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Vol.616 腎移植患者における東日本大震災の影響 福島県いわき市からの報告

医療ガバナンス学会 (2012年10月18日 06:00)


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財団法人ときわ会 常磐病院
新村 浩明
2012年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東日本大震災からすでに1年半以上が経過しました。福島県いわき市に本部を置くときわ会グループは、腎不全と泌尿器科疾患を中心に診療を行う医療グループです。これまで、震災時の透析患者移送に関してこの場をお借りして報告してきました。
Vol.404 東日本大震災透析患者移送体験記 http://medg.jp/mt/2012/02/vol404.html
Vol.501 東日本大震災1年 透析患者移送その後の記録 http://medg.jp/mt/2012/05/vol5011.html
ときわ会グループでは、震災以前より腎不全治療の一環として、生体腎移植を行っており、東日本大震災までに22例の腎移植を行っています。また、他院で腎 移植術が行われた方も通院されており、ときわ会グループで腎移植を行った方を含め、計30名の方が震災前に通院されていました。

一般的に腎移植術は、拒絶反応を抑制するために免疫抑制剤の内服は必須です。免疫抑制剤の内服を中止すれば、拒絶反応がおこり移植腎機能が廃絶してしまい ます。また、移植腎機能に関しては、各個人それぞれですが、基本的に単腎ですので健常者と比較してやや劣る場合がほとんどです。そのため腎移植後は、普段 から減塩食を基本とし、脱水にも気を付けなければいけません。

ときわ会グループのある福島県いわき市では、2011年3月11日東日本大震災において、最大震度6弱を観測し、震度4以上が約190秒続いた中で、震度 5強に相当する揺れの部分が40秒、震度5弱以上が70秒あったそうです。これは各観測地点のなかでは最長であったそうです。この長時間の揺れのためか、 市内全域で断水が発生しました。
また、2011年3月12日福島第一原発1号機水素爆発に端を発した原発事故の影響により、道路網の被災による遮断のないいわき市において、食料品はもち ろんのこと医薬品にいたるまでの物流がストップしてしまいました。これは、物流にかかわる会社やドライバーが、放射能汚染をおそれて、いわき市に入ること を拒否したためです。

さらにいわき市を震源とする震度6弱の余震が、2011年4月11日発生いたしました。この余震により、復旧しかけた水道が再び断水してしまうこととなり ました。このような過酷な状況をすごされた腎移植患者の移植腎機能に関し、震災から1年半を経過したのを機にその状況をまとめてみましたのでここに報告し たいと思います。
ときわ会グループでは、東日本大震災以前より腎移植患者30名(男19名、女11名)をフォローしていました。これらのうち生体腎移植は28名で、献腎移植は2名でした。移植されてからの期間は、35か月から241か月で平均122か月でした。

幸いにも腎移植患者の全例において、震災による怪我等の被害はありませんでした。震災後1年半経過し、残念ながら震災前血清クレアチニン値(以下 sCr)2.79mg/dlであった1症例で震災後透析再導入となっています。震災前平均sCr1.50mg/dl、震災1カ月後平均sCr1.53mg /dl、震災後1年後平均sCr1.90mg/dlで、震災後の移植腎機能は平均すると悪化している傾向にありました。CKD重症度分類で2以下の症例 (N=5)では震災前平均sCr0.90mg/dl、震災後1年後平均sCr0.92mg/dlと変わりがないのに対し、CKD重症度分類で3または4の 症例(N=25)では震災前平均sCr1.62mg/dl、震災後1年後平均sCr2.09mg/dlでした。

震災発生後の生活に関してアンケート調査をいたしました。避難状況ですが、いわき市に震災後も残られた方は67%(20名)、県内の他市町村に避難された 方は10%(3名)、県外に避難された方は17%(5名)、県内に避難後県外に避難された方は6%(2名)でした。平均避難期間は28.1日でした。県外 へ避難された中には、原発事故パニックの真っ最中の避難のため、12時間もかかって神奈川県に避難された方もいました。

震災以後の飲水状況ですが、87%(26名)の方が震災以前と変わらず飲水できたそうでしたが、13%(4名)の方が十分に飲水できず、その平均期間とし て4.3日であったと答えています。特筆すべきは、断水のため4日間沢水を飲料水として使用していた方がいらっしぃました。

震災後の食事状況は、47%(14名)の方が、平均16.2日間、カップラーメンやレトルトカレーなどの保存食が中心であったそうです。その中でもなるべ く塩分の少ない食事をとるように気を付けた方が多く見受けられました。なかには原発事故避難エリアに在住のため、緊急避難を強いられ、3月11日の震災発 生以降3月12日の夕食まで何も食べることができなかった方がいらっしゃいました。

震災後の免疫抑制剤の内服状況に関しては、全員の方が幸いにも手持ちの薬が間に合うか、当グループで処方することによって、中断することなく内服することができたそうです。また、免疫抑制剤以外の内服薬も同様に内服を継続できたそうです。

震災後透析再導入となった方は、震災後特別に水が飲めなかったとか、食事管理が不十分であった等はなく、震災による直接的影響は不明でした。もしかすると 震災の影響がなくとも、自然経過で移植腎機能が廃絶したのかもしれません。しかしながら、前述したように、CKD重症度分類で3または4の症例の移植腎機 能は、震災以降悪化傾向があり、知らず知らずのうちに様々な震災による食生活の変化やストレスの影響があったことは否定できません。

今回の経過を振り返ってみると、不幸中の幸いであったのが、すべての腎移植患者において免疫抑制剤の内服の中断がなかったことです。たまたま手持ちの免疫 抑制剤の在庫があった方が多く、震災発生直後に処方が必要な方は少数でした。いわき市内では、震災発生直後からしばらくは原発事故も重なり、院外薬局は営 業していませんでした。渡欧グループでは、院外調剤を利用しているため、院内には普段より必要最小限の内服薬の在庫しかおいてありませんので、この時期に 免疫抑制剤の処方を求めて多くの方がいらっしゃった場合は対応しきれなった可能性がありました。院外処方制度の災害時における脆弱性を肌で感じることとな りました。

ときわ会グループでは、東京女子医科大学泌尿器科の全面的な協力のもと本年4月に震災後初となる生体腎移植を行っています。血液型不適合移植であったため移植後の拒絶反応の発生が心配されましたが、現在まで非常に順調に経過されています。

腎不全医療には、血液透析をはじめ腹膜透析、腎移植があります。今回のような大震災発生時においては、水や透析液の必須となる血液透析や腹膜透析は、透析 のできるところに避難しなければ命に係わる状況になります。しかし、腎移植を受けた方は、水と薬さえあれば当面、腎不全に関しては回避できますので、そう いった意味で腎移植という選択肢は災害に強い治療法といえます。ときわ会グループでは、スローガンである『笑顔とまごころ、信頼の絆』を合言葉のもと、今 後も、各個人に至適でよりよい腎不全医療を提供できるよう努力していく所存です。皆様には、今後とも変わらぬご指導、ご支援を賜りますよう、心からお願い 申し上げます。

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