最新記事一覧

Vol.61 立憲主義と改憲論争 ~Series「改憲」(第1回)

医療ガバナンス学会 (2013年3月7日 06:00)


■ 関連タグ

医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員
社会福祉法人太陽会理事長補佐
小松 俊平
2013年3月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●医療、福祉、教育と社会権
筆者の勤務する亀田グループには、医療法人鉄蕉会、社会福祉法人太陽会、学校法人鉄蕉館という3つの非営利法人がある。これらが受け持つ医療サービス、福 祉サービス、教育サービスは、営利法人による提供が制限されるなど、国、地方公共団体から強い統制を受けている。これらのサービスは、非常に重要なもので あるにもかかわらず、自由な経済活動に任せたのでは、うまく行き渡らないと考えられたからである。
生存権を規定する憲法25条、教育を受ける権利を規定する憲法26条が、端的にこの考えを示している。憲法の規定する人権は、個人の領域に対する国家の介 入を禁ずる自由権(国は○○するなという形をとる)と、資本主義の高度化が生み出した構造的な問題に対する国家の介入を命ずる社会権(国は○○せよという 形をとる)に大別することができる。アメリカ独立とフランス革命によって確立した近代立憲主義においては、経済的自由権が保障され、生計はそれによってそ れぞれが自分でどうにかすべきものであった。ところがその後、資本主義が高度化するに伴い、失業に怯え貧困に喘ぐ大量の労働者が生み出されるようになっ た。彼らは日々を生きていくことさえ困難であった。こうして、20世紀になって制定された各国の憲法は、社会権を規定するようになった。生存権、教育を受 ける権利は、この社会権として位置づけられるものである。

●公権力と民間公益法人
現在の日本の憲法は、公権力による個人の生存と教育の確保を規定したが、それは、医療サービス、福祉サービス、教育サービスが、国や地方公共団体によって 全て直接提供されるべきことを意味するわけではない。日本では実際にもそうはならなかった。これらのサービスの提供には、民間の非営利法人が大きな役割を 果たしてきた。非営利法人とは、営利を目的としない法人である。営利を目的としないといっても、無償の活動しか行わないということではない。会社のよう に、有償の活動によって得た利益を株主に配当することを目的とはしないという意味である。
医療法人は、病院や診療所の開設を目的とする法人である。不特定多数の者の利益の増進を目的とする非営利法人を公益法人というとすれば、公衆のために医師 が保険診療活動を行う病院や診療所を開設する医療法人は、公益法人ということができる。社会福祉法人、学校法人も、やはり公益法人である。この定義によれ ば、国、地方公共団体も公益法人である。民間公益法人との違いは、公益実現の手段として、公権力を直接用いるか否かにある。
2011年11月5日、現場からの医療改革推進協議会第6回シンポジウムにおいて、筆者は、今後の医療における公権力と民間公益法人の役割分担について論じた。当日の講演原稿から引用する。

「いずれにせよ、事態はきわめて複雑かつ困難で、問題の統一的解決は不可能だと思います。わたくしは、首相官邸で行われた、社会保障改革に関する集中検討 会議を、委員の随行者として間近で観察する機会を得ました。立派な大会議で、立派な大方針を定立し、行政機構を通じてその実現を図る、というスタイルの限 界を強く感じました。
結局、現場にあるそれぞれの主体が、目を見開いて世界をよく認識し、認識した世界と自己を対照して、自らを変え続けていくしかないと思います。
政治や行政、司法が、医療に過大な期待を寄せてその限界を理解しない、と嘆く医師の言説を見かけることがありますが、逆に、国や公権力に過大な期待を寄せてその限界を理解しない医師も少なからず存在するように思います。
ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは、社会システムを、法、政治、行政のような規範的予期類型と、経済、学術、テクノロジーのような認知的予期類型に分 類しました。ルーマンによれば、規範的予期は、違背にもかかわらず予期を堅持する決意として示されます。認知的予期は、学習の用意があるという様式をと り、自分自身を変えようと努めます。
医療の提供主体、病院の開設主体として、国や地方公共団体と、民間公益法人を比較すると、この意味が浮かび上がります。国や地方公共団体は、確かに公権力 という強力な力を持っています。公権力は、権威によって正当性を付与された暴力と言い換えることができます。権威による正当性の決定という様式は、科学と 根本において相容れない面があります。暴力はコミュニケーションから双方向性を奪います。公権力を持つことが、困難な状況の中で不断に自らを変え続け、地 域において患者のニーズに応え、医療従事者の支持を得て、安定して医療を提供し続けるうえで、プラスになるとは限りません。
生物と同様に、企業体も競争によって進化します。生存を保障された企業体に進化はありません。公権力の主体は、自らを生存競争のルールの枠外に置き得てし まうという弱さを持つのです。おそらく問題解決の鍵は、公権力を持たずに必死に考える主体が発見すると思います。それも工夫に工夫を重ねた特殊な成功例だ と思います。
確かに医療は、不特定多数人の重大な利害にかかわる公的な営為ですが、そのことから直ちに公権力による全面的な関与が肯定されるわけではありません。公権 力をもってしても、あるいは、公権力をもつがゆえに、よく機能する病院を維持することはきわめて困難です。しかし、公権力をもってすれば、よく機能する病 院を根こそぎ破壊することはきわめて簡単です。国や地方公共団体の役割は、特殊な成功例が多く出るような環境を整えることだと思います。
現場に自由を与え、環境の公正さを保障することが重要です。」

このように、公権力と民間公益法人を対置して考えると、個人の生存と教育の確保を目指す公的な営為の中に、公権力によってしか担い得ない部分と、公権力な くしても担い得る部分があることが明らかになる。前者はルールの設定と監視というアンパイアが担うべき部分である。後者は実際のサービスの提供というプレ イヤーが担うべき部分である。アンパイアとプレイヤーに求められる資質は異なり、またアンパイアがプレイヤーを兼ねると試合の公正が損なわれる。アンパイ アはアンパイアが果たすべき役割に専念し、プレイヤーはプレイヤーが果たすべき役割に専念すべきように思われる。

●立憲主義
立憲主義も公権力と何かを対置するという思考パターンをとる。例えば、立憲主義は公権力と個人を対置し、公権力が侵し得ない個人の領域を設定した。自由と 呼ばれるものである。また、公権力を分割して対置し、相互に抑制させて均衡を保たせようとした。権力分立と呼ばれるものである。立憲主義は、権力を制限し て自由を実現するという思想であり、自由の保障と権力の分立を基本原理とする。立憲主義に基づく憲法は、公権力に対する制限規範であるという特質を持つ。 社会権は、その定義から明らかなように、自由権、特に経済的自由権と衝突する。現在の日本の憲法は、あくまで経済活動の自由を原則とし、例外的に社会権を 規定することで立憲主義の基本原理を維持したのである。
公権力は、社会権規定を背景にして、法律の制定と執行、その他あらゆる手段によって医療、福祉、教育の現場に介入してくる。これらの現場で実際にサービス を提供するプレイヤーが、公権力の介入に対向して、現場の自由と、環境の公正さを確保するために用い得る手段は、憲法が自由権規定によって個人に留保した 領域内にあるものだけである。それは、例えば理不尽な市区町村、都道府県、国の要求に対して文句を言う自由(言論の自由)であり、理不尽な病院や診療所で 働かない自由(職業選択の自由、奴隷的拘束・苦役からの自由)であり、理不尽な市区町村、都道府県、国から脱出する自由(居住・移転の自由、外国移住・国 籍離脱の自由)である。
憲法について議論するには、以上のような構図を理解する必要がある。

●改憲論争
2006年9月26日に発足した第1次安倍内閣は、憲法改正手続法を成立させた。2012年12月26日には第2次安倍内閣が発足した。その前日に交わさ れた自公連立政権合意文書は、「憲法審査会の審議を促進し、憲法改正に向けた国民的な議論を深める」とした。本格的な改憲論争が始まろうとしている。
2012年4月27日に決定された自民党の憲法改正草案(※1)は、国と国民の協力、国と地方自治体の協力を強調したうえ、国家に積極的行為を要請し、そ れを国民に甘受させる規定を多数設けようとしている。これによれば、憲法は国民に対する制限規範へと変貌することになる。国民に憲法尊重義務を課す改正草 案102条1項が、事態を象徴している。現行憲法99条は、国民に憲法尊重擁護義務を課していない。憲法学者である高橋和之は、憲法99条について以下の ように解説している(※2)。

「立憲主義の論理からして、憲法の名宛人は国家であり、憲法を尊重し擁護する義務を負うのは、当然、公務員(国家権力の担い手)でなければならない。憲法99条は、この道理を正確に表現したのであり、決して国民を書き込むことをうっかり忘れたわけではない。」

改憲といっても、立憲主義を進化させるものから修正するものまで様々なものがあり得るが、自民党の憲法改正草案は、立憲主義の思考パターン自体を捨て去る 革命的なものである。どの立場を採るにせよ、医療、福祉、教育の世界は、憲法上の価値判断に強く影響され、改憲論争の行方によって全く異なるものになり得 る。関係各位には、改憲論争への積極的参戦を求めたい。

※文献
1.自由民主党. 日本国憲法改正草案 (2012). http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf (2013.2.18).
2.高橋和之. 立憲主義と日本国憲法, 第2版 (有斐閣, 2010).

略歴:小松 俊平(こまつ しゅんぺい)
医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員、社会福祉法人太陽会理事長補佐、東京大学医科学研究所客員研究員。2003年東京大学法学部卒業、2008年桐蔭横浜大学大学院法務研究科修了。病院管理、医療・介護法制、医療・介護政策、非営利組織経営を専門とする。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ