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Vol.580 買い物弱者問題~大学・行政・地域の連携による取り組み~

医療ガバナンス学会 (2012年8月24日 06:00)


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岡山大学大学院環境学研究科
大学院生 房安 功太郎
2012年8月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


都市部にお住いの方々にはあまり馴染みがないかもしれないが、岡山県のような地方では”買い物弱者”という言葉が大きな関心を集めている。これは主に過疎化高齢化がもたらす地域衰退の現象の一つである。
厚生省の発表によれば、我が国の総人口は2060年に約8600万人に減少する。さらに、65歳以上人口が約4割を占める超高齢社会の到来が予想されているが、地方部においては、既に全国に先駆けて人口減少・高齢化が著しく進行している。
今回私が研究対象としたTという地域のある岡山県真庭市は中国山地のほぼ中央、県北部に位置し、人口5万人の小さな市である。T地域は高齢化率40%を超 える超高齢化地域であり、こうした地域は全国の中山間地域に多く存在している。そのような地域では、医療や公共交通等の生活関連サービスを必要とする高齢 世帯が増加する一方で、採算性の悪化によりそれらのサービスや施設が地域から撤退している。また、市内中心部への大型スーパーの出店など商業の一極集中に より、古くから地域に密着して商売を営んできた食料品・日用品を扱う小売店も激減している。それは、自家用車を運転できない高齢者の生活圏内から小売店が 無くなることを意味し、食料品等生存のために必要不可欠な物資の調達に不便を感じている “買い物弱者” が発生しているというのである。将来的にはさらに地域の小売店が減少し、住民生活に大きなダメージを与えることが予想される。

私は上記の問題の研究のため、平成22年度から真庭市内のT地域に入り調査を行った。研究は市の職員(であり、調査対象地域の住民、かつご自宅が移動販売 を行う商店でもある)のお宅に泊まり行ったが、調査開始時にその方から数点の指摘とアドバイスをいただいた。それは、a)政策提言へ繋がる研究をするこ と、b)田舎での調査は人間関係に十分注意すること、c)買い物弱者という言葉は地域外の言葉であり地域内には存在しない、ということであった。a)と b)については理解できたものの、c)については現地での研究を始めたばかりの私には十分理解することが出来なかった。
平成23年度には、私が行った研究がご縁で岡山大学農学部と真庭市が”買い物弱者”の支援を目的とする共同研究を開始することとなった。共同研究では市内 全域を対象とし,地域住民の生活実態を把握すべく、アンケート票を配布、調査を行った。結果、調査対象となった自治会(自治会とは行政区のことである)の 約4割が、買い物弱者を抱えている現状が明らかになった。さらに、今後10年以内に買い物弱者が新たに発生すると予想している自治会が多く、10年後には 調査対象となった自治会のうち約9割が、買い物弱者を抱えることになると予想される。そして、この調査結果を受け、具体的な買い物弱者支援方策を検討する ため、市内のいくつかのエリアを選出し、より踏み込んだ調査を行った。

岡山大学は、地域住民へのアンケート調査及び分析を担当した。調査に際して直面した問題は、どのように地域に入り込み、住民の本音を聞き出すかである。私 の専攻は農業経済学であり、フィールドを必要とする研究分野であるが、研究を行う際常に苦労するのがこの点である。突然お邪魔して、すぐに現場の声が聞け るものではない。そこで、市の職員(であり、調査対象地域の住民でもある)の協力を得て、夏祭り、運動会等の地域行事へ参加し、約1年をかけて徐々に地域 住民との人間関係を築いていった。またアンケート調査時には、職員の方のご厚意でご自宅に泊り込ませてもらい、地域の世帯を一軒一軒訪問し、じっくりと住 民の方の声に耳を傾けた。調査時には私の存在が認知されていて、警戒心を持たれず、かなり本音に近い意見を聞けたように思う。
この調査の結果は、意外なものであった。日常の買い物に困っている住民は、存在しなかったのである。その理由として、1)小規模個人商店の移動販売 2)住民同士の相互扶助の存在があげられる。地域には、かつてに比べ減少したものの、小規模の個人商店が営業を続けている。これら商店が、移動販売により 地域の高齢者へ日用品を供給している。また農村地域には、昔ながらの地域コミュニティが今も存在しており、住民同士の結びつきは強い。買い物に困っている 高齢者がいれば、隣近所が買い物を代行するといった相互扶助が日常的に行われている。このような理由から、買い物弱者と呼ばれる人たちが深刻なまでに日常 の買い物に困難をきたす事態には至っていない。もちろん当事者である住民には、買い物弱者などという自覚はない。これが、先に書いたc)買い物弱者という 言葉は地域外の言葉であり地域内には存在しない、ということである。
さらにもう一点、調査の中で新たな発見があった。高齢者が地域で生活する上で最も重要視している要素、それは”人とのつながり”であった。しかし、人口減 少が進行する当該地域においては、隣近所が空き家になっていることが多く、また足腰の弱ったお年寄りが離れた場所の知人に会いに行くことは難しい。一日中 誰とも会わない・話さない高齢者が多く存在するのである。

以上述べてきたように、過疎地域の実情は一般的に認識されているものとは大きく異なっていた。多くの高齢者が「不便だが,困ってはいない」と話したよう に、地域の力で買い物弱者をサポートする仕組みができている。しかしながら、今後は単に物資を供給するのみならず、同時に”日常のコミュニケーション機 会”を提供していくことが求められる。現在、一人暮らしの高齢者に数少ない会話の場を提供しているのは、やはり地域商店である。移動販売時の何気ない世間 話が、高齢者にとってかけがえのないものとなっている。以上のことから、地域商店や地域コミュニティがその機能を維持・発展していけるよう支援すること が、有効な買い物弱者支援策(コミュニケーション支援の視点も含めた)の一つではないかと思う。

なお、買い物弱者の問題は過疎地域に限ったものではない。都市部においても郊外団地等で住民の高齢化が進行し、買い物弱者が発生している。移動販売を行う 地域商店が存在せず、地域コミュニティが弱体化した都市部においては、真庭市のような地域とは異なる対策が必要である。はたして高齢者がネットスーパー等 を利用できるのであろうか。また、コミュニケーション機会の提供は可能であろうか。買い物弱者問題が本当に深刻なものとなるのは、都市部においてかもしれ ない。
また、それらの課題解決に向けて大切なのは、”買い物弱者”に代表される外からの視点ではなく、そこにある現実を見る、地域(現場)からの視点であると考える。そして、今回の行政・地域と大学との連携は、新しい大学の在り方を模索する絶好の機会となったように思われる。

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