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Vol.562 産科医療補償制度に関する改善意見

医療ガバナンス学会 (2012年8月3日 06:00)


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この記事は月刊『集中』2012年8月号より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1. 公開討論会の開催
7月22日、NPO法人医療制度研究会の主催で、公開討論会「産科医療補償制度の本質を議論する」が開催された。産科の岡井崇医師と池下久弥医師の直接対 決で両医師とも立場の違いから譲らないままの部分は多かったものの、誠実な議論で良好であったと思う。筆者も演者の一人であり、気が付くことも多かったの で、今後の産科医療補償制度の改善のために、思い付くままに箇条書きにして列記したい。

2. 無過失補償の改善
(1)約1000億円の余剰金の清算
産科医療補償制度が公費も含む公金(出産育児一時金)を源資としている以上、やはり5年間で約1000億円にものぼる余剰金が発生するのは芳しくないと思 う。制度開始後5年間の余剰金は、一旦、明朗に清算すべきである。産婦約500万人に2万円ずつ返還するのが筋論ではあると思うが、重度脳性麻痺補償 3000万円に1億円ずつ約1000件へ上乗せすることも、また、健康保険組合等に返還することも考えうると思う。
運営組織のある日本医療機能評価機構だけで決めるべきことではなく、社会保障審議会医療保険部会と中医協の承認を経て、決めるべきである。
(2)真正な無過失補償へ
現在の無過失補償3000万円は、最終的には「過失無過失を問わない補償」(いわば真正な無過失補償)ではない。一旦は3000万円が産婦に支払われる が、後日、医療上の過失が認定されれば、医師賠償保険への求償がなされる。つまり、いわば「無過失だけ補償」にすぎないし、真正な無過失補償とは言い難 い。
交通事故における自賠責(強制保険)と任意保険との対比からしても違和感がある。そこで、医師賠償保険への求償をなくして、名実共の無過失補償への見直しをすべきであろう。
(3)3000万円から1億3000万円補償へ
見直しを経た後は、現在の補償金額3000万円から、1億円もしくは1億3000万円に補償金額を増やすのが好ましい。完全な補償の先駆けとし、他の分野の無過失補償のために模範的な先例とすべきことであろう。
(4)調整委員会の廃止
現在のところ調整委員会にかけられた事例がなかったのは良好である。調整とは、無過失補償3000万円と医賠責との調整という意味であるから、求償関係さえ切ってしまえばそもそも調整は不要となろう。
調整委員会は重大な過失の「認定」を伴うものであるから、往々にして「私的裁判」との批判も出かねない。あれこれと苦心して手直ししてまで調整委員会の機能を残すべきではないと思う。

3. 原因分析の改善
(1)もっと人権感覚を
人権感覚とは特に、稀に少数の者に生じかねない人権の侵害の恐れに敏感になることである。往々にして、善意で熱心に事を行っている際に陥りかねない落とし穴があり、結果として他者の人権を傷つけかねない。
岡井医師をはじめとする原因分析委員会の方々が、医師の良心に基づき善意で熱意をもって原因分析に当たっていることは理解できる。しかし、その過程で、も しかすると稀に誰か他の医師・助産師を追い込んでしまいはしないか、という懸念を常に抱き続け、慎重の上にも慎重に原因分析の作業を進めてもらいたい。
もしも誰か医師・助産師の一人についてでも重大な事態が発生すれば、それまでの原因分析の努力も成果もすべて吹き飛んでしまう。今後とも最も留意してもらいたい筆者の心配事である。
(2)産科医・助産師のリスク感
池下医師の懸念は、産科医や助産師にリスク感が生じていることのように感じた。一般の人々からすると医師のエゴを述べていると誤解したところもあるやも知 れないが、医師・助産師のリスクを高め過ぎると、自然の成り行きとして産科医療に過疎や空洞が生じてしまうことを心配していたのである。
強力な制度システムを動かす場合には、その副作用に十分に配慮しなければならない。産科医・助産師のリスク感の緩和に知恵を絞るべきである。
(3)医学的評価に絞り込みを
臨床経過に関する医学的評価を入れることのそもそも論は取り敢えず置くとしても、診療ガイドラインとの関連での医学的評価が全面にわたり過ぎていると思う。
全面にわたり過ぎる医学的評価は、それを受け取った産婦に必要以上の情動を生じさせかねず、ことさらな紛争を招きかねない危険を高める。
そもそも産科医療補償制度は、日本医療機能評価機構が行っている公的性格のものであるので、公的目的による制約があると思う。この制度は「重度脳性麻痺」 との関連の限りで認められているものである。したがって、医学的評価についても「重度脳性麻痺」との直接的関連での絞り込みが必要なのである。
今後は、医学的評価をまさに「重度脳性麻痺」との関連の強いものに絞り込んでいくべきことと思う。
(4)細かく手続きを保障すべき
カルテ提出の任意性の確保、原因分析の諸段階において細かく分娩機関の同意を取ること、原因分析結果の質疑応答の前の分娩機関の同意、原因分析報告書の公 開の範囲の同意など、細かな手続きを一つ一つ丁寧に踏んでいく必要がある。もともと中立的第三者機関たる原因分析委員会の分析結果は、常に分娩機関の見解 との相違の恐れがあるので、細かく手続きを保障していかないと「私的制裁(リンチ)」との批判が生じかねない。
いっそのこと、原因分析が開始される前に、分娩機関のその意向を尋ね、分娩機関自らが院内原因分析委員会を開いて院内原因分析をするという場合には、それを待つという方法もあろう。是非、今後の改善の一つの方策として検討されたい。

 

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