最新記事一覧

Vol.578 日本社会の変化と医療・介護

医療ガバナンス学会 (2012年8月22日 06:00)


■ 関連タグ

この記事は時事通信社「厚生福祉」7月20日号(5920号)からの転載です。

医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員
社会福祉法人太陽会安房地域医療センター事務部長補佐
小松 俊平
2012年8月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


日本人は、より高齢になり、孤独になり、貧しくなりつつある。日本のこれからの医療・介護を考えるには、このことをよく認識しておかなければならない。

●高齢化
高齢化については、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口が注目される。筆者は、日本社会についての予測の中で、これほどインパクトがあるものを他に知らない。あらゆる社会システムの根本的見直しを迫られる予測である。
「日本の都道府県別将来推計人口」(2007年)によれば、2030年の全国の人口は、2010年と比較して1195万人減少する。これに対して、65歳 以上の人口は、726万人増加する。このうち37%に当たる267万人は、首都圏1都3県における増加分である。世界最大の都市圏で、史上最速の高齢化が 進行するのである。
高齢化は、首都圏で医療・介護需要を爆発的に増加させる。筆者らの「医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移 予測」(「厚生の指標」59巻1号、2012年)によれば、2030年の全国の療養病床・入所介護の需要は、2010年と比較して84万7822床増加す る。このうち28万8059床、率にして34%が、首都圏における増加分である。2030年の全国の一般病床の需要は、2010年と比較して8万6723 床増加する。このうち4万1984床、率にして48%が、首都圏における増加分である。
しかも、これまで医療計画制度は、対人口比病床数の地域間格差を許容し、首都圏における医療供給を抑制してきた。首都圏は、現状でも医療の需給が最も逼迫 している地域である。これまで地方の医療危機が強調されてきた。しかし、最も危機的状況にあるのは、地方ではなく、関東と東海の都市部である。
また、これまで高齢化と医療・介護の問題は、「2025年問題」といわれてきた。しかし、65歳以上の人口がピークを迎えるのは2042年と予測されている。2025年は通過点に過ぎない。さらに先を見据えなければならない。

●孤独化
孤独化については、厚生労働省の「国民生活基礎調査」が事態の一端を示している。これによれば、2000年の全国の65歳以上の者のいる世帯のうち、単独 世帯は307万9千世帯、夫婦のみの世帯は423万4千世帯だった。これに対して、2010年の単独世帯は501万8千世帯、夫婦のみの世帯は619万世 帯だった。10年間で独居高齢者が63%増加したことになる。
国立社会保障・人口問題研究所の「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2008年)によれば、独居高齢者はこれからも増加し続ける。2030年には65歳以上の者の19.6%に当たる717万人が独居になると予測されている。
孤独化は、療養病床・入所介護の需要をさらに押し上げる。先に示した筆者らの試算は、これを考慮していない。

●貧困化
貧困化については、様々な指標があるが、ここでは厚生労働省の「国民健康保険実態調査」が示す国保被保険者の状況を紹介する。これによれば、2010年度の国保被保険者3920万人の前年の平均所得は、1世帯当たり145万円、1人当たり83万7千円だった。
これに対して、2008年度の国保被保険者の前年の平均所得は、1世帯当たり168万円、1人当たり95万6千円だった。2010年度と比較すれば、リーマン・ショックの影響の深刻さをみてとることができる。
さらに遡って、1993年度の国保被保険者の前年の平均所得は、1世帯当たり239万円、1人当たり109万円だった。IMFの「World Economic Outlook Database」(2012年)によれば、2009年の日本の名目GDPは、1992年と比較して3.4%減少したにとどまる。これに対して、国保被保 険者の平均所得は、1世帯当たり39%、1人当たり23%減少したことになる。
国保被保険者は、平均世帯所得145万円の中から、平均保険料14万4千円、さらに受診時に自己負担分を支払っている。これと生活保護の基準を比較すれば、我が国セーフティ・ネットの矛盾と破綻の状況が浮かび上がってくる。
貧困化は、医療・介護へのアクセスを困難にする。アクセスを保障するには、多くの資源が必要になる。さらに、ここでも孤独化の問題が加わり、必要な資源の量を押し上げる。

●安房保健医療圏からみた状況
筆者は、千葉県の安房保健医療圏にある亀田総合病院と安房地域医療センターに勤務している。亀田総合病院は、鴨川市にある許可病床数925床の病院であ る。千葉県南部の基幹病院として3次救急を担っている。安房地域医療センターは、館山市にある許可病床数149床の病院である。経営難に陥った安房医師会 病院を、亀田グループの社会福祉法人太陽会が引き受けたものである。館山市と南房総市の2次救急を多く担っている。
安房保健医療圏では既に高齢化が相当進行しており、医療・介護需要の伸びは緩やかである。しかし、亀田総合病院では需給の逼迫した周辺の2次保健医療圏、さらに千葉県北部や東京からの患者の流入が増え続けており、救急医療のための病床確保が難しくなっている。
国政調査によれば、2010年の館山市の総人口は4万9290人、65歳以上の人口は1万5475人、65歳以上の単身者数は2900人である。高齢化 率、高齢者の独居率ともに全国より高い水準にある。社会保障推進千葉県協議会が行った市町村への国民健康保険アンケートによれば、2010年の館山市の総 世帯に占める国保加入世帯の割合は45.3%、国保加入世帯に占める前年度滞納世帯の割合は30.5%といずれも高率である。国民健康保険実態調査によれ ば、2010年の市町村国保被保険者1人当たりの課税標準額は、全国63万8094円に対し、館山市59万8316円である。館山市にある安房地域医療セ ンターでは、医療・介護へのアクセスに困難を抱える患者をよく目にする。例えば、独居で移動手段がなく、交通費や医療費の自己負担分を嫌って病院に行か ず、症状が顕著になってから救急搬送され、初診で入院となる患者がいる。あるいは、自宅に戻るのが困難であるにもかかわらず、資力の関係で療養病床、老人 保健施設を利用できず、特別養護老人ホームの利用を待機している患者もいる。

●どうすべきか
社会保険財政、地方財政、国家財政が悪化する中で、医療・介護の需要増に応え、医療・介護へのアクセスを保障しなければならない。
医療・介護システムを最後の砦として支えるのは、多くの病床、医療従事者、医療設備を保持し、高い病床利用率と短い平均在院日数で、高度な医療を提供する 病院である。よく機能している病院は、関係者の長期間にわたる努力と、地政学的条件などの諸条件によって、奇跡的に維持されている極めて脆い存在である。 療養病床・入所介護の需要で一般病床が埋まってしまい、急性期病院が機能しなくなる事態を防がなければならない。
事態は極めて複雑かつ困難で、問題の統一的解決は不可能である。国や地方自治体は、法規範の権威的決定とその執行というスタイルで作動する。公権力という 強い力を持つがゆえに、手足を厳密に拘束せざるを得ない。複雑かつ困難な状況を的確に認知し、迅速かつ臨機応変に対処することを期待するのは無理である。
結局、現場にあるそれぞれの医療・介護の経営主体が、目を見開いて世界をよく認識し、認識した世界と自己を対照して、自らを変え続け、さらに社会を変え続 けていくしかない。工夫に工夫を重ねた特殊な成功例を積み重ねることである。国や地方自治体の役割は、特殊な成功例が多く出るような環境を整えることであ る。現場に自由を与え、環境の公正さを保障しなければならない。
亀田グループでは、医療・介護の供給増のネックとなっている看護師の養成に全力を挙げると同時に、安房地域医療センターにおいて、社会福祉事業として医療 を公定価格より安く提供すること(無料・低額診療事業)、従来の居宅での生活が困難になった地域の高齢者へ、安房地域医療センターの近隣で集合住宅、在宅 医療、居宅介護を一体的に提供すること(安房セーフティ住宅構想)などを検討している。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ