医療ガバナンス学会 (2013年3月4日 06:00)
ちなみにこの「下りエスカレーターを上る」っていう表現は、よく芸事で云われることです。毎日必死に努力しなさい。一日でもサボれば下手になってしまう。毎日毎日一生懸命努力してやっとちょっとずつ上手くなれるんだと、私も昔習っていたジャズダンスの先生に言われました。
下りエスカレーターの喩えの汎用性がやたら高いのに気付いて、私は他にも何か使えないかな?と考えてみることにしました。
そういえば家事だけじゃなくて子育ても下りエスカレーターを上るみたいなところがある。
もちろん本人も上る力はちゃんと授かって生まれてきてるけど、車とか色々物騒なものもたくさん世の中に溢れているから危ない方にふらふら歩いて行かないようにちゃんと教えて引っ張ってあげないと小さな子供一人では避けきれない。
そういう意味では、ほっとけば死にかねない命を毎日必死で守っている、というのも子育ての一つの側面と言えるかもしれません。
精神的な面とかも勿論大事だけど、子供が小さい頃は特に、とにかく死なないように元気で育てるのがまずは大前提ですから。
命を守る、と言えば、お医者さんの仕事というのも同じかもしれませんよね。ほっとけば悪化してしまう病気を治す、ほっとけば死んでしまう命を助ける、というのは、やっぱり下りエスカレーターを上るのに似ているのかもしれません。
主婦と医者を一緒にするなんて!と思われますか?でもね、私はこう思います。
現状維持ってみんな簡単に言いますよね。現状維持は当たり前で、むしろ保守的で悪いイメージすらある。特にビジネスの世界なんかでは。でも、現状維持っ て、ホントはめちゃくちゃ大変なんですよ。現状維持っていうのはゼロをゼロのままにしておくことじゃなくて、下りエスカレーターみたいにほっとけば大きく なるばかりのマイナスを
誰かが必死でゼロに戻し続けている、その小さな小さな積み重ねでやっとゼロ、ということにみんなもう少し気が付いた方がいい。
現状維持の何が大変かって?マイナスって厳密な意味ではゼロに戻すことが困難な場合も多いんですよね。どんなに頑張ったって家事を毎日完璧にはできなくて どこかしら汚れは溜まっていくし、嫁さんを大事にしてるつもりでもある日突然テーブルの上に離婚届が置いてあるかもしれないし(うちの話じゃないです よ!)、肉体は確実に老いていくから芸事を極める人は必ずその壁と闘ってるし…。
お医者さんの仕事もきっとそう。たくさんの専門的な知識と技術を使って人間の肉体に起きたマイナスを限りなくゼロに近付ける仕事なんだろうな、と思います。
でも怪我や病気の種類によっては100%元通りという訳にはいかない。跡が残る場合もあるし、後遺症が残る場合もある。それで訴えられてしまうお医者さんもたくさんいらっしゃいますよね。
私は医療訴訟のことをよく知っている訳ではないですが、必死で命を助けようとしたお医者さんでも訴えられてしまうという現象はもしかしたら、マイナスをゼ ロにすることが全く評価されなくて現状維持が当たり前だと思うような世の中の価値観が招いている事態のようにも思えるんです。
もちろん重い後遺症で苦しんでいるご本人や、大切な人を失ったご遺族の方々、それぞれにもちゃんとした思いや言い分はあるでしょうし、すべての医療訴訟が理不尽なものだと言うつもりもないんですけど…。
現に、主婦は家事子育てをやって当たり前、という見方で苦しんでいる主婦がいて、お医者さんは怪我や病気を治してくれて当たり前、という見方に喘いでいる医師がいる。
これはもしかしたら、マイナスをゼロに戻す努力にもっと目を向けようよ!という示唆なのかもしれない気がします。
ここで一つ私が思い付いたのは、「名誉」という価値観の回復って大事じゃないのかな、ということ。
マイナスをゼロに戻すことは人のやりたがらないこと。やっても評価されないしそれ自体では1円も儲からない、それでも世の中にどうしても必要なこと。そう いう損なことに対しての報酬として、「利益」という価値観とバランスを取るものとして昔の人は「名誉」を重んじたのではないかと思うんです。
そういう意味では医者が「お医者様」と呼ばれていたことにもそれなりに意味があるのかもしれません。
主婦だって「奥様」とか「ヤマノカミ」とか一応尊敬(畏怖?)されてた形跡もあるけど、恐妻家がふざけて言ってたばっかりじゃないと思うんですよ!違うかな?
今の時代、医者は高給取りというイメージで憧れられる職業ではありますが、いくらたくさん給料をもらったとしても医師としての仕事そのものに対しての正当な評価がなければ、やっぱりモチベーションは上がらないだろうと思います。
実際聞いた話では、せっかく医大を出ても産婦人科と小児科と救急はきついばかりで儲からないからと言って敬遠されがちだとか。それじゃあいくら医学部の定員を増やしたところで、本当に必要な医師の数は不足したままになってしまいますよね。
そこを補うためにはお金を巧く回らせる方法を考えることも必要かもしれないけれど、お金だけじゃない「名誉」という価値観を高めていくことは心ある優秀な医師が困難な医療に携わるための後押しになるのではないかな、と思うのです。
プラスを産み出してそれでお金を儲けることだけが尊ばれて、マイナスをゼロにすることが無視される世の中では、絶対にガタが来ます。
でっかい爬虫類が出現しなくても、世界は音も無くちょっとずつ崩壊の方向に向かっている。
だとしたら、毎日世界を救っているヒーローは銀色の全身タイツ男じゃなくて、普通の主婦とか普通のお医者さんなんですよね、きっと。
<略歴>ふじばやし・みほこ
1979年10月31日水曜日に愛知県名古屋市の病院で3550gにて出生。高校時代『ブラックジャック』に憧れ外科医を志すも諸事情によりあっさり断 念。1998年、とりあえず目的も無く東大文IIIに入学後、勉強もせずひたすら歌とダンス各種に明け暮れる。2004年に東京大学文学部英文科を卒業後 某レコード会社に就職したが、うつを患って休職し、その後寿退社。現在専業主婦で2児の母(3歳と0歳)。産前産後の体の調整法で参考にしたのは、ヨガ、 ゆる 体操、フェルデンクライス、アレクサンダー・テクニークなど。学生時代からずっと家庭教師として英語を教える仕事を続けていたのを活かして「お母さん達の ための英語教室」を自宅で細々開いており、漸次拡大しようと画策中。子育てのかたわら英語教育についての原稿を書き溜めていて、大好きな『チーム・バチス タ』シリーズ並みのベストセラーにするのが現在の野望。