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Vol.29 悪役としての日本医師会(その2/2)

医療ガバナンス学会 (2013年1月30日 14:00)


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亀田総合病院
小松 秀樹
2013年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


(その1/2より)

●委員の質疑
>吉川分科会長
(井伊委員から)いくつかあったが、診療報酬を増やせば、それで日本の医療が守られるというのは少しおかしいと思うということをはっきりおっしゃった。
>井伊委員
それが一番重要なところで。
>日本医師会・中川副会長
井伊先生がおっしゃっていただいた経営リスクが非常に大変だというのは全くそのとおりであって、診療所の経営は今大変である。それで何とか、次は診療所と中小病院の番ですよと我々は申し上げている。
(中略)
>田近委員
森田さんの資料では、急性期医療を適切に提供していくこと、あと、効率化もしていくということが課題としてあげられている。その1つの帰結が開業医の報酬 をどうするかということである。一体改革の成案では、社会保障の改善も踏まえながら、2015年までにとにかく今の基礎的財政収支の赤字の半分を減らしま しょうというのをナショナルゴールでやっている。国民に消費税を上げるということを言っている中で、ものすごく厳しい中で、開業医の問題をどう考えるの か。開業医の先生たちの報酬が2,700万円と出てきて、そこを国民にどう説明できるか。森田さんがおっしゃるように、医療の重点化、効率化のほうもちゃ んとやらなきゃいけないと思うが、その中で開業医の問題は避けられないかなと。
(中略)
>富田委員
開業医と勤務医の報酬の話に集中している感があるが、国民が心配しているのは、我が国の医療制度の持続可能性である。それと、プライマリー、予防から緊急 性の治療まで一環となったものの安心感、これが将来続けられるかどうかということである。大事な点は、診療報酬というのは価格づけを政策的に行って、資源 を配分していくことである。そういう意味で考えて、産科とか外科とか、供給不足の問題を長期的にどう解決するかということが今課せられた大きな課題だと思 う。ただし、制約条件として、持続可能性がある。自然増はともかくかどうか、より効率化するとしても、政策的にさらに経費を増やし、負担を増やすというこ とは、国民全体から考えたら、解法としては考えにくい。

●会議の政治的意味
会議の議論はどのような影響をもたらすのだろうか。
中川副会長は開業医の診療報酬を増やすことだけを強引な論理で主張した。日本社会の高齢化と貧困化の中で、医療の質の向上や持続可能性についての提案なし に、お金が欲しいと主張しても了解が得られるはずがない。予想通り、委員から強い反感を含む反論が述べられた。中川副会長はこれに気付かないふりをしてさ らにお金が欲しいと繰り返した。
この会議は、予算編成の基本方針を作成するための会議と位置付けられ、財務大臣の出席によって権威の高さが演出されている。この会議で予算配分を決めるわ けではないが、政治的な意味がある。会議での委員の発言が、財務省の判断と食い違う場合、尊重されても予算に大きくは反映されない。一致した場合、委員の 発言を理由に、より大胆に予算が決められる。反発があっても、責任は委員にある。感情的発言だろうが利用できるものは利用される。中川副会長はこうしたこ とを理解していたのだろうか。
中川副会長の主張には、医師として社会に適切な医療を効率的に提供しようとする姿勢は見られなかった。日本医師会が日本の医師を代表する組織ではなく、開 業医の利益団体であることを示した。新川主計官の課題説明からみて、財務省が日本医師会の主張に賛同しているとは思えない。中川副会長は財務省の期待通り の悪役を演じた。予算編成を財務省の望むものにするのに役立ったに違いない。

●医師会役員の考え方
都道府県医師会の役員には、都道府県医師会代議員の母体である郡市医師会の役員と同様の考え方の医師しかなれず、日本医師会の役員には、日本医師会代議員 の母体である都道府県医師会の役員と同じ考え方の医師しかなれない(5)。二重の代議員制度は極めて安定しており、自分を変えられない。医師会は、原理的 に社会の大きな変化に適応する能力を持たない。
最近、私が顧問を務める社会福祉法人太陽会の安房地域医療センターが、医療にアクセスできない生計困難患者の増加に対応するために、第2種社会福祉事業で ある無料低額診療を計画した。千葉県医師会原徹副会長が、患者が奪われて開業医の収入が減少するとして反対した(6、7)。原副会長と日本医師会中川副会 長の思考パターンは酷似している。第一に、自らの金銭的利益を大きくすることにすべての関心が振り向けられている。第二に、公共の利益を無視して、自らの 利益を主張しても、「医師会」の立場で主張する限り許されると思いこんでいる。
2012年11月30日、日本医師会の組織率向上に向けた具体的方策を話し合うシンポジウムで、日本医師会・今村聰副会長は、組織率を上げると「発言力、 実現力が増し、国を動かす力が大きくなる」と強調した。さらに「保険医の指定に日医が関わるような『実質的強制加入』にする方法や、専門医の生涯教育制度 に日医が関わる『加入していないと不便な状態』にすることも考えられる」(8)と発言した。開業医の利益のための団体に、勤務医を「加入していないと不便 な状態」にして参加させようという意見を表明した。
医師会会員は、日本医師会の中川副会長、今村副会長、千葉県医師会の原副会長のような医師ばかりではない。しかし、このような役員をその地位に留めておく以上、一般会員にも相応の責任が生じる。
在宅医療について井伊委員が表明した懸念が当たったかもしれない。日本医師会横倉会長が就任後「在宅医療は日医がやる」と宣言して以後、各地の医師会が、 在宅医療連携拠点事業を、医師会を通して実施するよう圧力をかけていると伝わってきた。在宅医療に携わっている知人の話によると、従来、郡市医師会は在宅 診療サービスを向上させる活動に対し、邪魔をすることがしばしばあった。知人は、以下のような危惧を伝えてきた。
「これから、在宅看取り経験ゼロの市町村医師会の担当理事が講師になり、1000例以上看取ってきたベテラン在宅医を教えるという漫画のような講習会が、一部で始まるのかもしれません。」
日本医師会の言動はあまりに公共の福祉を無視しすぎている。日本医師会は経済的メリットを得るために、厚労省からの天下り役人を受け入れ、厚労省による医 療の統制を支えてきた。しかし、日本では高齢化、貧困化が進んでいる。開業医のみならず、勤務医の収入も一般国民に比べて高い。医師の我儘が通用するよう な甘い時代ではなくなった。財務省の厳しい考え方に、厚労省が抵抗できるとは思えない。医師も医療の効率化に正面切って取り組む必要がある。日本医師会の 役員はあまりに勉強不足、かつ、倫理的に無防備である。社会が自分たちをどのように見て、自分たちの言動がどのような結果を招くのか、想像する習慣を持っ ていない。行政は、状況が不利になれば、それまで利用してきた団体や個人に対し、簡単に態度を変える。

●日本医師会は梯子を外された
実際にその気配がある。2012年10月26日、厚労省の第8回「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(9)で、厚労省医政局の田原 克志医事課長が医師法21条の解釈を明らかにした。最高裁判例を引用して、医師法21条の異状死体届出義務について、診療関連死であるかどうか問わないこ と、死体を検案して、外表に異状があれば警察に届け出ることを明確にした。これで医師法21条問題は解決したとしてよい。最高裁判決は8年も前のものだ が、厚労省は、判決について言及してこなかった。医療関係者は、これまで、診療関連死の疑いがあるだけで警察に届け出ないといけないと思い込んできた。あ るいは、思い込まされてきた。警察は届出を自首とみなし、乱暴な捜査をした。届出が送検数を増やし、医療を混乱させた。警察・検察もダメージを受けたが、 多くを学んだ。
従来、日本医師会は全国の医師に対し、医師法21条問題に対応するために医療事故調査委員会が必要だと説得してきた。背後に、刑法211条業務上過失致死 傷罪を医師だけ免れたいとする身勝手な願望があった。問題の核心は医師法21条ではなく、刑法211条である(10)。刑法211条は現代の科学との相性 がわるく、医療のみならず、航空、運輸、工業などでも問題になってきた(11)。議論を医療だけに限定すべきではない。
田原発言によって、厚労省が日本医師会の梯子を外した。日本医師会は、2007年以来、厚労省の意を受けて、医療事故調を創設するために動いてきた。医療 事故調を実現するために、勤務医と対立し、日本医師会の存在意義が問われるまでに至った(5、12)。開業医の説得にも無理を重ねてきた。梯子を外された ことによるダメージは大きい。ダメージの大きさは厚労省も理解しているはずである。厚労省が医療事故調と日本医師会について、大きく考え方を転換した可能 性がある。

1)行政主導の医療事故調は、運営に多数の専門家、膨大な費用を要する上に、紛争対応のための実質を伴わない形式的医療を増やし、医療費そのものを増加させる可能性が高い。
2)医療の信頼を高めるには、個々の医療機関が真摯に医療事故に取り組み、患者に向き合う必要がある。第三者機関が主役になり、個々の医療機関が脇に追いやられると、医療の信頼が低下する可能性がある。
3)産科医療補償制度で、一部弁護士グループの利益相反が問題になっている。医療事故調も同じ問題が危惧される。
4)財政赤字が膨らむなかで、日本医師会は開業医の経済的利益だけを追求し、公共の利益を重視してこなかった。日本医師会を悪役として利用すれば、医療費抑制政策が実現しやすい。

前述の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は、「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の部会として位 置付けられている。医療事故調を考える上で、すでに実施されている産科医療補償制度とその原因分析委員会の影響は大きい。産科医療補償制度については、患 者側で活躍している250名を擁する弁護士団体の構成員が、各種委員会に入っている。弁護士は原因分析委員会で扱われた事例に利害関係を持つ可能性があ る。
産科医療補償制度の原資は、出産育児一時金の一部であり、公金である。年間300億円の掛け金のうち、補償対象者は年間200人。これら200人に対し、 20年をかけて補償総額60億円が支払われる。莫大な余剰金が生じているはずだが、この制度を運営している日本医療機能評価機構の決算書に計上されていな かった。どこにどう使われたのか、どういう形で残っているのか分からない(13)。会計検査院も資金が民間にわたっているため、対応に苦慮しているとい う。社会保障審議会医療保険部会は、2012年11月8日、産科医療補償制度について議論したが、健康保険組合連合会専務理事の白川修二氏から、「はっき り言って、あきれ返っている」という発言が飛び出した(14)。
大きな制度で大きなお金が動くとなれば、さまざまな人たちが群がってくる。医療サービスの質や量を向上させることなしに、医療費を押し上げる可能性がある。
財政状況がさらに苦しくなれば、医療費の使い方を大胆に変更せざるをえない。日本医師会は、財務省のみならず厚労省にも、政策実現のためのツールとして使われることになろう。

文献
5.小松秀樹:公益法人制度改革がもたらす日本医師会の終焉.『中央公論』2008年9月号.
MRIC by 医療ガバナンス学会Vol.119, 2008年9月2日に転載。

http://medg.jp/mt/2008/09/-vol-119-1.html

6.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その1/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.633, 2012年10月31日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63312.html#more
7.小松秀樹:だいじょうぶか安房医師会 無料低額診療に反対する理由がひどい(その2/2)MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.634, 2012年9月26日. http://medg.jp/mt/2012/10/vol63422.html#more
8.池田宏之:国民会議不参加、「開業医団体」が理由. 日医・今村副会長、組織率向上進歩で明かす. m3.com. 2012年12月3日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/162600/?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A+%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%89%AF%E4%BC%9A%E9%95%B7
9. 2012年10月26日 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会 議事録. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002pfog.html
10.小松秀樹:医療事故調問題の本質. 2 問題の核心は医師法21条ではなく刑法211条.月刊『集中』2012年12月号.
右に転載. http://medg.jp/mt/2012/12/vol683221211.html#more
11.小松秀樹:トンネル事故に対する山梨県警の捜査を考える.MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.672, 2012年12月7日.

http://medg.jp/mt/2012/12/vol672.html#more

12.小松秀樹:日本医師会の大罪. MRIC by医療ガバナンス学会, メールマガジン, 臨時Vol. 54, 2007年11月17日. http://medg.jp/mt/2007/11/-vol-54-2.html#more
13. 月刊『集中』編集部: 産科医療補償制度で余剰金280億円が行方不明. 月刊『集中』2012年7月号.

http://medical-confidential.com/confidential/2012/07/280.html

14.橋本佳子:産科補償、「はっきり言って、あきれ返る」 社保審・医療保険部会、日本医療機能評価機構への批判続出. 医療維新, m3.com. 2012年11月8日.

http://www.m3.com/iryoIshin/article/161591/?q=%E7%94%A3%E7%A7%91%E5%8C%BB%E7%99%82%E8%A3%9C%E5%84%9F%E5%88%B6%E5%BA%A6

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