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Vol.571 「専門医」制度の公的管理は、角を矯めて牛を殺すだけ

医療ガバナンス学会 (2012年8月15日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2012年8月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


7月6日、厚労省は「専門医の在り方に関する検討会」の中間報告を公表しました。
中間報告では、学会が認定する現行の専門医制度を、中立的な第三者機関が認定する制度に変更することのほか、「総合医(総合診療医)」の追加や、各診療領域の専門医の養成数を管理・調整する方針などが示されています。
現在、各学会が独自に認定している専門医制度は玉石混合であり、第三者評価が必要なのは間違いありません。また、「専門分野しか診察しない医師」だけではなく、1人の患者さんを総合的にずっと診察し続ける「総合診療医」が必要なのも確かです。
しかし、各診療分野で養成する専門医の数を公的に管理すると、専門医師が自由に参加して議論できる学会本来の良さが失われることにつながります。
さらには、公的な管理による専門医枠が”既得権益化”して、専門医の質を低下させる結果に終わる気がしてなりません。

●現状の学会の専門医は玉石混合
そもそも「専門医」とは何か整理しておきましょう。
日本では、医師は6年間の学生生活の後、医師国家試験を受け、合格すると医師免許を取得できます。それから、さらに2年間の初期研修と3年間の専門研修(合計最低でも5年間の研修)を受けると、各学会の”専門医”試験の受験資格が得られます。
専門医試験では筆記試験と面接試験が行われ、これまでの経験症例が基準を満たしているかの審査と合わせて合否が決定します。
日本の医師免許は自由にどの科目でも標榜することができますが、この”専門医師制度”の存在により、専門とする科目において身につけるべき技術の目安が示されているのです。
しかし、1980年頃の専門医制度設立時には、試験もなく、学会の会員歴(何年間会費を支払ったか)のみで専門医資格が乱発されていたという経緯があります。そのため、現時点で「○○学会専門医」といっても、その専門医の質は玉石混合の状態なのです。
“専門医”が一般の方々に広く認められ、利用されるためには、第三者機関による専門医としてのランク付けや評価が必要なのは間違いないでしょう。

●専門医だけでなく「総合医」という概念も必要
“専門医”は治療が一区切りすれば(例えば痔の手術を行い、痔が完治すれば)、違う患者の同じ疾患の診療にとりかかります。ですから、現状の”専門医”制度を押し進めると、1人の患者を継続して診察する医師がいなくなってしまいます。
そこで、今回の提言の中では「総合医」という概念が提唱されました。「頻度の高い疾病や障害について、適切な初期対応と、必要に応じた継続医療を全人的に提供できる医師」と定義されています。
つまり、総合医とは、狭い範囲を深く診る専門医とは異なり、幅広く診ることができる医師として同じ患者の複数の疾患を診療するのです。
具体的には、同じ患者の上気道炎(風邪)から狭心症、うつ病、骨折までの初期治療と専門医への紹介、そして専門治療終了後の経過観察を行うのです。患者さん側からすると、従来の「かかりつけ医」と同じイメージと思っていただければ良いでしょう。
専門が細分化されている現状では、科目を問わず頻度の高い病気の初期対応と継続医療ができるようになるためには、どんなに少なく見積もっても5年、一般的には10年近くの期間が必要でしょう。
とはいえ、必要な分野であることは間違いありません。必要なカリキュラムを作成し、たとえ時間がかかろうとも総合医の養成に手をつけなければならないのは確かです。

●専門医制度と”医師の偏在”は関係がない
ここまでは、専門医制度の”質”のコントロールの問題で、大きな異論はないと思われます。
しかし、今回はそれに加えて”量”のコントロールも行うことが表明されています。つまり今回の案では、専門医師養成の定員を地方ごとに定め、全国に専門医をまんべんなく配置する足がかりにしよう計画されているのです。
これは、日本の医学会の良さをなくし、「角を矯(た)めて牛を殺す」結果になりかねない改革だと私は思います。
地方の医師不足が叫ばれている中、「地方に医師が足りないのであれば、地方に専門医師養成枠を割り振るのは良い考えではないか?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そもそも医師の偏在と専門医制度は何の関係もないのです。
また、「専門医」資格はあくまで、その分野で基本的な技術を身につけていることを証明するに過ぎません。
私たち医師は専門医試験終了時に、「専門医資格を取得してからこそが、本当の専門医としての勉強の始まりである」と教えられています。ですから、 医師が不足している地方、つまりは教育体制や切磋琢磨する仲間が十分に揃っていない地方に、専門医養成枠を1名とか2名とかずつ割り振るのは、本末転倒と 言ってよいと思います。

●学会とは、医師が自由に意見交換し切磋琢磨する場所
現状では学会が個別に専門医を認定しているため、専門医に対する診療報酬はつきません。「公的機関が専門医師数を決めて認定すれば、専門医に対する報酬が支払われるようになる」という意見もあります。
しかし、専門医配置の調整を国家が行っている国は世界には存在しません。
専門医師数の制限を公的に行うとどうなるのでしょうか?
興味を持つ医師たちが自由に学会に参加する機会が制限されるとともに、いったん取得した”専門医”の既得権益化がいっそう進むでしょう。これらは、専門医の質の低下につながります。
現状でも主要学会には、診療報酬加算などなくても、数千名の医師たちが土日の休みに数万円の参加費を払って自主的に参加し、知識の習得を行っています。
われわれ医師が学会に望んでいるのは、純粋に医学の専門分野の話題で議論でき、お互いに情報交換して切磋琢磨できる場所なのです。決して学会を公的管理下に差し出して得られる診療報酬の増額ではありません。
最終案までまだ時間はあります。ぜひ、しっかりともう一度議論がなされることを望みます。

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