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Vol.640 現場からの医療改革推進協議会第七回シンポジウム 抄録から(9)

医療ガバナンス学会 (2012年11月3日 18:00)


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被曝・健康被害

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2012年11月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


セッション9:11月11日(日)15:00~16:30
林 隆久
石井 武彰
坪倉 正治
島薗 進

会場:東京大学医科学研究所 大講堂
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森林が果たした役割
林 隆久

福島県は、約97万haの森林面積を有し、森林蓄積量は約1億m3と見積もられる森林県である。私たちは、南相馬市に本部を置く、相馬地方森林組合の林地 (新地町、相馬市及び南相馬市の3市町村からなる)をフィールドとして調査・研究を続けている。SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)によると、大量 の放射性物質は、原発から南相馬市そして相馬市の西部を通って福島市方面に向かって流れた。400m以上の山があると、放射性物質は山の手前で滞留・停滞 し、そのような林地の外樹皮に付着した放射性セシウム量は多くなった。
私たちは、放射性ヨウ素とセシウムの動態を明らかにすることを目的として研究を始めた。放射性ヨウ素は、樹木の木質成分と結合することが認められ、その結 合メカニズムを分子レベルで解明した。これらヨウ素の大半は、樹木の気孔から取り込まれ、細胞壁に結合して固定されることも明らかとなった。一方、放射性 セシウムは葉面や樹皮から吸収され、内樹皮から木部(木材となる組織)に浸透した。古い年輪部分となる心材部位に移行したものもある。従って、原発事故に よって生じた放射性ヨウ素とセシウムは、広大な森林の中の樹木によって吸収され、ヒトを守る役割を担ったと言える。放射性ヨウ素135Iは半減期が短いた めに消滅していったが、放射性セシウムとくに137Csは半減期が30年と長いため、森林は放射性セシウムの生物的シンク(貯蔵の場)となった。
南相馬市林地の樹木が吸収したセシウムの量は、チェルノブイリ原発事故後の近郊のウクライナやロシアの樹木の吸収量に匹敵する。福島県における樹木のセシ ウム吸収量は、地域によって異なるため、林地を所有する農家の賠償請求が進まない中で生じている問題点についても述べたい。

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相馬市での診療・健康診断を通じて
石井 武彰

本年4月より相馬市の民間病院で整形外科医として勤務している。診療のほか、相馬市主催の仮設住宅・高線量地域住民を対象とした健康診断に参加した経験を紹介する。
病院では外来診療および病棟業務を行う日々で、震災より1年経過しており混乱はない。赴任当初に気になったのは「慣れた場所でもないし散歩しても面白くな い」「仮設いてもやることないしな」と避難生活で活動度が低下した話だ。元来ADLが低かった人の中には、避難後活動量が著明に減少し、体重増加・筋力低 下が相まって寝たきりとなった人もおり、課題を感じる。
診療以外の活動として7月に開催された相馬市の健康診断に参加した。対象は郊外の仮設住宅住民、市街地の仮設住宅、みなし仮設住宅住民、そして高線量地域 である玉野地区住民であった。仮設住宅において肥満、高血圧、糖尿病などの生活習慣病の有病率が玉野地区住民に比較して高いように感じられた。仮設住宅に おいて体重増加した人が多々見られるが玉野地区では体重増加は目立たない。避難によって生活習慣が激変した仮設住宅住民に対して、肥満をはじめとして高血 圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病へのサポートが必要と感じている。
健康診断では運動器健診も実施された。ADLと関係があると言われている握力、移動能力、動的バランスを評価する3mTimed Up & Go test (3mTUG)、静的バランスを評価する片脚立ち時間を計測した。握力は全国平均と差はなかった。
3mTUGは3m先の目印を回ってくる時間を計測する。これも過去報告と比べて明らかな差は認めなかった。片脚立ち時間は、目を開けて片脚立ちができる時 間を計測する。片脚立ちは5秒間も出来ない人が多数見られ、これまでの報告に比べて明らかに短かった。片足立ち時間の低下は転倒のリスクと考えられてお り、転倒や骨折に伴うADL低下が危惧される。

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浜通りでの内部被ばくの現状
坪倉 正治

筆者は2011年7月より、南相馬市立総合病院を始めとする、浜通り中通りのホールボディーカウンター設置機関にて内部被ばく検査に従事してきた。南相馬 市立総合病院、相馬中央病院、ひらた中央病院、ときわ会常磐病院では定期的に内部被ばく検診結果が公表され、徐々に福島県内での内部被ばくの現状が明らか になりつつある。これらで得られた知見および教訓を紹介する。
特筆すべきは、福島県内の全域での日常生活上の慢性内部被ばくが非常に低いレベルに抑えられているということである。セシウムの生物学的半減期の短い小児 に対する内部被ばく検査は、現在の日常生活での内部被ばく量を計測することに主眼が置かれているが、2012年4月以降、上記4病院での小児のセシウムの 検出率は0.1%以下である。この結果は、チェルノブイリ事故後、長期間にわたり汚染食品の継続摂取による内部被ばくを続けたウクライナ、ベラルーシとは 決定的に異なる。農家、両親による内部被ばく対策が早期から行われていたこと、日本の食品自給率の低いことが原因として考えられるが、今現在の福島県内で の生活での慢性的な内部被ばくは、大多数の方でほぼ無視できる程度に抑えられ
ている。
しかしながら、問題点も指摘されている。検査結果の二極化である。大多数が検出限界以下となっているのに対して、数万Bq/body以上のチェルノブイリ 級の汚染を認める住民がごく少数だが散見される。原因として、イノシシやキノコなど食品基準値を大幅に超える汚染食品を継続的に摂取していることが判明し ている。
今後、このような高い値を検出する方々をどのようにして発見し、継続的な検査を受診していただくかが課題である。徐々に情報公開が進むにつれ、住民の危機感も薄れつつある。学校検診化も含めて継続的な検査体制の構築が求められている。

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放射線リスク・コミュニケーションについて専門医学者はどう考えてきたか?
島薗 進

福島原発事故後、飛散・流出した放射性物質による健康被害への危惧が広がったのは当然のことである。ところが、それに対して放射線健康影響の専門家による 情報提供、政策への関与、健康維持のための措置が市民の信頼を得られず、どこに真実があるのか分からないための苦悩が広がっている。放射線健康影響の専門 家といっても、その多くは原発による健康被害について調査をしたり生物実験をしたりする「保健物理」「放射線防護」の学術圏に属する人が多い。だが、さほ ど数は多くないが、核医学・放射線医学の分野の専門家がおり、事故時の対応という面ではたいへん大きな権限と責任を負うことになる。こうした専門家がどの ような人たちかは首相官邸ホームページの「原子力災害専門家グループ」や日本学術会議の「放射線の健康への影響と防護委員会」を見ることで知ることができ る。
福島原発事故後に主に福島県の被災に対して、リスク・コミュニケーションを行う上で大きな役割を果たしたのはそうした医学者たちだった。山下俊一氏、長瀧 重信氏、神谷研二氏、中川恵一氏らの名前があげられよう。では、これらの専門医学者たちは、放射線の健康リスクについて、適切な情報発信や政策助言を行 い、住民の信頼を得ることができただろうか。そうではなかった。
では、彼らのリスクコミュニケーションはなぜうまくいかなかったのだろうか。これらの医学者たちは不安こそが健康を脅かすもっとも重要な要因なので「不安 をなくす」ための情報発信や政策助言を行うという方針を貫いてきている。だが、それは科学的な根拠に基づいたものなのだろうか。また、科学的な根拠をもと にした適切なリスクコミュニケーションを行ったのだろうか。もしそうでないとしたら、なぜ適切な対処ができなかったのだろうか。こうした失敗は日本の医療 体制とどう関わるのだろうか。

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