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Vol.10 医療事故調問題の本質4:産科医療補償制度と特別裁判所

医療ガバナンス学会 (2013年1月12日 06:00)


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この文章は月刊「集中」1月号から転載しました。

小松 秀樹
2013年1月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2012年2月15日、厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で医療事故調査委員会(医療事故調)についての議論が開始され た。以後、行政と表裏一体の医療事故調設立に向けて、水面下で合意形成のための議論の実績作りが続けられている。この検討部会は、「医療の質の向上に資す る無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の部会と位置付けられている。

ここ数年間、厚労省は医療事故調を設立しようとしてきた。同時に医師に対する行政処分権を拡大しようとしてきた。2007年の医療事故調の議論当時と同 様、学会や医師会幹部だけの合意を全医師の合意として押し切ろうとしている。前例にこだわる行政の性質からみて、産科医療補償制度の原因分析委員会の委員 構成や審議方法が、将来の医療事故調に影響する可能性が高いと思われる。

●公開討論会
2012年7月22日、NPO法人医療制度研究会主催で、公開討論会「産科医療補償制度の本質を議論する」が開催された。産科医療補償制度に賛成する岡井 崇医師(昭和大学産婦人科主任教授、産科医療補償制度運営委員会委員長代理、産科医療補償制度原因分析委員会委員長)、問題ありとする池下久弥医師(池下 レディースチャイルドクリニック院長、産科中小施設研究会世話人)の間で議論が行われた。

産科医療補償制度は、一定条件の重度脳性麻痺に対し、簡単な審査で20年間に3000万円を補償する制度である。ただし、原因分析委員会が調査を行い、報 告書を作成する。重大な過失が疑われた場合は、調整委員会に諮られる。ここで、過失ありと認定されると、分娩機関が紛争の解決と補償金の返還の義務を負う ことになる。実際に調整委員会が開かれたことは討論会時点までにはなかった。

スウェーデンの無過失補償制度は、医療についての対立を解消して、医療を保全することを目的とする。このため、補償すべき条件をあらかじめ決めておいて、 迅速に補償する。無過失補償制度とは、過失の有無について議論しないで補償することを意味する(1)。日本の産科医療補償制度は、本来の意味での無過失補 償制度ではない。

日本の産科医療補償制度に参加している分娩機関は、脳性麻痺が発生した場合、診療記録の提出を義務付けられている。この記録に基づき、初診時からの全診療 過程について、産婦人科診療ガイドラインとの異同が吟味される。脳性麻痺に対する因果関係の有無に関わらず、診療の適否を「優れている」「的確である」か ら「医学的妥当性は不明である」「医学的妥当性には賛否両論がある」を経て「劣っている」「誤っている」など10数段階の表現で評価している。この委員会 には、産婦人科医以外に小児科医、助産師、弁護士が参加している。

岡井医師は、原因分析委員会は法的判断を行うものではないとしているが、そもそも、裁判官ではないので、法的判断を下す立場にはない。しかし、「当事者の 法的責任の有無につながるような文言は避けている」としているのはどう考えても無理がある。「誤っている」という文言が、過失ありという事実認識を表明し ていることは間違いない。報告書は法的責任追及の書証に用いうる。水面下での示談の根拠になっていることは想像に難くない。

法律家と異なり、ガイドラインを準則と捉える医師はいない。そもそも、ガイドラインの内容が正しいとは限らない。選択肢は単一ではなく、多数あり、常に変 化する。実際の臨床は、さまざまな制約の中で行われており、すべてがガイドライン通りに行われることはない。ガイドラインの内容と強制力の強さによって は、産科医療サービスの供給不足を招き、妊婦のリスクを高める。

逆に、ガイドラインの範囲内で全ての出産が行われるとすれば、進歩はありえない。出産の全過程についてガイドラインに則っているかどうかを検証すると、ど こかには、ガイドラインと異なるところが出てくる。産科医療補償制度は、医師の処分を行っているわけではないが、脳性麻痺と関係がなくても、診療の善し悪 しを言い立てると、紛争になる可能性を高める。

科学的真理は統計学的真理であり確率的に分散する。しかも、暫定的であり、永遠の真理として確定できるようなものではない。個々の事例で、脳性麻痺の原因 を確定させようとするのならば、科学ではない。原因分析委員会が無理に確定させるのなら、裁判と同じで社会での争いを結着させようとするためではないか。

岡井医師は原因分析委員会の基本態度として、「厳しすぎる」ことや「甘過ぎる」ことなく、その真ん中で公正・中立を心がけているとした。厳し過ぎること は、「日本の産科医への社会的評価が低下する」からいけないのであり、甘過ぎると、「不公正な評価として社会から反発」されるからいけないとする。しか し、社会の反応は、科学的真理とは無関係である。科学は、適切な方法で対象を検討し、合理的な議論で結論を出す。社会の反応が影響する余地はない。岡井医 師のやり方は科学とはかけ離れている。岡井医師の考える原因分析委員会は、学会の権威による疑似裁判のように見える。日本産科婦人科学会、正確にはその指 導者が、正義の立場を強調しつつ権威で解決を示せば、自らの社会的評価を高めることができる。一方で、会員を不当に断罪する場面が生じうる。

産科医療補償制度のホームページには、「事例の概要」について分娩機関に確認すると書かれている。しかし、内容に関する異議申し立てが正当な権利として記 載されていないし、食い違いがあった場合の扱いについても記載されていない。報告書についても、分娩機関に不利益をもたらしうるにも関わらず、分娩機関側 からの異議申し立てが制度として設けられていない。

報告書は分娩機関の利害にかかわる。弁護士は同種事件で利害関係を持つ可能性がある。当然、原因分析委員会、調整委員会の委員には利益相反があってはなら ない。医療問題弁護団の鈴木利廣代表は、産科医療補償制度の運営委員会、原因分析委員会の委員である。大森香織副幹事長は、原因分析委員会第四部会の委員 である。他にも私の分かる範囲で数名、医療問題弁護団所属の弁護士が委員に就任している。

医療問題弁護団のホームページによれば、2012年9月現在250名の弁護士が参加し、内部に「弁護団による集団的検討のシステム」を構築している。ホームページには以下のような文言が並ぶ。
「集団の知恵でより質の高い活動ができるように努力しています。」「所属弁護士を4つの班に分け、相談活動は班を単位として活動しています。相談を担当する弁護士は必ずいずれかの班に所属しています。」「相談ケースや受任したケースについて弁護士同士で討議します。」
産科医療補償制度には毎年、300億円の公金が投入されている。特に公的性格の強い分野なので、利益相反の懸念を生じさせないような対策が望まれる。

●特別裁判所
産科医療補償制度運営委員会の勝村久司委員は、「これからは、この補償制度が裁判の代わりになる」(2)としている。産科医療補償制度の委員の一人が、こ の制度が裁判に代わるものであると認識しているのである。しかし、日本国憲法76条2項は.「特別裁判所は、これを設置することができない」と規定してい る。特別裁判所の禁止は、人権を守るための仕組みの運用が極めて困難であることによる。行政による裁定を行政だけで完結させてはならず、最終判断は裁判所 に委ねなければならない。産科医療補償制度は公益財団法人日本医療機能評価機構に置かれている。日本医療機能評価機構は厚労省所管の財団法人として出発し ており、行政の下請け機関と考えてよい。

行政は本質的に国民の権利を侵害しようとする。これは、日本国憲法が掲げる立憲主義の前提である。三権分立は、行政による専制を阻止するための仕組みである。行政主導の裁定をそのまま完結させないことの目的は、国家の暴走を阻止するためである。

医療事故調の判断が医師の行政処分に連動されると、厚労省が、調査権と処分権の両方を持つことになる。行政処分は、裁判のような人権擁護のためのしっかり した仕組みを持たない。簡単に大量処分ができる。困ったことに、行政処分は裁判ではめったなことでは覆せない。行政官は裁判官よりはるかに世論の影響を受 ける。政治家の圧力にも弱い。しかも権限強化の願望を持っている。医療現場に自らの利害を持っている。権力を持ってしまえば、恣意的判断を下しても、めっ たなことでは反撃されない。裁判所の仕組みの外で処分を行うことが、いかに危険なことか容易に想像される。

裁判官は法によって、人の行動が違法か適法かを判断する権限を付与されている。憲法76条3項は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行 ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」としている。これは裁判官の判断の独立を要請するものである。日本の裁判官は、公正を担保するために、世捨て人の ように社会のあらゆる利害から自分を遠ざけている。岡井医師は世捨て人ではない。十分に生々しい。日本の産婦人科医の中で利害関係を有している。その利害 関係に、産科医療補償制度を背景にした権力が有利に機能するのではないか。逆に、その利害関係が、判断に影響することもあるのではないか。

行政は裁判権を欲しがる。フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルによれば、フランスのアンシャンレジーム(旧体制)下では、王権や行政に関わる 事件の審理が通常裁判所ではなく、行政裁判所で行われるようになった(3)。「国王は(通常裁判所の)裁判官の処遇をどうすることもできなかった。」「や がて(国王は)裁判官の独立を邪魔者視するようになった。」「通常裁判所のほかに国王専用のいっそう従属的な裁判所を創設したりするにいたったのである。 この新設の裁判所は、国王の臣民には正義の外観を装い、国王には正義の実態を恐れさせないようにした。」
トクヴィルは、ある建設請負官が作業場の近くの畑から使用資材を掠め取った事件について、地方長官から財務総監宛てに送付された報告書を紹介している。 「通常裁判所の原則は国家の原則と決して相容れることのないものでありますから、建設請負官の裁判を通常裁判所に委ねることは、行政の利益を大いに損なう ものであります。」これは、行政と裁判所の原則が相容れないこと、行政が裁判を行えば、法律より行政の利益が優先されることを示している。これは現在でも 通用する論理である。行政の利益は人権としばしば相容れない。

人の行動の善し悪しを判断するのは極めて重いことである。司法の複雑な手続きは、公正を担保するためのものである。反論は厳密に保障されなければならな い。公正のために、裁判官は判断の独立が求められる。弁護士は利益相反が疑われる行動をとってはならない。法で規定された厳密な手続きは、裁判官が二次紛 争に巻き込まれるのを防ぐ。

産科医療補償制度は、「原因分析は、分娩機関の過失の有無を判断するものではありません」と実態と異なる主張を言い張ることでかろうじて成立している。憲法上、極めて危うい存在である。

文献
1.小松秀樹:医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か. 朝日新聞社, 東京, 2006.
2.勝村久司:出産時の事故から身を守る. WEGHE REPORT, 2012年2月6日. http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1692
3.アレクシス・ド・トクヴィル: 旧体制と大革命. ちくま学芸文庫, 1998.

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