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Vol.6 総選挙後の医療政策はどうなるか(2012年12月18日鴨川にて) その3/3

医療ガバナンス学会 (2013年1月9日 14:00)


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この文章はm3の医療維新から転載しました

http://www.m3.com/open/iryoIshin/index.jsp

亀田総合病院副院長
小松 秀樹
2013年1月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


(その2/3より)

●財源
2010年度の社会保障給付費は103兆円5000億円。年金が51兆7000億円、医療が32兆3000億円、福祉その他が17兆2000億円だった。 前年より全体として3.63%、医療は4.82%増加した。社会保障給付全体として見ると、財源としては社会保険料57.8%、公費負担が40.1%だっ た。

財政赤字で公費負担が増やせない状況についてここでは触れない。

医療について、社会保険料が危うい状況にある。国民健康保険被保険者の平均世帯収入は、2009年、145万円でしかなかった。1世帯当たりの平均保険料 は14万3895円である。過酷と言ってよい金額である。1992年から2009年までに、世帯平均収入は40%減少し、一人当たりの平均収入は23%減 少した。この間、平均保険料はわずかに減額しただけである。貧困化によって保険料を支払えない世帯が増加してきた。2010年9月30日現在の国保世帯に おける2009年度の国民健康保険料の収納率は、89.2%だった。

健保組合の財政は、2008年度以降、後期高齢者医療制度への支援金、前期高齢者納付金の拠出が保険料収入の半分近くを占めることになり、急速に悪化した。2012年度は5782億円の赤字が見込まれ、約9割の組合が赤字。多くの健保組合が解散に追い込まれた。

保険料、公費と同様、患者の自己負担分を大きくするのは不可能である。ほとんどの医療機関が毎年増加する未収金で苦しんでいる。回収に費用をかけても、本人が持っていないものは回収できない。税務署は税収の減少を恐れて、損金扱いにさせない。

●混合診療
混合診療は、医療保険を使いつつ、医療保険でカバーされない医療行為を自費で受けるものである。日本の現状で混合診療について取り得る態度は、下記の3つに分類できる。

(1)国民皆保険を守る。混合診療を認めない。新しい高額医療もすべて国民皆保険で実施する。
どうなるか:医療費を賄うために保険料、税金を上げざるを得ない。それだけで足りずに、国債発行も増える。高齢化による経済活動の低下、原発停止による燃料費輸入増加、中国問題による輸出の減少と相まってハイパーインフレになる可能性がある。

(2)国民皆保険を守る。混合診療を認めない。ただし、新しい高額医療は取り入れない。一部の高額医療を保険外とする。
どうなるか:日本の保険診療が世界の医療の進歩から取り残される。一方で、民間医療保険による医療が登場する。国民が二つに分断される。民間医療保険加入者を、通常の健康保険に強制的に加入させるための根拠が薄弱になる。紛争化する可能性がある。

(3)国民皆保険を守る。混合診療を本格的に導入する。高額医療の一部は混合診療とする。

すべての医療を保険でカバーできればよいに決まっているが、日本の高齢化、財政赤字の現状では不可能である。国民皆保険を守るためにも、混合診療を導入せざるを得ない。

混合診療は、どの診療を保険から外すか、値段設定の考え方をどうするかによって性格が決まる。幸い、日本の医療法人は利益を分配できない。多少黒字になれ ばよいのであって、利益を求めて突っ走る動機が生じない。混合診療を利用して、富裕層が貧困層の医療費の一部を負担するような仕組みを考えてはどうか。

●無駄な医療の廃棄
よく指摘されていることだが、医療の無駄を削減するために、すべての国民に社会保障番号を設定して、医療機関で情報を共有するべきである。投薬や検査の重複が避けられる。医療機関同士の相互監視も期待できる。過剰診療の抑制につながるかもしれない。

無駄な医療の具体例をいくつか挙げる。

日本の医師の一部は多種類の薬の処方をためらわない。20種類もの薬を投与されている高齢者は稀ではない。無駄というより、有害である。投薬に対する調査、制限は医療水準の向上につながる。医療を向上させ、費用を下げる施策はどんどん進めるべきである。

80歳代の高齢者に高脂血症があったからといって、スタチンの投与が、健康寿命を延ばすとは思えない。

日本の多くの自治体では、80歳を超えた男性までPSAによる前立腺がん検診を行っている。80歳台になれば、半数以上に前立腺がんがある。多くは、症状が出現する前に他の疾患で死亡する。80歳代の男性の前立腺がん検診には、害はあってもメリットはない。

●支払側による医療の優先順位の決定
財源がない以上、医療に優先順位を付けて、一部を保険診療外にすることを考えざるを得ない。これは費用を支払う側が決めるべきことである。人口当たりの公 費負担を全国一律にして、残りの費用を地域の負担とする。その負担でどのサービスを購入するのか、地域ごとに決めるような仕組みを考えてみてもよい。

限られた財源で、購入すべき医療サービスの優先順位を決定しなければならない。費用が比較的安く、切実性の低いものは、保険診療から外すことも考慮すべき である。例えば、高血圧で頻繁に外来診療を受ける必要があるとは思えない。医師の指示の下に、個人で薬剤を購入し、個人で血圧を管理しても医療の質は大し て低下しない。

最近のがん治療目的の分子標的薬は、全生存期間を2~6カ月延長させるだけで、一人当たり1000万円も費用がかかるものが珍しくない。副作用を考慮すれ ば、投与することが本人にとって良いかどうか分からないようなものがある。こうした薬剤は保険診療から外しても大きな問題は起きない。

●統制経済の中でのモラールの維持
2011年11月28日の財政制度等審議会で、井伊雅子委員は、医療の効率化のために、「出来高払い制や自由開業制」を前提とすべきではない旨の発言をし た。確かに、「出来高払い制や自由開業制」は世界では一般的でない。国民皆保険を将来も継続して、国民に医療を提供するためには、あらゆる前提を取り払っ て議論しなければならない。

日本では、国民皆保険の下、価格付けを政策的に行って医療を国民全員に配分してきた。国民皆保険は日本人に多大なメリットをもたらした。なんとしてもこれを守る必要がある。

しかし、全体主義国家のように、無理な理念と幻想に基づいて、社会活動の量を細かく統制しようとすれば、失敗するだけにとどまらず、その弊害は拡大し続け る。統制が官僚の権力を増大させ、権力が失敗の認識を抑圧して、実態に基づいた修正がなされないからである。なんとしても、良い医療を提供しようとする医 療現場のモティベーション、モラールを保つ必要がある。

日本の医療提供の主体は、民間の医療法人である。医療を行政など公的セクターが提供すると、膨大な赤字を招く。千葉県立7病院は2010年度、医療収益 306億円に対し、医業費用385億円だった。民間だと79億円の赤字であり、存続できない。これだけの公費を投入しているにもかかわらず、救急、周産 期、災害など政策医療について、民間医療法人である亀田総合病院を上回る役割を担っている病院はない。お上頼みだと、赤字になっても税金が投入される。経 営が自立せず、サービス向上、効率化の工夫がなされない。

医療の質とサービスの向上、効率化のためには、各病院が工夫して競争しなければならない。工夫し、競争するには、自由な活動の領域が十分に大きくなければならない。

高齢化と財政難の中で医療の提供を維持するための工夫と成功は、行政の掲げる法・規範からは生まれない。医療現場は、さまざまな制約の中で、医療の実情を 認識して、試行錯誤を重ねる。こうした中から、改善のための方法につながるヒントが得られる。医療現場はできることをやってみればよい。試みは多種類がよ い。結果を見てまた考えればよい。

行政は、現場が、改善方法を見出すための環境を整えなければならない。すなわち、改善の努力ができる自由な領域を十分に大きくし、環境の公正さを堅持することである。

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