医療ガバナンス学会 (2012年10月22日 06:00)
~本来の趣旨を見失った「保険制度」に問題はないのか
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2012年10月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●フルラインで診療を行い、短期間で治癒率40%という目標設定
今回、茨城医療センターが不正請求を行った加算制度は、「入院時医学管理加算」と「医師事務作業補助体制加算」というものです。
まず、「入院時医学管理加算(別添3)」http://www.mhlw.go.jp/topics/2008/03/dl/tp0305-1h.pdf から見ていきましょう。
これは、そもそもは地域の中核病院として急性期医療を行う医療機関について点数を手厚く配分するものでした。
しかし2008年の改訂で、算定要件として、産科、小児科、内科、整形外科および脳神経外科のみならず精神科にも「24時間対応診療をする」ことが加わりました。
さらには、「退院後に外来通院治療の必要が全くない”治癒率”が40%」という要件も加わりました。
「治癒率40%」」の要件をクリアするのは容易なことではありません。いくつかの専門分野に経営資源を集中させ、医療機器とスタッフを充実させるのであれ ばまだしも、ほぼ全ての診療科の診療を行い、治癒率40%を達成するのは地域の中規模病院にとってはかなり無謀な目標設定です。算定病院が全 国にわずか170件あまり(大半の県では算定病院が0~3件しかありません)しかないのも当然でしょう(参考:「入院時医学管理加算届出医療機関における 指定状況」 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s0708-16g.pdf )
茨城医療センターはこの「治癒率40%」を満たしていなかったにもかかわらず加算申請したことが不正請求の理由でした。
●医師以外の手伝いをしてはならない “医師事務作業補助者”
もう1つ不正請求をしていたとされる加算制度が「医師事務作業補助体制加算」です。 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/01/dl/s0118-6c.pdf
こちらは、勤務医の負担軽減のために、診断書作成や診察・検査の予約の補助を行う事務員を設置し、本来の医療に専念する時間を作る、という趣旨で設定されました。
「事務員を設置して医者の負担を減らす」という趣旨は良いのですが、「専従」という2文字の要件が付けられたことが問題でした。これにより、「医師事務作業補助者」は文字通り”医師の仕事の補助”しか行えなくなったのです。
医師事務作業補助者が、月初めのレセプト処理の繁忙期に医療事務の仕事を手伝うことは許されませんし、外来の待ち時間が何時間になろうとも、看護助手の手伝いに入ることもできないということです。
“限定業務”しかできない職種を病院内に増やしているわけで、人員の効率的な運用とは真っ向から対立する要件です。
茨城医療センターでは、この医療事務作業補助者が”専従”ではなく他の業務を行っていたことが虚偽申請に該当しました。
ちなみに、事務作業者1人を雇うことで、加算により得られる金額はモデルケースで1カ月当たり「1050円(105点)×200人(在院平均日数 15日とする)=21万円」になります。福利厚生費用や社会保険費用を勘案すると、給与は月給16万円程度(年棒192万円)に抑えない限り採算は取れま せん。
医師事務作業補助体制加算を加算算定している病院では、経営体力に応じて、他の部門で稼いだ利益から人件費の補填を行っていることは間違いないでしょう。
●加算制度の設立趣旨に立ち返ってみるべき
約8200万円という不正請求の金額だけ見ると、「これだけ巨額の虚偽申請は厳しく罰せられて当然」と思われる方が多いでしょう。
ですが、年間500億円を超える医業収入がある日本医科大学病院グループからすると、この金額は売り上げのわずか数%にもなりません。
以前、私はこのコラムで、国の医療政策の不備によって「内科/産婦人科といった医療の主要部門が保険点数だけでは赤字」という状態が放置されていると訴え ました(「行列のできる病院が莫大な累積赤字を抱えてしまう理由」)。http://jbpress.ismedia.jp/articles/- /20981
小さいながらも診療所を経営する私としては、そのたった数%のために、大きな危険を冒してまで加算請求をするに至った当時の経営陣にかかっていたプレッシャーがどれほどのものだったかを、どうしても想像してしまいます。
もちろん、他の医療機関は制度変更に伴い加算を断念しているわけですから、いくら経営上のプレッシャーがあったとはいえ虚偽の申請が許されるわけではありません。
でも、その加算項目については、これまで見てきたように、いずれも非効率的な対応を現場に強いる”問題点があるのです。
「入院時医学管理加算」では、「ほぼ全ての診療科目」という”入口”の縛りと「(通院の必要のない)治癒率40%」という”出口”の縛りをかけた ことにより、中小病院が得意分野に経営資源を集中して病院運営する道を閉ざし、経営資源の分散を余儀なくさせてしまいます。利用者が受けるメリットを考え れば、治癒率の指標のみの設定にすべきだったでしょう。
また「医師事務作業補助体制加算」は、医師の補助しかできない事務員を増やすことにより、人員の効率的な運用を妨げ病院のコストを増大させ、体力を奪います。
こちらも、本来の趣旨と人材運用の観点から考えれば、”入口”の縛りとしては、「事務作業補助者」は(医師だけでなく看護師や医療事務を含めた) 医療従事者全ての補助を行う者とすべきです。また、”出口”の縛りとしては、医師の書類業務軽減の指標設定(診断書代行率90%以上など)を設けるべき だったのではないでしょうか?
そもそも、その加算制度はどういう趣旨で設立されたのか? その制度をどう運用すれば利用者にとって一番メリットが生じるか?
今回の茨城医療センターの保険医療機関指定取り消しは、制度をより良くする努力も必要だということを強く感じさせる出来事でした。