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Vol.676 「権利の化け物」を医療業界に求める日弁連

医療ガバナンス学会 (2012年12月13日 06:00)


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どこまでの権利を患者には無条件に認めるべきなのか?

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2012年12月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

10月29日、日本弁護士連合会は「患者の権利に関する法律」

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2012/opinion_120914_2.pdf

大綱案を公表し、厚生労働大臣に提出しました。
「不十分な医療体制により患者の権利が保証されていない現状(注:あくまで日弁連の主張です)をふまえて、権利を擁護する視点に立って医療政策が実施されるべきである」と訴えるこの法律案には、以下のようなものが盛り込まれています。
(1)全ての人は最高水準の健康を享受する権利がある。
(2)全ての人は疾病や障害を理由に差別されない権利がある。
(3)全ての人は最善の医療を受ける権利がある。
(4)全ての人は安全な医療を受ける権利がある。
(5)全ての人は社会的地位や経済的負担能力による差別なしに最善かつ安全な医療を受ける権利を有する。
(6)全ての人は医療行為に同意・選択・拒否する権利がある。
(7)全ての人は常にプライバシーを尊重される権利を有する。
(8)全ての人は医療に参加する権利を有する。
まだまだ続くのですが(全部で34項目あります)、これらの権利を法制化することを求めています。
この権利を保障する義務を負うのは「国家(日本国)」です。ですから、私を含めた医療従事者が弁護士の先生たちの崇高な目標に異議を唱えるのは筋違いなのかもしれません。
しかし、これは医療機関にとっては「権利の化け物」としか思えない画餅の大綱案であり、それだけではなく現状以上に医療従事者を過酷な状況に追い込むこと必至の提案なのです。

●医療機関が従う「療養担当規則」とは?
現在、日本の医療機関は厚生労働省が定める「療養担当規則」

http://www.msopt.jp/parent/kisoku.pdf

に基づいて医療行為を行っています。
この中には「懇切丁寧に診察すること」はもちろん含まれているのですが、それ以上に重視されているのは「適切な診療を行うこと」です。平たく言うと「過剰または濃厚な診療の禁止」です。
よくある例で言うと、「注射(点滴)は経口投与ができないときに行うこと」と定められています。
ですから、「疲労回復のために点滴してくれ」はもちろんのこと、薬が飲める方に対しては、緊急性がない場合、「何か注射してくれ」という要望に対しては「できません」とお断りすることになります。
他にも、本当に細々としたルールがあります。胃腸科の例で言うと、胃内視鏡検査を行い、所見を確認しなければ処方が許されていない薬もあります。
ですから、「胃内視鏡検査は受けたくないが、一番よく効く薬を出してくれ」と言われても処方は不可能なのです。まずは通常の薬を処方し、改善がなければ胃内視鏡検査を受けていただく手順になるのです。
このことに関しては不満を感じる方も実際に数多くいらっしゃるとは思うのですが、限りある医療資源を有効に使う上では必要不可欠な縛りでもあるのです。

●無条件に認められる患者の要求
日弁連の案では”患者の義務・責務を規定することにより、かえって患者の権利が制約される”ために患者の義務は規定しない方針です。
ですが、本来、権利には義務が伴います。これらの権利に対する義務は、(1)最高水準の医療費を支払う義務、(2)最善かつ安全な医療を受けられるよう(医療従事者に)協力する義務、(3)医療行動に参加する義務 などなどが考えられます。
義務を規定しないということは、これらの権利は基本的人権と同じで、「(医療における)患者の権利は無条件に要求でき、その要求は無条件に認められなければならない」ということです。
生活保護と同様に「健康で文化的な生活に必要な最低限度の医療」の権利を無条件に認めるというのならばまだしも、「最高水準の健康と最善かつ安全な医療」を受ける権利を無条件に認めるのは、あまりにも空想が過ぎるのではないでしょうか?
レストランで「最高水準の料理と、最適かつ安全な食材で提供してもらう」権利を全ての人に無条件で付与することを考えてみれば、その実現性の不可能さが理解いただけるのではないかと思います。

●現場の個別医療機関に負担を丸投げ
日弁連も実現可能性がこれではほとんどないことを認識しているのでしょう。具体的に、権利を保障させるための方策が大綱案の中にありますが、結局のところ、それは個別医療機関に全て負担を丸投げして締めつけるだけの代物なのです。
日弁連は、”個別医療機関における医療に参加する権利”を持つことが、患者が医療の主体になるために極めて重要な権利であるとして、この権利により”初めて本章規定の各権利が保障され”、”患者が医療従事者と主に主体として行動することになる”としています。
ここで言う”個別医療機関における医療に参加する権利”とは、読み進めていくと、「医療機関へ苦情を申し立て、適切かつ迅速な対応を求める権利」であることが分かります。
そして、この権利を保証するために「医療機関における患者の権利擁護員」および「都道府県ごとの患者の権利審査会」を設置し、法律に基づき”国または公共自治体が必要な措置を講ずる(罰則を科す)”ことが必要と結論づけています。
要するに、強制力を持った公的な法律により、個別医療機関に権利を保証する義務を全て負わせるということです。義務を果たせない際には、国家がその補償を肩代わりして行うという趣旨の制度ではないのです。
私は、高い理想や理念を掲げる意欲を否定したいわけでは決してありません。しかし、あまりにも現実離れした理想や理念は現場に多大な負担を押し付けるだけになると思います。
日弁連の責任者の方々には、「患者の権利に関する法律」案の修正の検討をお願いするとともに、まず、弁護士業界が「最高水準の最善かつミスのない弁護を全ての人に無条件で保証する」ことを率先して範を示し、試行してみることをご提案申し上げます。

 

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