、医師自らの行為が専門家の目にさらされることになる。より診療行為を慎重に行うようになったのではないか。』との見解を 示したらしい。この平岩弁護士の見解は、医学的に見て正しいと思うか?
[質問2]産婦人科診療ガイドラインを遵守することと、重度脳性麻痺の発生を防ぐこととの間には、医学的な相関関係はあると思うか?
[質問3]今村聡医師(日本医師会副会長)と海堂尊医師(作家)の共著「医療防衛」(角川書店)の72頁に、「今村 往々にして医療事故被害者は、医療に 不信を持ちやすいようです。お気持ちはわかりますが、9999人の市民は医療の世話になり治ってよかったと思う中、不幸な事故に遭い、今の医療はけしから んと言う方が患者さんや国民を代表するのはどうなんでしょう。」「別宮 そういう場で、医療に感謝している治癒患者の声がないのは疑問ですね。」との記述 があるが、今村医師の発言に対してどう思うか?
[質問4]原因分析報告書の作成には、2名の弁護士(1名はいわゆる患者側の弁護士、1名はいわゆる医療側の弁護士)が名を連ねているが、弁護士が作成に関与する必要があると思うか?
[質問5]原因分析報告書の作成者のうち、産婦人科医には「日本産科婦人科学会」との肩書も付いているが、学会が推薦して任命された人選なのか?もし産科医療補償制度を継続するのならば、日本産科婦人科学会は学会の事業として公式に参加すべきではないのか?
[質問6]3000万円の補償認定のためだけならば、カルテの提出は不要なのではないか?カルテ提出なしのまま補償認定された先例はあるのか?
[質問7]産科医療の原因分析は、少なくとも第一次的には、中立的第三者機関たる原因分析委員会ではなく、分娩機関内の院内事故調査委員会(院内原因分析委員会)で行うべきではないのか?
[質問8]「原因分析」だけは、日本医療機能評価機構の事業とは切り離す方向で見直しをすべきとの考え方に対してはどう思うか?