医療ガバナンス学会 (2012年11月1日 06:00)
1) 原子力発電所の大規模事故における周辺一般住民の外部被ばく線量の実測を早期に実施された事例はなく、今後の低線量被ばくに対する健康影響解明における学術的な貢献度は高い。
2)上記1)の結果を、今後の県民の健康管理の方向性決定に活用することで、本研究を住民に還元し、対象者のみならず県民の放射線に対する不安除去に貢献することができる。
この調査を行うことで、住民にとってどのような利益があるのか。「住民に還元し」とあるが、それは何を意味するのか。「県民の放射線に対する不安除去に貢 献」ということだろう。つまり健康被害は出ないから、県民が安心するのが利益との考えが読み取れる。だが、ほんとうに「不安除去」ができるのだろうか。他 の貢献はないのだろうか。
甲状腺検査についてはどうか。倫理審査委員会資料は研究目的をこう述べている。
「先行調査では、放射線の影響のない状態(ベースライン)での、甲状腺疾患の頻度・分布を明らかにすることができる。
本格調査では、放射線の甲状腺に対する影響を評価でき、現時点で予想される外部及び内部被ばく線量を考慮するとその影響は極めて少ないことが明らかにできる」
「先行調査」と「本格調査」については、環境省の資料では、平成23-25年度が「先行調査」、平成26年度からが「本格調査」とされている。 http://www.env.go.jp/jishin/rmp/conf-health/b02-mat10.pdf
甲状腺がんが発症した場合、早期発見により予後を改善することができる。チェルノブイリではどうだったか。山下俊一氏らは『チェルノブイリ原発事故被災児の検診成績』
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00198/contents/008.htm (『放射線科学』42巻10-12号掲載、1999)で次のように述べている。
「日本や欧米のデータでは小児甲状腺がんは極めてまれで100万人に対して年間1~2名と言われているが、その大半は思春期以降で、10歳未満の甲状腺がんをみることはまずない」
「しかし、本プロジェクトを開始した1991年5月には、既に6歳、すなわち事故当時の年齢が1歳以下の小児に頚部リンパ節が腫脹した甲状腺がんが発見さ れた。その後、いかに早く小さな結節をみつけても、がんは周囲のリンパ節に既に転移していることが多く、早期に適切な診断が必要であると同時に、外科治療 や術後のアイソトープ治療の必要性が痛感された」。
チェルノブイリでは、想像もしなかった幼児の甲状腺がんの早期発症が見出されたのだ。そして、チェルノブイリで4~5年経過する以前から甲状腺がん発症の 徴候がなかったという断言は誰もできないだろう。スクリーニング などしていない事故後2~3年の段階でも僅かながら増加しているように見える資料がある からだ。
県民健康管理調査の調査(検査・診査)目的は再考されるべきだ。そして、「不安除去」ではなく、被災によると想定しうる発症を早期に見出す方途について、また、見出された場合の早期対処について誠意をもって取り組むべきだろう。