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Vol.682 医療事故調問題の本質1: 開業医は院内事故調査委員会に耐え得るか

医療ガバナンス学会 (2012年12月20日 06:00)


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この文章は月刊「集中」12月号から転載しました。

小松 秀樹
2012年12月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●2007年の厚労省第二次試案
2007年10月17日、厚生労働省は、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する第二次試案」を発表した。その骨子は以下のようなものであり、日本の医療を破壊しかねない大きな問題を含んでいた(1)。
1)委員会(厚労省に所属する8条委員会)は「医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者」により構成される。
2)「診療関連死の届出を義務化」して「怠った場合には何らかのペナルティを科す。」
3)「行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう」「調査報告書を活用できることとする。」
4)「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う。」

第二次試案発表から15日目の2007年11月1日、自民党が、医療関係者を招いて、厚労省の第二次試案についてヒアリングを行った。厚労省、法務省、警 察庁の担当者も出席した。日本医師会副会長の竹嶋康弘氏、日本病院団体協議会副議長の山本修三氏(日本病院会会長)、診療行為に関連した死亡の調査分析モ デル事業事務局長の山口徹虎の門病院院長(立場としては学会代表)が意見を述べ、全員賛成した。この会議は現場の医師には一切周知されていなかった。
第二次試案が実行されると、リスクの高い医療を担当している勤務医の活動が行いにくくなる。医療提供が抑制され国民に多大な迷惑がかかる。何より、医療が規範にとらわれて、進歩を止めてしまう。

医療側の最大の推進主体である日本医師会は、名目上は学術団体だが、開業医の経済的利益を主たる目的に活動してきた。開業医の団体が、自らの利益のために 活動するのは正当なことである。しかし、勤務医を、本人の了解なしに会員にするようなことを行ってきたにもかかわらず、勤務医を意思決定から遠ざけてき た。勤務医は開業医の利害のための「だしにつかわれてきた」だけだった。こうしたまやかし故に、日本医師会は社会から信頼されず、結果として開業医の利益 も損ねていた。

私は、2007年11月17日、九州医師会医学会(九州各県の医師会合同総会)で「日本医師会の大罪」(2)と題する文章を配布し、第二次試案に反対する と同時に、日本医師会を強く非難した。翌日、香川県医学会でも同じ文章を配布した。前日の主催者である長崎県医師会長から、香川県医師会長に、「日本医師 会の大罪」を配布させないよう連絡があった。これを教えてくれた香川県医師会の会員は、事務局に文書を渡すことなく、会場で配布してくれた。九州医師会医 学会と香川県医学会には当時の唐澤祥人・日本医師会会長が出席していた。
この後、厚労省から、第三次試案、大綱案が提案された。いずれも第二次試案と基本部分が同様のものであり、現場の医師の反対で議論が終息した。

●日本医師会と日本病院会
厚労省はあきらめていなかった。日本医師会の医療事故調査に関する検討委員会は2011年6月、医療事故調査に関する検討委員会答申「医療事故調査制度の 創設に向けた基本的提言について」と題する文章を作成した。この委員会の委員には、2007年に医療事故調創設のために厚労省が設置した「診療行為に関連 した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の委員が多数参加していた。日本病院会の医療の安全確保推進委員会は2011年10月22日、「診療行 為に係る死亡・事故の原因究明制度の在り方について」と題する報告書を作成した。日本医師会、日本病院会は共に、厚労省の天下り役人を事務局長として迎え 入れてきた。日本医師会は、厚労省の支配を支えることと引き換えに、開業医の経済的利益を確保しようとしてきた。

例えば、2009年の新型インフルエンザ騒動当時、10㍉㍑バイアルで余ったワクチンを対象者以外に接種した問題で、日本医師会の飯沼雅朗常任理事は、 「若干ある不届き者は、我々の自浄作用できっちりやっていくのが正しい」と述べた。厚労省はワクチンの最大投与可能人数を増やすために、検査の手間を少な くできる10㍉㍑バイアルを導入した。10㍉㍑のバイアルは成人20人分の量である。世界では、多人数用のバイアルではなく、あらかじめ1人分のワクチン を封入した注射器が望ましいとされている。バイアルだと、何度も針を刺すことになり、汚染、感染が生じやすい。しかも、開封後24時間以内に使用しなけれ ばならないので、相当量のワクチンが廃棄されることになる。余ったワクチンを優先外の希望者に投与するのは、医師として合理的な行動であろう。

飯沼常任理事の発言は、処分権を振りかざす厚労省の意向にすり寄って、日本医師会が医師を取り締まろうとするものである(3)。医師の自律、自浄の対極で あり、例えが悪いが、「岡っ引き」を連想させる。江戸時代、追放者や博徒など犯罪社会の一員を、犯罪捜査の協力者として用いた。「岡っ引き」はこうした者 達の蔑称である。テキヤ、博徒の親分が「岡っ引き」になることも多く、「二足のわらじ」をはくと言われた。二足のわらじには相応のメリットがあったらし い。

日本病院会は国公立病院を中心とする組織である。日本の公的病院は多額の税金がつぎ込まれてやっと成り立っているので、行政に頭が上がらない。報告書を出 した委員会のメンバーは、公立病院4、国立病院1、済生会1、赤十字1、社会福祉法人1、医療法人1の院長からなる。多くは病院の管理者であるが、病院の 経営責任者ではない。

2012年2月15日、厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で議論が開始された。以後、行政と表裏一体の医療事故調査委員会(医療事故調)の設立に向けて、日本医師会、日本病院会が中心になって、合意形成を進めている。
日本医師会と日本病院会の案は酷似している。実現すると、最終的には、2007年の厚労省の第二次試案と同様のものに発展していく可能性が高い。
中央に事務局が置かれる。事務局として、日本医師会案では日本医療安全調査機構を、日本病院会案では候補として日本医療機能評価機構と日本医療安全調査機 構をあげている。日本医療機能評価機構は厚労省所管の財団法人として出発している。日本医療安全調査機価機構は、厚労省の死因究明モデル事業を引き継いで いる。いずれも、行政の下請け機関と考えてよい。
日本医師会案では、医師法21条の改正を行い、医療関連死については「異状」に含めず、罰則を廃止する、医療関連死を警察に届けずに、必要に応じて、「第 三者的機関」の地方組織に調査を依頼するとしている。これは診療に関連した「異状死」を警察ではなく、医療事故調に届け出るという意味である。

●院内事故調査委員会
両案とも院内事故調査委員会を重視している。日本医師会案は「全ての医療機関に院内医療事故調査委員会を設置する」としている。「小規模病院や診療所においては、医師会・大学等からの支援を依頼できる体制を築く」とする。
日本病院会は、院内、外部、中央の三段階の事故調査委員会を提案している。各委員会は報告書を作成、上位の委員会へ提出。上位の委員会は下位委員会の報告 を基に意見をまとめ、最終的に行政へ報告し公開する。下位委員会は、上位委員会からの指示のある場合、指示に従い協力するとされる。院内事故調査委員会は 自律できない仕組みになっている。

院内事故調査委員会は生易しいものではない。法律知識の乏しい医療提供者が、危うい議論をしてきた。院内事故調査委員会は法と医療の矛盾が表れる場所であ り、しばしば、院内事故調査委員会そのものが問題を惹き起した(4)。1999年から2004年にかけて、医療事故に対するメディアの報道が加熱した時期 に、病院側が全面的に降伏する形で、院内事故調査委員会が開かれることが多かった。病院管理者が病院の正当な利益を放棄したり、雇用している医療従事者の 権利を著しく損ねたりすることがあった。判断や手続きに問題があれば、当然責任を問われる。

院内事故調査委員会は、適切かどうかは別にして、現実的に以下のような目的で設立されてきた。
1)医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
2)再発防止
3)紛争対応
4)過失の認定
5)院内処分
6)社会からの攻撃の回避
7)県が賠償金を支払うため

福島県立大野病院事件では、県が遺族に賠償金を支払うことを可能にするために、県の事故調査委員会が執刀医の過失を認定した。この報告書がきっかけとなっ て、刑事事件化した。東京女子医大事件では、当該医療の専門家が関与していない院内事故調査委員会が作成した報告書が、「冤罪事件」の契機となった(5、 6、7)。

外部調査委員会は、院内調査委員会の延長上にある。メディアスクラムに対応する形で立ち上げられることが多い。メディアは、外部調査委員会を「超法規的裁 断を行う正しい権威」として、評価する傾向がある。メディアスクラムに対応するという設置時の状況が委員に影響して、委員会の判断が、病院や医療従事者に 過度に厳しいものになりがちとなる。このため、患者側弁護士はしばしば外部調査委員会の設立を働きかけ、過失判定をめぐる議論の場にしようとする。これは 同時に、弁護士にメリットをもたらす確率を高める。

三井記念病院事件では、歯科麻酔の研修中の歯科医が麻酔をかけたことが問題となった。72歳男性は、9年間透析を継続してきた。循環器系に問題を有するハイリスク患者だった。麻酔導入時に心停止し蘇生できなかった。病理解剖で急性心筋梗塞が死因と判断された。

日本麻酔科学会と日本歯科麻酔学会は、2学会合同特別調査委員会を設置した。この委員会に外部委員として医療問題弁護団代表の鈴木利廣弁護士が参加した。 鈴木弁護士は、2007年9月14日の報告書の末尾に個人の意見を加えた。厚労省の2002年7月10日の「歯科医師の医科麻酔科研修のガイドラインにつ いて」を取り上げ、「本ガイドラインの逸脱があれば、研修歯科医は医師法17条違反罪に問われ、指導医等はその共同正犯、教唆、幇助(従犯)に問われる」 とした。2008年12月4日の共同通信社の記事は、「遺族の代理人の大森夏織(おおもり・かおり)弁護士は『遺族は、病院独自の事故調査委員会による調 査や説明に納得しておらず、司法の手による真相究明を希望している』としている」と報じた。大森夏織弁護士は当時から医療問題弁護団の中心メンバーであ り、2012年9月25日段階で、医療問題弁護団の副幹事長である。

開設者と管理者の間で紛争を生じた例もある。三宿病院事件では、開設者(国家公務員共済組合連合会)が、元病院長に対し、医療事故は管理者の義務懈怠が原 因であり、かつ事故後の対応に不備があったとして、懲戒処分を科した。さらに、医療事故検討のための外部委員会を設置し、その報告書をインターネット上に 公開した。この外部委員会にも、大森夏織弁護士が委員として参加していた。この外部委員会は、国家公務員共済組合連合会から提供された資料だけに基づいて 検討するなど、調査の進め方に適切性を欠くところがあった。
三宿病院の元病院長は、国家公務員共済組合連合会に事実誤認と名誉毀損があったとして損害賠償を求めた。元病院長に有利な形で和解となり、開設者がホームページに掲載した外部委員会の報告書は削除された。

システムが機能を発揮するには、外部と内部の区別を明確にする必要がある。内部は独自に作動し、外部は環境としてこれに影響を与える(8)。システムの内 部では、機能に伴って責任が生じる。システムの境界は「責任境界」でもある。外部委員を招聘する場合、必然的にその意義は内部委員とは異なる。外部委員 が、当該病院の医療と病院の存続に対し、内部委員と同様の責任を持つことはありえない。院内事故調査委員会が、病院の存続を脅かしかねないことを認識して おく必要がある。

これは人間の意識システムを想定すると分かりやすい。個人の意識システムは外と内が明確に分離されている。外部からの音声や光などの刺激をそのままではな く、自分の意識システム内部で自分なりに翻訳して理解する。他人の意識をそのまま取り込むことはない。他の人間が誰かの意識システムに入り込んで支配する などあり得ないし、あってはならない。私と井上が提案した院内事故調査委員会の理念「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学 的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(4)は、病院システムの中核的機能である。形はどうであれ、こうした機能は必須である。小規模病院や診療所の 院内事故調査委員会を外部に委ねることは、自分の意識システムを他人に委ねるに等しい。

●児玉安司弁護士と日本病院会
児玉安司弁護士は医事紛争を専門とする弁護士である。前記2007年の厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」、日本 医師会の「医療事故調査に関する検討委員会」、産科医療補償制度調整委員会の委員である。日本病院会の病院経営管理士通信教育では、医事紛争を担当してい る。児玉弁護士は、東京女子医大事件当時、東京女子医大心研の顧問弁護士として、事件の対応に当たった。
東京女子医大調査委員会の報告書は、非科学的な調査に基づいて秘密裏に作成され、その過程で佐藤医師の意見を聴く機会は設けたものの、最終的に反論を述べ る機会を与えることなく、佐藤医師に過失があったと結論付けた。佐藤医師は諭旨退職(実質上解雇)とされ、心臓外科医としてのキャリアを奪われた。無罪確 定までに、逮捕後7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。報告書の内容の重大性から見て、法律家なら個人の権利擁護の観点から手続に問題があると認 識できたはずである。

調査委員会の東間委員長の法廷での証言によると、児玉弁護士と東京女子医大の事務次長が調査委員会のオブザーバーだったが、実際には、児玉弁護士は調査委 員会には出席せず、同じ事務所のミズヌマ弁護士が8回の調査委員会すべてに出席した(5、6、7)。児玉弁護士は、調査委員会の進め方が不適切であると判 断すれば、東京女子医大に抗議文を渡して、顧問弁護士を辞任することもできたはずだが、そうしなかった。慎重な弁護士なら、調査委員会に関わる情報に接し ないようにしたかもしれない。しかし、代理人として遺族に対応していた顧問弁護士としては、実務上、不可能だったはずである。児玉弁護士の2009年の院 内事故調査委員会についての論文(9)からは、医学的事実の厳密な認識より社会への対応を重視する姿勢が示されていた。

弁護士職務基本規程第一条は「弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める」としている。弁護士職務基本規程は弁護士の行動指針と努力目標を示しており、弁護士の懲戒制度の基準でもある。
日本病院会は、院内事故調査委員会で生じた深刻な二次紛争について検討しないまま、児玉弁護士を用い続けた。結果として、東京女子医大事件での児玉弁護士 の行動を容認した。日本医師会も、院内事故調査委員会の問題を理解しないまま、厚労省に追随し、外部者による院内事故調査委員会を開業医に押し付けようと している。

【文献】
1. 小松秀樹、井上清成:診療行為に関連した死因究明等の在り方に関する厚生労働省第二次試案の分析と評価. 医療の質・安全学会誌, 2, 384-388, 2008.
2. 小松秀樹:日本医師会の大罪. MRIC by医療ガバナンス学会, メールマガジン, 臨時Vol 54, 2007年11月17日. http://medg.jp/mt/2007/11/-vol-54-2.html#more
3. 小松秀樹:「岡っ引」日本医師会. MRIC by 医療ガバナンス学会, メールマガジン, Vol 33, 2010年2月2日. http://medg.jp/mt/2010/02/-vol-33-1.html#more
4. 小松秀樹, 井上清成:「院内事故調査委員会」についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
5. 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新, Vol.1, 2010年4月26日,

http://www.m3.com/iryoIshin/article/119297/

6. 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新. Vol.2, 2010年4月28日

http://www.m3.com/iryoIshin/article/119298/

7. 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新. Vol.3, 2010年4月30日, http://www.m3.com/iryoIshin/article/119299/
8. ニクラス・ルーマン: 社会の教育システム. 東大出版会, 東京, 2004.(村上淳一訳)
9. 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.

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