医療ガバナンス学会 (2013年3月16日 06:00)
この記事はサイエンスポータルより転載です。
http://scienceportal.jp/
東京大学医科学研究所附属病院
内科 助教
湯地 晃一郎
2013年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
しかしながら、ソーシャルメディアが社会に与える影響についての定量化は、これまで困難とされてきました。複数のソーシャルメディアが存在すること、インターネットの世界では受動的な情報収集を匿名利用者が行っていることなどが主な理由です。
私たちの研究グループは、民主党政権が2009年11月に行った事業仕分けにおいて、ソーシャルメディアが医療政策に大きな影響を与えたことを数理モデリ ングに基づくデータ解析により明らかにし、論文発表しました(「Twitterは電子署名の引き金を引くか?」)。構築した数理モデルには、署名数時系列 に対する各ソーシャルメディアの影響が状態空間モデルの枠組みで表現されています。データ解析では、そのモデルを実際に観測された署名数時系列に適用する ことにより各ソーシャルメディアの影響を分離抽出しています。
本稿では研究内容のうち特にTwitter(ツイッター)が政策決定に与えた影響についてご紹介します。
【事業仕分けによる漢方薬保険除外方針と反対署名運動】
民主党政権の行政刷新会議は、2009年11月11日の事業仕分け会議において、漢方薬を健康保険適応から除外する方針を示しました。日本東洋医学会、日 本漢方臨床医会、健康医療開発機構、医療志民の会の4団体は漢方保険継続運動を展開しました。署名運動は、署名用紙配布による旧来の書式署名とインター ネットでの電子署名の2種類の方法で展開されました。最終的には書式署名では828,846人、電子署名では95,962人の署名が寄せられ、漢方薬の健 康保険適応除外は回避されました。
民主党政権の行政刷新会議による事業仕分けの方針に対し、さまざまな反対運動が展開されましたが、反対運動はボトムアップ方式とトップダウン方式の2種類 に大別されます。署名を多数集め民意を結集するボトムアップ方式の反対運動は、漢方薬健康保険継続運動が代表的です。これと対照的に、トップダウン方式の 反対運動は、著名人によるスポーツ関連の予算縮減に対するオリンピアンの反対声明などが挙げられます。
【反対署名数の爆発的増加とTwitter、インターネット掲示板での盛り上がり】
電子署名の数は、11月27日から11月30日の4日間に爆発的に増加し、収束していきました。同時期に、「漢方」と「署名」の2単語を含むつぶやき (Tweet=ツイート)の数がTwitter内で爆発的に増加していました。さらには、11月27日夕方に薬事日報社のホームページにアクセスが集中 し、薬事日報社のサーバーが機能停止の事態に陥っていたことが後日判明しました。このアクセス集中は、11月13日の同社記事『【ツムラ・芳井社長】漢方 薬 の”保険外し”に反発―「事業仕分け」の結論を一蹴』の閲覧により引き起こされたものであり、インターネット上の漢方保険継続運動の盛り上がりを反映して いました。
この薬事日報社記事に、インターネット巨大掲示板「2ちゃんねる」のまとめサイト「ハムスター速報」内の「事業仕分けで漢方薬が危険」という投稿スレッド からリンクが張られていたことから、この投稿スレッド内の書き込み数を経時的に解析したところ、やはり爆発的に増加していました(図1: http://scienceportal.jp/reports/events/130308/ )。上記より、Twitter、インターネット掲示板などが電子署名数に大きな影響を与えたことが示唆されました。
【ソーシャルメディアが署名数に与えた影響が数理モデル構築により明らかになった】
ソーシャルメディアが世論に与える影響を定量化するために、署名数時系列に対する各ソーシャルメディアの影響を分離抽出する数理モデルを構築したところ、影響の内訳が明らかになりました。
電子署名数全体のうち、ソーシャルメディアの寄与度は78%であり、その内訳はTwitterの寄与度が26%、インターネット掲示板の寄与度が52%と なりました(図2、図3: http://scienceportal.jp/reports/events/130308/ )。署名数の爆発的増加は2回認められましたが、初回の爆発的増加にはTwitterが、2回目の爆発的増加にはインターネット掲示板が、寄与しているこ とが寄与度の分析で明らかになりました(図3: http://scienceportal.jp/reports/events/130308/ )。
Twitterが署名数爆発の引き金を引き、インターネット掲示板がそれに続き、最終的には924,808人という膨大な署名数が集まり、漢方薬保険適応 継続という医療政策決定に大きく寄与したと考えられます。ちなみに、2009年11月当時の日本のインターネット利用者数は約9,400万人、 Twitterユニークユーザーは約62万人と推定されています。
われわれは、11月27日の午前1-3時という深夜に起こった、初回の署名数の爆発的増加に着目しました。この時間帯はインターネットの利用時間ピークに 該当せず、またTwitterにおいて「漢方」「署名」という通常言及されない単語を含んだつぶやき(Tweet)が激増していました。Twitterの リアルタイムの強力な伝播力によって漢方保険継続署名運動が周知され、深夜に署名数が激増したことが明らかとなりました。
11月27日まで既存のマスメディアは漢方保険除外問題を全く報道しておらず、ミクロメディアと呼ばれるTwitterがその迅速性・リアルタイム性を生かし、署名数爆発の引き金を引いたことになります。
本事例においては、匿名の利用者の間で情報が迅速に伝播され、利用者が個人情報である氏名と住所を提供する署名を行ったことが極めて興味深い点です。全く 親しくない関係である匿名の利用者間で、Twitter/インターネット掲示板という仮想世界において情報が共有され、共感同意のもと署名という顕名の行 為が行われ、現実世界に大きな影響を与えたわけです。
【まとめ】
本研究により、ソーシャルメディアが署名数に与えた影響が数理モデリングに基づくデータ解析により明らかになり、Twitterが署名数爆発を引き起こす ことで、政策決定に大きな影響を与えたことが示されました。ソーシャルメディアが各種事象に与える影響の定量化は、世論合意過程と政策合意形成の解析に有 用と考えられます。 次回参議院選挙からのインターネットを利用した選挙運動の解禁へ向け、与野党での共同法案が協議中です。選挙にもソーシャルメディアは大きな影響を与える と予想されます。ビッグデータの活用が求められる今、本研究の手法は社会現象に潜む情報を分析する有望な手段となることが期待されます。