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Vol.606  郷に入っても郷に従わず その7~ カロリー制限をしたサルの研究から学んだこと

医療ガバナンス学会 (2012年10月5日 06:00)


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ハーバード大学リサーチフェロー
大西 睦子
2012年10月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1930年代、「カロリー制限によってラットの寿命が約40%も延びた」という報告がありました。その後、昆虫やマウスなどでも、カロリー制限の寿命へ の効果が次々と報告されました。次は当然、カロリー制限が人間の寿命に影響するかどうか、という疑問が出てきますよね。そこで、人間に近い動物であるサル を使って、2つの施設が同じ頃に、カロリー制限の寿命や健康に対する影響を調査し始めました。
ひとつは、1987年に開始された米国国立老化研究所(National Institute on Aging :NIA)の研究、もうひとつは、1989年に開始されたWisconsin National Primate Research Center (WNPRC) の研究です。
WNPRCのグループの研究成果は、2009年に『Science』誌に報告されました。研究チームは、7-14歳の成人したアカゲザルに30%の食事 制限を行い、20年にわたり食事制限のないグループと比較しました。20年間の観察の結果、食事制限をしたサルは、がん、糖尿病、心臓病などの発症が少な く、見た目も若々しく、寿命が延びました。この研究によって、小動物だけではなく霊長類においても、「カロリー制限で寿命が延びること」が初めて証明され ました。この報告以降、カロリー制限によって、老化が遅くなり、健康的に長生きができるという考えが広まりました。

最近『Nature』誌に、NIAから、同じように20年間以上アカゲザルに30%の食事制限を行った研究結果が報告されました。驚いたことに、「食事 制限のないグループのサルと、成人以降から食事制限を始めたサルとでは、寿命が同じだった」という結果でした。食事制限を始めたサルは、多少の健康状態の 改善がありましたが、いずれにしても個体差が大きく、全年齢で総じて見れば、WNPRCの報告にあるような劇的な変化は認められなかったのです。
この衝撃的な報告から、様々な反響が起こっています。「なんだ、ダイエットしても健康に影響はなく、寿命は変わらないんだ。それなら、安心して好きな物 をたくさん食べよう!」と解釈される方もいるかもしれません・・・? いえいえ、ちょっと待って下さい!この2つの実験には、実は大きな違いがあるので す。それは、サルの餌の内容と食べ方です。NIAのサルは、かなり質がよい、グルメな餌を与えられています。一方、WNPRCのサルは、NIAのサルの餌 に比べるとファーストフードのような餌です。さらに両施設のサルには、遺伝子的な背景の違いもあります。
そこで、サルの食事の内容を、栄養面から細かく分析してみましょう。

●炭水化物(糖質)
炭水化物は、糖質と食物繊維に分類されます。糖質の種類は、単糖類(ブドウ糖・果糖など)、ニ糖類(ショ糖・麦芽糖・乳糖など)、多糖類(デンプン・グリ コーゲンなど)があります。糖は、私たちが生きていくために必要なエネルギー源ですが、過剰摂取は、糖尿病、肥満、動脈硬化などの原因となります。従っ て、『摂取後、急激に血糖を上げず、ゆっくりと吸収され満腹感を得る。』ものが、質のよい炭水化物になります。
サルの例に戻りますと、
どちらの餌も炭水化物(糖質)を約60%含みますが、NIAのサルの主食は、小麦やとうもろこしをすり砕いたもので、食物繊維、 ビタミン、ミネラルが豊富です。一方、WNPRCのサルの主食はコーンスターチやショ糖です。WNPRCサルの餌は、ショ糖成分を28.5%含むのに対 し、NIAでは3.9%とかなり低めです。コーンスターチは、とうもろこしから取れたでんぷんですから、とうもろこしのような全粒穀物としての利点はあり ません。さらに、ショ糖の摂り過ぎは、高脂血症、脂肪肝や糖尿病の原因になります。従って、WNPRCの食制限のないサルは、2型糖尿病の発症が多かった ことが考えられます。

●脂質
脂質は、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。さらに不飽和脂肪酸は、オメガ3系、6系などに分類されます。飽和脂肪酸は、ラードやバターなど、肉類 の脂肪含まれていて、中性脂肪やコレステロールを増加させる作用があるため、血中に増えすぎると動脈硬化の原因となります。一方、不飽和脂肪酸は、魚類や 植物油に多く含まれ、エネルギー源や身体の構成成分となるほか、血中の中性脂肪やコレステロールの量の調節を助ける働きがあります。特に、不飽和脂肪酸の ひとつである「オメガ3系脂肪酸」が、細胞膜の材料となり、中性脂肪を減らし、善玉コレステロールを増やすことで知られています。オメガ3系とオメガ6系 の比率は1対1~4が理想と考えられています。NIAの餌は、大豆、魚、小麦やトウモロコシなどの天然成分から油を使用しており、魚の油によりオメガ3系 が豊富に含まれています。一方、WNPRCの餌はコーン油です。コーン油は、オメガ3系:オメガ6系が1:49と非常に偏っています。従って、WNPRC の食事制限のないサルは、質の悪い脂質を摂取のため、心臓病の合併が多かったことが考えられます。

●餌の作り方
WNPRCの餌は、精製された餌を使用しています、精製された餌は、すべての栄養素の含有量や由来が明確で、常に同じ内容です。従って、繰り返し長期に 餌を与えても、一定した結果が得られますので、現在多くの栄養学的な研究で使用されています。ただし精製された餌は、ビタミンやミネラルが欠乏しています ので、後から添加されます。実際、私たちのマウスの研究に使っている餌も同じ方法で作られています。例えば、高脂肪の影響を見たい場合、比較対照するグ ループの餌と同じ成分の餌を用意した上で、脂肪の割合だけを調整できます。他の成分の影響を心配する必要がなく、純粋に高脂肪が個体に与える影響を観察で き、結果も安定します。一方、NIAの餌は天然成分がベースとなっているため、一回分の食事の栄養組成にバラツキがあります。より私たちの人間の食事に近 いと思われますが、含有量や由来が一定しないため、このバラツキが、個々のサルの病気の罹患率の差につながったのかもしれません。

●餌の食べ方
WNPRCの食事制限なしのサルは、いつでも好きな時に好きなだけ餌を食べることができましたが、NIAの食事制限なしのサルには一定量が与えられていま した。実際、WNPRCの食事制限なしのグループは、NIAの食事制限なしのグループよりも体重が増えていました。ショ糖が多いWNPRCの餌は美味しく て、サルの食欲も増えたことと思われます。一方、食物繊維の多い餌を摂取したNIAのサルは、満腹感を得たことと思われます。

●遺伝子的背景
WNPRCのサルはインド由来で、NIAサルはインドや中国から由来しています。こうした遺伝的背景の違いも、結果に影響していると考えられます。

さて、以上がカロリー制限の寿命への影響に関して、サルを使った2つの代表的な研究の話です。WNPRCのダイエットは、餌の内容、食べ方が全体的に不健 康であり、カロリー制限をした結果、サルの寿命が延びて若々しく健康になりました。一方、NIAのダイエットは、食事制限グループと比較対照グループどち らも健康的な食事で、食べ方も決まっていました。その意味で、NIAの比較対照グループは、すでに食事の管理がされていたとも言えます。やはり、食事の内 容と食べ方が大切なのでしょうね。同じ1kcalでも、素材によって体に対する影響は異なります。健康のためには単なる”カロリー”制限でなく、「質のい い食事を、適度に食べる!」ということが今回の論文から学び取れると思います。皆さんは、この20年間にも及ぶサルの実験から、何を読み取られるでしょう か?

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