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Vol.649  医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会と日本医師会骨子(その2/2)

医療ガバナンス学会 (2012年11月10日 18:00)


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新潟県立新発田病院
伊藤 英一
2012年11月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


(その1/2より)

前回ご紹介した日本医師会の「診療に関連した予期しない死亡の調査機関設立の骨子(日医案)」に対して私が提出した意見は以下のとおりです。

「診療に関連した予期しない死亡の調査機関設立の骨子(日医案)」について
標記の案文について以下に意見、質問を述べます

各論
「1 目的」
死因の分析は重要だと思いますが、死亡に至る事例の分析が再発防止に資することは、実際には少ないと思われます。
これは以前、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の平成20年度報告書概要版を読んで実感したことです。平成20年度の報告書に記載されてい る57事例のうち、経鼻胃管挿入に関する問題点の提起(19事例)以外に再発防止策への提言に特別なことはなく、特に重要で他医療機関にも大いに参考にな るという警鐘的事例は見当たらないと感じました。今回、新たに平成23年度報告書概要版を読んでみました。補助人工心臓の脱血カニューレの接続外れが医療 機器の問題である可能性が高いという指摘(121事例)の他は、やはり同様に警鐘的事例は少ないと感じられます。しかしこの事例では、この医療機器を使う 医療機関は極めて限定されていると考えられます。ふたつの報告書を読むと、再発防止への貢献よりも、患者や遺族との情報共有やインフォームドコンセントの 重要性に触れた記載が多く、死亡という結果が診療現場で強いコンフリクトを発生したことを思わせる事例の方が多いと考えられます。
診療に関連した予期しない死亡の死因の分析は、結果としては重大な転帰をとった事例のみが対象になりますが、そのような分析結果が常に重要とは限らない ことがモデル事業の報告書から言えると思います。そのような意味で、再発防止という目的は達成が困難であることが認識されるべきです。
なお、モデル事業の報告書にある事業の満足度調査によれば、その満足度が高いとされていますが、満足度調査の遺族からの回収率が4割を切っており、モデル事業が遺族への信頼性確保に寄与したかどうかについては、その評価は難しいと言えます。

「2 定義」
「診療に関連した予期しない死亡」の定義は「診療行為の合併症としては合理的な説明ができない予期しない死亡」とされています。この定義は、止むを得ないところはあると思いますが、曖昧です。
合併症は頻度の多寡に関わらずリストアップすると膨大になることが少なくありません。広く考えればきりがなくなります。合理的という表現も定義としては不 明瞭と言わざるを得ません。定義の問題は、3で「診療関連死調査機関」に報告を求めており、報告を義務化するのであれば出来る限り明瞭であるべきです。ま た、6では調査方法として解剖を行なうことに言及されています。解剖を行なうためには時間的制約があり、判断に迷う定義は避ける必要があります。

「5 診療関連死調査機関の調査の開始」
調査の開始・不開始の判断は医療機関からの報告ないし遺族からの要請により、医療機関から資料の提出を受けて判断されることになっています。短時間のうちにその判断に資するような資料の提出は難しい場合が少なくないと思われます。
(1)で「意見を聞いたうえで」とあります。医療機関には報告が求められていますが、更に調査実施についても意見を述べることが想定されているのでしょうか。

「6 診療関連死調査機関の調査の方法」
調査ではAi又は解剖を行なうことが記載されています。このうち、特に解剖はそれを行なうのであれば担当者や施設を迅速に決定する必要があります。剖検設 備を有する病院は医療機関全体を考えると少ないでしょう。モデル事業を全国に展開できなかった理由のひとつに、解剖実施の困難さがあったのではないでしょ うか。全例の報告を義務化した際の調査方法としての解剖は、病理医が非常に不足している現状を考えるとその実現性には悲観的にならざるを得ません。また、 外部委員を含めた地域調査チームを迅速に組織するのは現実には極めて困難と思われます。
(1)で調査組織を地域の調査チームまたは院内調査委員会としています。この区別はどのようにしてなされるのでしょうか。一定以上の規模の医療機関では、院内調査が既に行なわれているのが実情だと思います。地域の調査チームを組織するのはどのような場合なのでしょうか。
(2)地域の調査チームにおける「外部委員」とはどのようなものでしょうか。このチームにおける医師は報告主体の医療機関医師ではないと思われます。そう いう意味では既に外部性があります。医師以外の「外部委員」を想定しているのであれば、それはどのような性質で、どのような場合に選任されるのでしょう か。
(3)で調査チームは医療機関にカルテ等の資料の提出を求めるとされています。これは5で記載されている医療機関からの資料とは別に必要なのでしょうか。
(4)で「関係があると認められる医療従事者(中略)に対し、意見を述べる機会を与えなければならない」という表現は不適切です。調査チームは「機会を与える」のではなく、関係者から広く意見を聞かなければ十分な調査はできません。

「7 診療に関連した予期しない死亡の死因に関する報告書」
(3)「経過を聞くことが困難で、十分な死因究明ができない場合」とあります。経過を聞き、解剖を含めて詳細に調査を行なってもなお、直接的な死因を確定 できないことが稀ならずあることは、モデル事業報告書からも明らかです。「1 目的」では死因分析と書かれていて死因究明とは書かれていません。死因が究 明できないことが稀ならずあることの認識が案文中に記載されるべきです。また、「経過を聞くことが困難」とは、どのような事態を想定しているのでしょう か。この記載に、「1 目的」で記載されている「個人の責任追及を目的とするものであってはならない」という記載との齟齬を感じざるを得ません。
(5)再発防止のための活動に役立てる、とありますが、少なくともモデル事業の経験からは再発防止への役割は限定的と考えるべきです。死因究明については上述と同様です。また、報告書の作成・交付は、それが決定性・規範性を帯びやすい性質を考慮すると慎重であるべきです。
(6)医療機関または遺族が異議申し立てと審査請求が可能と書かれています。その際の審査とは、どのような枠組みを想定しているのでしょうか。異議申し立 てに対する審査には、一般的には第三者性が求められると思います。そのような第三者性を確保するためには診療関連死調査機関外に、そのような組織が必要に なります。

「8 医師法第21条の改正」
医師法第21条をめぐる混乱の発端は、2000年の厚生省保健医療局国立病院部政策医療課による「リスクマネージメントマニュアル作成指針」にありまし た。この指針の「第7 医療事故発生時の対応 5 警察への届出」には『(1)医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。』と記 載され、更に(注)として『医師法(昭和23年法律第201号)第21条の規定により、医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認 めた場合、24時間以内に所轄警察署に届け出ることが義務づけられている。』との但し書きが付けられています。しかし、医師法第21条には「異状」の定義 はありません。この法律の解釈の変更が医療現場に与えた深刻な影響は、当時を知る者としては決して忘れることのできないものでした。
医師法第21条の解釈を巡って争われた判例は都立広尾病院事件の最高裁判決で、その判断を見ることができます。判決を文字通りに解釈すると死体の検案には 経過の異状の認識は含まれておらず、外表検査による異状の認識だけが意味されています。その後に医師法21条について言及された大野病院事件の判決では、 患者の死亡が疾病を原因とする、過失のない診療行為によっても避けられなかった結果であるため、医師法21条に言う異状に該当すると言うことはできないと されました。
最高裁の判決が死体の検案を外表検査に限定すれば足りるとしているのは、この法律が意図している故意犯罪の見逃しを防ぐという意味で問題があります。現実 には外表検査以上のことが行なわれています。来院時心肺停止で運び込まれた患者が亡くなった時、その死因が不明であれば血液検査やCTなどの画像検査を行 なって死因を明らかにしようとする医療機関が今は多いでしょう。院内での予期せぬ死亡事例でも同様に対応することが日常的になってきています。検案の手段 は近年のAiの普及のように変化していくものです。医師法第21条は急いで改正する必要はなく、先ずは2000年の解釈変更を改めて、故意犯罪が疑われた 時の届け出義務という、もともとの法律の趣旨にそって解釈にされるべきです。

「9 その他の施策」
(2)裁判外紛争処理機関(ADR)の創設が書かれています。ADRは多様なものであり、案文に「患者との対話を促進する」と書かれていることから、創設を目指すADRの性質にもう少し踏み込んだ記載があって良いのではないかと思います。

●全体を通じて
診療との関連の有無に関わらず、医療機関内での予期せぬ患者の死亡に対しては、その死因を明らかにする努力が多くの医療機関で行われていると思います。通 常の診療において、その結果を説明することは医師・医療機関の任務です。従って、患者の死亡という結果についても、その説明を行なうことも診療の延長線上 にあります。死亡の原因分析は時に困難であり、医療機関として組織的な調査分析が必要となることがあります。しかし、そのような調査分析は診療の一環とし ての結果説明という任務を果たすために行なわれるものであると位置付けられます。
そのような意味で、患者の死亡原因の調査はその医療機関が主体となって行なうべきものであり、案文にあるように全例を報告して指示を受けるようなことでは そもそもありません。死因の調査分析上、専門的知識を求めるために院外の専門家に協力を求めることは必要に応じて行なわれていることですが、調査分析に よって診療の結果説明を行なうという目的から調査の主体はその医療機関です。小規模医療機関で人員的に困難な場合には、多くを院外の協力に求めざるを得な いことはあるでしょう。
案文は法案化を想定していると思われ、診療関連死調査機関には大きな権限が付与されていることが読み取れます。一般的に、権限の強度が増すほどに合意性よ りも決定性が強まり、同時に合意性よりも規範性が強まります。医療は日々変化していくものであり、その環境は医療機関によって様々です。医療の内容に対す る調査において、決定性や規範性が強まることは基本的に避けるべきです。案文の「1 目的」には医療の透明性・公明性・信頼性の確保が挙げられています。 しかし、規範性・決定性の強いこの案文が実施に移された場合には上記の観点と各論からは、少なくとも医療従事者に対する透明性・公明性・信頼性の確保は難 しいのではないかと考えます。各論で述べた通り、定義が曖昧で実現可能性が低いこの案が法案として実施されると、その実現が困難であるがゆえに運用に恣意 性が紛れ込むことが懸念されます。

今先ず必要なことは、医師・医療機関が死亡事例を含めて医療における有害事象のモニタリングを積極的に行い、有害事象の原因分析の質を向上させることにあ ると思います。そのためには医療機関の調査への支援や医療機関間の協力が必要であって、調査方法の指示であるとは思われません。医療機関間の協力は既に行 なわれているところです。調査方法は事例に応じて柔軟であることが必要です。実際に行なってみると多様なアプローチが必要であることが、現場の担当者とし ての実感です。

日本医師会の骨子案は、医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会の第4回で参考資料として提示されている医師会案(院内事故調査で調査した 上でその分析能力を超える事案について第三者機関へ調査依頼する、とされている)とは異なり、全例報告を求める内容になっています。それは、骨子案の目的にある「透明性・公明性・信頼性の確保」と関係があるのかもしれません。第三者機関が帯びやすい決定性・規範性が、現在の案のように運用上の曖昧さを残し て実現性が低いまま実施されることは、むしろ危険ではないかと懸念します。
現在の医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会は、平成19年に議論が開始された診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する 検討会ほどには注目されていないように感じられます。しかし、扱われている問題に変わりはないように思われます。多くの方がこの検討部会に注目し、意見が 交わされる必要があると思います。日本救急医学会では11月13日から開催される総会で、「診療行為関連死の死因救命等の在り方検討特別委員会企画 医療 事故調査委員会のあり方を考える」と題したパネルディスカッションが予定されています。多くの機会に現場からの率直な意見交換が行なわれることを期待しています。

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