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Vol.595 相馬高校の灘中学校・灘高等学校への訪問

医療ガバナンス学会 (2012年9月18日 06:00)


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福島県立相馬高等学校理数科三年
稲村 建
2012年9月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


相馬高校理数科三年の稲村建です。僕達相馬高校の3年生9名と福島高校1年生の及川孔君の10名で、8月17日から19日にかけて灘中学校・灘高等学校を 訪問しました。今年の3月に灘高校さん10名程によるグループが相馬高校を訪問され、また8月9日にも前回とは異なるメンバー構成で灘中学・灘高校の皆さ んが相馬高校を訪問されました。今回はそのお返しという形でしたが、世に名高い灘高校から多くを学ぼうという意志を持っての灘高校訪問でした。その中で僕 が学んだ事や僕自身の内側で生じた変化をここでは記録したいと思います。

僕が灘校生から学んだもの、それは何よりも灘校生の積極性です。この灘高校訪問の初日に、僕達相馬高校生が学校の課題研究として行っていたゲーム理論の研 究成果の一部を、授業形式で発表をさせていただきました。この研究は今まで相馬高校内でのみ発表したものなので、どのように評価されるか不安だったのが本 心でした。内容のレベルの低さに呆れられたりはしないかという心配もあったのです。しかしながら灘校生の皆さんは、明確な意思表示、白熱の議論、合理的な 考察を行いながら、積極的に授業に参加していました。これほどまでに授業を行う側が有意義に感じる授業を、果たして相馬高校で行う事は出来るのだろうかと 思ってしまうほどでした。

また、灘校と相馬高校の交流は、灘校生の震災への関心や調査が本題です。彼らは、当事者である相馬高校生を凌駕せんという関心の高さで、震災というものを直視されていました。

灘校訪問二日目には、相馬高校の蜂須賀康太君による震災体験談の時間を設け、彼が経験した震災や原子力発電所事故をありのままに語っていただきました。彼 は、一年生の時は原子力発電所が直ぐ近くにある双葉高校に通っていて、震災の後、相馬高校に転学しました。彼の話を聞いて灘校生のみなさんが何を感じたの かは僕には知り得ませんが、真摯に体験談を聞く姿や、『これから』に繋げていこうという意志に溢れた様子が印象的でした。

灘校生のみなさんは、今回の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の記録や記憶―これからの日本の未来を担う高校生という立場から見た―を出来る限り存 続し、広めて行きたいとおっしゃっていました。灘校の文化祭での発表の計画や、インターネットを通した主張(「THINK NUKE」 http://medg.jp/mt/2012/08/vol567think-nuke.html)など、彼らは既に動いています。震災から一年半が経 過した今、日本中では東日本大震災という出来事が『過去』となって薄れ始めています。彼らは、阪神淡路大震災の発生年かその数年の内に生まれた身として、 同じ大震災である一年半前の出来事を『現在』のものとして息吹を与えようとしているのです。

相馬高校生には、彼らの様な積極性が足りませんでした。灘校訪問の10日程前に灘校生の方々が相馬高校に訪れた時には、今回灘高校に出向いたメンバーと我 が校の生徒会役員が交流をしましたが、その時に僕が感じたのは、相馬高校生が自分勝手に作る灘校生への勉強に関する壁です。毎年東京大学を始めとした有名 大学に相当な人数を輩出している灘高校ですから、相馬高校との間に学力の差がある事は事実です。しかしながら、相馬高校は学力以前の問題として、積極性と いう隔たりを埋めなければなりません。相馬高校が進学校としての実績を上げるためには、というだけでなく、相馬高校がいわゆる伝統を重んじるあの『相馬高 校』であるためには、それが重要なのではないでしょうか。そして、東日本大震災と原子力発電所事故の二つが重なる福島県相馬市という場所に住む人間とし て、彼ら灘校生に劣らない積極性で、この震災や事故を伝えていかなければならないのだと思います。

僕自身は、「ただ闇雲に反原発を訴え続けるこの状況に疑問を投げかけ、本当の議論を通じて日本の将来を見出す」というスタンスで、日々思想や文章化に励ん でいます。今年の5月に千葉の幕張メッセにて行われた日本地球惑星科学連合においては、福島高校の友人2名と共に「エネルギーをどのように選択するか」と いう題でポスター発表を行いました。また、7月には相馬高校理数科での課題研究発表会にて1コマ時間をいただき、「科学とどのように向き合ってゆくべき か」という題で意見を主張しました。ですが、灘校生との交流を通して「まだ足りない」と思うようになり、僕のこれらの活動への意欲は更に深まる事となりま した。

今回の灘校交流会は、僕にとっては世界を広げてくれた存在です。今までの狭い領域での関わり合いでは為し得なかった事を、灘校生との友好の輪が可能にして くれました。「僕自身の住む相馬市だけでない、もっと広いレベルでの活躍をしたい」そう思う気持ちが高まったのです。勿論そのためには、残るところ既に半 年を切ってしまった大学入試という闘いを乗り越え、勝ち抜かなければなりません。震災後の相馬高校は、灘校との交流会だけでなく、代々木ゼミナール現代文 講師の藤井健志先生や同英語講師の安藤勝美先生、東京大学経済学部松井彰彦教授とそのゼミ生の方々などをはじめとして、様々な方々による支援をいただいて います。只今挙げた方々は、将来を勉学によって切り開きたいと志望している僕にとって、実に力強い支えとなっている方々です。相馬高校は、このような支援 をただ享受しているだけではいけません、その支援という激励に応えなければならないのだと思います。

灘校の方々は「震災を風化させない」ために活動をしています。ですが、相馬市がいつまでも『被災地』であってはならない事も事実です。被災地という言葉 は、往々にして負の印象があり、その言葉自体が復興の足枷となっている様に僕には感じられます。我々自身が歩み、震災前以上の東北を構築することで、よう やく復興という言葉が意味を為すのだと思います。「福島県相馬市は被災地では無い。日本の未来を担う希望の地なのだ」そう胸を張って言える時が来る事を願 い、実現できるよう邁進して行きたいと思います。

最後になりますが、今回の訪問が実現できたのは、灘校OBである上昌広先生、坪倉正治先生が中心となって僕たち生徒分の旅費を寄付という形で工面していた だいたからです。ご寄付いただいた上先生、坪倉先生、岡本雅之先生、世界こども財団、及川友好先生、藤井健志先生、石井武彰先生、小柴貴明先生に心から感 謝申し上げます。
また、灘校の先生方にも物心両面から本当にお世話になりました。特に、前川直哉先生には言葉では言い尽くせないくらいにお世話になりました。灘校の合宿所で泊まりがけで僕たちの面倒を見ていただき、お別れのときには新幹線の中までお見送りに来ていただきました。
このように多くの方々に支えられての訪問であったことに改めて感謝をして、僕の訪問記録を終えたいと思います。

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