新型(ブタ由来)インフルエンザ A (H1N1) ウイルスの世界的な流行が始まっ
て 1 か月以上が経過しました。すでに世界的大流行 pandemic のレベルに概ね
到達していると判断していますが、現時点でわかっている(わかった)こと、ま
だわかっていないこと、いろいろまとめなければならない時期になっていると思
います。新型インフルエンザの現状は、霧の中で巨大な船とすれ違い、その舳先
だけが見えている状況にあると思っています。臨床医は患者を診る立場から舳先
だけで対応することになります。一方、公衆衛生的に対策を考える際は、まだ見
えていない船尾までの巨艦の全体像を考えて対応しなければならないのではない
でしょうか。ここでは 2009 年 6 月 4 日(木) の時点で思っていること、3
点について私見を述べます。
まず、RT-PCR 検査による診断をめぐる混乱についてです。検査は目的をもっ
てなされるべきであり、検査の結果に対応して何らかの意思決定がなされるので
なければ意味がないと考えます。診療のための臨床診断と社会的施策を決定する
ためのサベイランス診断は異なるはずであり、そのような観点から議論が進むこ
とを望みます。検査結果がなくても治療方針は決められるでしょうし、治療方針
と関係なく疫学的に検査すべき場合もあるでしょう。個人的には特定の地域に資
源を投入して、実際にどの程度まで浸淫が進んでいるのか、見極めるような手法
を取ってもよいのではないかと考えています。しかし、RT-PCR にせよ、タミフ
ルやリレンザにせよ、テクノロジーを盲信するのではなく、それらを使いこなす
コンセプトが重要です。よくある high-tech, low-concept ではなく、今こそ
low-tech, high-concept を目指す精神で進みたいところです。
2 点目は、第 1 波をどのように考えるのか、ということです。一般的に既に
第 1 波は終息に向っているという認識が多くなっているようにも思いますが、
新規患者が引き続き確認されている以上、予断を許さないと考えています。当然
ながら新型インフルエンザ対策に関する科学的根拠、エビデンスは存在しません。
そんな中で国立感染所研究所感染症情報センターと神戸市保健所から 43 例の臨
床像が早期に報告された事例はとても意義深かったと思います。コモンセンスで
考えながらエビデンスを作る方向性が重要です。その後、大阪などからも貴重な
情報が発信されていますが、現場からのデータを解析してこそ真に有用な施策を
打ち出すことが出来ると確信しています。
最後に第 2 波への備えです。5 月末からのチリやオーストラリアにおける患
者数の著しい増加を見ると、秋には第 2 波として帰ってくるのは必至であると
考えます。今のうちに従来の感染性だけに基く行動計画ではなく、感染性と病原
性の 2 次元マトリクスによる行動計画へと改訂しておく必要があります。地方
自治の精神から考えると、個別法規に依拠しない首長(とくに都道府県知事)の
独自判断が必要になるかもしれませんが、病院と行政がまさに “現場” レベル
での情報共有を進め、それぞれの地域医療圏で具体的なプランを立て直す必要が
あります。また、具体的なプランには予算化も必要です。もろもろ考えると時間
はそんなにないのかもしれません。
未来に起きることは誰にもわかりません。ドグマティックな判断によって多く
の人々に無駄な負担を強いるような事態は避けなければなりません。でも、みん
なが笑顔でいられるように、精一杯の無理をするべきときが来ていると思います。
*この文書は貴重な情報発信を続けている全国保健所長会ホームページ
(http://www.phcd.jp/)へ投稿した文書に加筆しました。