医療ガバナンス学会 (2012年9月20日 06:00)
この記事はMMJ (The Mainichi medical Journal 毎日医学ジャーナル) 9/15発売号より転載です。
弁護士 井上清成
2012年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2. 個々の医師・医療機関の信頼回復に向けて
たとえば、厚労省が機動的な行政処分を大量に行ったとする。そうすれば、確かに厚労省と厚労行政に対する信頼は回復しよう。しかし、医療界全体の信頼は回復しない。しかも、処分対象となった個々の医師と個々の医療機関は甚大なダメージを受ける。
では次に、医療団体が中立的第三者機関を設立して、中立公平な医療事故調査をしたとしよう。そうすれば、きちんと調査をし中立公平な認定をし適切な指示監 督をした医療団体は、その信頼を回復する。しかし、医療団体に丸投げをしただけの個々の医師・医療機関は、当該医療事故の患者・家族には決して信頼を回復 してもらえない。しかも、時には、医療団体の認定と個々の医師・医療機関の見解が決定的にくい違い、個々の医師・医療機関の人権侵害が生じる恐れすらあろ う。
つまり、厚労省や医療団体が主導したのでは、個々の医師・医療機関への不信は解消されず、信頼は回復されない。主導するのは、あくまでも個々の医師・医療 機関自身でなければならない。法律家固有の観点から言えば、当該医師・医療機関自らが自律的に主導して行わなければ、常に人権侵害の恐れが拭い去れないの で、なおさらである。
個々の医師・医療機関の信頼回復をストレートに実現しうる方策こそが、真に望まれる対策であると思う。
3. 院内事故調を開催する権利
個々の医師・医療機関の信頼を端的に回復する方策は、院内の事故調査委員会である。医療事故が起こったらその患者家族に対し、当事者である主治医がまずそ の原因を説明するであろう。しかし、事故によって不信に陥った患者家族は、心情的にも中々理解しようとしないかもしれない。それでも理解し納得してもらう ために、当該医療機関の上級医や院長が登場する。ただし、単に登場しても患者家族にはインパクトがない。そこで、その医療機関を挙げてバックアップ(支 援)する必要があろう。それこそが院内事故調査委員会の役割にほかならない。だからこそ、その支援の役割を十分に果たし、主治医のみならずその医療機関自 体の信頼を回復するために、できる限り内部委員のみで行うことが要請される。
よく院内事故調だと信頼性・客観性に乏しいから外部委員による中立的第三者機関が望ましいという声を聞く。しかし、これから院内で事故調査をしようという 前に最初から「信用できない」などという患者家族の声は、濫用とも言え尊重に値しない。まずもって院内事故調を開催して自ら事故調査を行うのは、当該医 師・医療機関の責務であると共に権利でもある。また他方、自ら院内事故調を開いて事故調査をしようとする事故当事者たる医師・医療機関を押し退けて、率先 して事故調査をしようという中立的第三者機関や医療団体があったとしたら、それも濫用とも言え傲慢に感ぜざるをえない。
4. 中立的第三者機関の役割
では、医療団体が創設する中立的第三者機関の役割は何であろうか。
医療の一方当事者たる当該医師・医療機関の院内事故調を支援することに尽きよう。いわば当該医師・医療機関の背中を押して前面に押し出すことである。具体 的には、院内事故調の結果に不信を拭い去れない他方当事者たる患者家族の異議申立てを受けて、院内事故調のプロセスと内容をトレースし、不備や不足を チェックして院内事故調自らにやり直させることであろう。もちろん、不備や不足がなければ、そのままでオーケーだと追認してあげるのは当然である。
決して医療団体の中立的第三者機関自らが乗り出して来て、自らが調査して自らが認定してはならない。あくまでも主役は院内事故調である。中立的第三者機関は脇役もしくは支援者にすぎない。
医療団体の役割が指導や教育にあるとしたならば、院内事故調に不備・不足を指摘しつつ差し戻して自身でやり直させることに徹する。これこそが真の指導であ り教育であるとも言えよう。特に、一義的な世俗的認定は国家的装置たる司法・裁判所が行うことであり、医療団体が行うべきことではあるまい。