最新記事一覧

Vol.586 医師法21条改正に際しての注意点

医療ガバナンス学会 (2012年9月3日 06:00)


■ 関連タグ

この記事は月刊『集中』2012年9月号より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. 医師法21条の次は業務上過失致死罪
医療と法律の不整合は多々ある。それらに直面した場合、多くの法律家は往々にして、医療を現行の法律に合わせるべきだと言う。しかも、現行の法律の不合理 性にさえ言及しないこともある。しかしながら、少なくとも政策論的には、不合理な現行の法律を医療に合わせるよう指向すべきだと思う。この点に目をつぶっ て議論を進めるべきではない。
ところで、医療と法律の不整合の最たるものが、異状死届出(医師法21条)と業務上過失致死罪(刑法211条1項前段)であることに異論は無いであろう。 そして、その2つのうちの根幹は紛れもなく、業務上過失致死罪(刑法211条1項前段)である。しかしながら、医師法21条の改正について議論する際、業 務上過失致死罪の改正については黙して語らないことが多い。せいぜい、改正は無理だとばかりに最初から及び腰のことも散見される。
もしも業務上過失致死罪の改正について何らの留保もせずに医師法21条の改正だけをしてしまったとしたら、それは最も危険なことだと思う。取りも直さず、医師法21条だけの改正によって、業務上過失致死罪の存在を事実上追認し、実務上も確固たるものとなる。
医師の根本的な不安をこの先、取り除く芽さえ摘んでしまう。つまり、医師法21条を改正する際には、業務上過失致死罪の見直しを付帯することが欠くべからざることである。

2. 医師法21条運用の落ち着き具合い
医師法21条に診療関連死が含まれるように法解釈が変更になった当初は、医療界は大混乱した。しかし、医師法21条の不安は厳然としてあるものの、今はそ の運用に落ち着きが見られるようになったように思う。落ち着きの最も大きな要因は、何と言っても、福島県立大野病院事件である。
福島県立大野病院事件の福島地方裁判所の平成20年8月20日判決の意義は、業務上過失致死罪の無罪だけではない。医師法21条では、診療行為が無過失の 時には届出義務がないと解釈したことに、大きな意義があった。「本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもって しても避けられなかった結果と言わざるを得ないから、本件が、医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない」という言い回しで判示し たのである。
この判決の実務運用面での好影響は大きい。何と言っても、医療行為に過失が無かったと判断したならば、それだけで医師法21条の届出をしなくてよいという のであるから、実務運用上、簡明で使いやすい基準である。異状死届出の医療現場での混乱が収まって来た大きな要因であろう。
ただ、現行の法律を尊重しがちな多くの法律家は、往々にしてこの判決部分を過小評価しようとする傾向が強い。最高裁判決でなく下級審判決だからとか、実体 の無罪に合わせた当該事例限りの射程範囲などと言う。法理論的にはありうる見解ではあるが、そこには医師法21条の不安を極大化する政策論が潜みがちなだ けに注意を要する。

3. 医師法21条改正の交換条件
医師法21条を改正するためには、厚生労働省と政策的な取引を行わねばならない。厚労省にはその組織としての当然の政策原理として、行政処分権限の拡大指 向がその底流にある。呼び水がありさえすれば、いつでも拡大に向かう準備が整っているところであろう。ひと口に拡大と言っても正確には、行政処分の機動化 である。もっとわかりやすく言えば、行政処分を刑事の確定判決がなくてもできるようにすることと言ってよい。結果として、行政処分者数が増加する。
医師法21条改正の動きを進める際には、行政処分者数の増加がその交換条件になりかねない。医師法21条改正によって警察への異状死届出が減れば、業務上過失致死罪の刑事捜査が無くなりはしないけれども、捜査数は確実に減少する。そして、その分を行政処分に回す。
医師法21条改正の働きかけが、行政処分の拡大を呼び込まないよう、その取引には細心の注意を払わねばならない。

4. 医師法21条改正の代償
刑事捜査が開始する原因は3つある。1つ目は医師法21条で、この数が圧倒的であろう。2つ目は患者遺族による刑事告訴であるが、これはもともと多くはな い。医療の外側からの訴えなので、刑事事件として立件しうるに足る厳密な証拠に欠けることが多いからであり、他の2つに比べればさほど深刻に考えなければ ならないほどではなかろう。3つ目が大問題であり、それは医療側内部からの告発である。
医療サイドからの内部告発がきっかけとなって大事件になった先例の数々は、誰でもいくつも思い浮かべられるであろう。福島県立大野病院事件も周知のとお り、福島県の医療事故報告がきっかけとなっており、それも実質的には内部告発であった。医療の側からの告発は、患者の側からの告訴告発とは決定的にその重 みが異なる。医療の側からの内部告発は、刑事事件として立件しうるに足る厳密な証拠であるのが通常であろう。だからこそ、警察が本格的に捜査を開始でき る。
さて、医療だけのことを固有に考えれば、中立的専門的第三者機関も必ずしも悪くない。しかしながら、中立的専門的第三者機関の厳密な事故報告書は、厳密な 専門性を有し、中立的公平性を有するだけに、超一級の厳密な証拠である。警察にとっては安んじて捜査の証拠とできるし、厚労省にとっても安んじて行政処分 の証拠とできよう。
医師法21条を改正する代償として、刑事捜査や行政処分を提供してはならない。ところが、中立的第三者機関を医療者が医療者としての良心のみに従って設立 すると、結果として、それが医師法21条改正の代償として、刑事捜査や行政処分を医療界に自ら呼び込んでしまう。仮りに中立的第三者機関を設立するとした ら、そこにとんでもない代償を差し出さないよう、細部まで慎重に注意しなければならない。
医療事故調査委員会の制度設計は、それらの代償を差し出す羽目にならないよう、細部こそを十分にチェックしていかねばならないと思う。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらにメールをお願いします。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ